連続殺人鬼を追う二人の刑事。ダークなクライムサスペンスの秀作!
今回はCurt PiresとSunando Cによる『Memoria』。
2021年にComiXology Originalsより全5話で出版され、同年単行本としてまとめられています。ちょっと現在単話の販売は終了しているので、イマイチはっきりとはしないのだが。
ストーリーは、カナダ出身で、映像関連のプロデューサーなどとして働く傍ら、Image、Dark Horse、そしてComiXology Originalsなどででコミック作品を発表しているCurt Pires。作画はインド出身のアーティストSunando Cというチームによる作品。
アマゾンのページでは、『トゥルー・ディテクティブ』ミーツ『リーサル・ウェポン』にデヴィッド・フィンチャー映画のドラマチックなストーリーテリングの品格、と言った感じの説明あり。
うーん、なるほど。ちょっと『トゥルー・ディテクティブ』観れてないんだが、説明読んでそんな感じか、と思う。『リーサル・ウェポン』に関しては主人公刑事コンビの感じなどある意味近いかもしれんが、アクション要素低めなんで、一旦忘れて。デヴィッド・フィンチャー、『セブン』とか結構近いのかもと思ったり。
とりあえずは、そんな感じでまずアメリカのリアルでダークな感じのテレビドラマや映画といった方が思い浮かぶ感じのクライムサスペンスです。
Memoria
■キャラクター
-
Tony Reynolds:
刑事。 -
Frank Daniels:
刑事。 -
Robert Sheppard:
警察署長代理。Reynolds、Danielsの上司。
■Story
最初のページは、約3:2程の比率で縦に二分割され、左側に事件の発端となるシーン、右側にインタビューに答えている人物が描かれるという形で始まる。
右側の人物がインタビューを受けているというのは、左側のシーンの上にかぶせる形で、質問者のセリフが囲みで表示されていることからわかる。この時点では質問者の氏名は[編集]という形で塗りつぶされており、いかなる意味のインタビューかもわからない。
左側:事件の発端。
森の中をヘルメットを着用し、自転車で走る少女。
道端の木々に、ポラロイド写真が何枚も張り付けてあることに気付く。
自転車を停め、その中の一枚を手に取ってみる少女。
それは何処かのコンクリートの壁面の前で、全裸で十字架に手足を釘で打ち付けられ、血を流す女性の写真だった。
悲鳴を上げる少女。
質問者:記録のため、あなたの名前と職務をお話しください。
右側:インタビューされている人物。
「Robert Sheppard。警察署長代理だ」
「どこから始めればいいのかわからん」
質問者:始まりからではどうですか?
「それがどこから始まったのかを思い出すのも難しい。かなり昔の話だ」
Sheppard:蔓の巻きひげ。これの根は深く広がっている。
「かなり時間を遡る」
暗所から徐々に明らかになって来るSheppard署長代理の表情は、不気味な薄笑いを浮かべているように見えるが、その真意はまだわからない。
質問者:Reynolds。Daniels。そこからではどうですか?
50代の黒人刑事Tony Reynoldsは、相棒の刑事と共に張り込み中の車内から外を窺っていた。
「クソッ、こんなところに座って待ってるのはうんざりだ」苛立たし気に呟くReynolds。
「あんただってよく分かってるだろう。今は待機だ。事を起こす前に…」
相棒の制止を聞かず、車から外に出るReynolds。その背後では、二人の男により娼婦たちがトラックの荷台に乗るよう促されている。
歩み寄り、一人を殴りつけるReynolds。驚くもう一人の主犯格の男の襟首を掴む。
「Evgeni Abramovich、お前は自分の三分の一サイズの女たちを薬漬けにして売り払う男の中の男だな。それがどんな感じなのか俺に話してくれよ」
男をアスファルトの上に投げ、顔を地面に押し付け腕をひねり上げるReynolds。
「ここから何年後か?決して元通りに治らず、痛みを感じるときか?それがお前を真夜中に目覚めさせるときか?憶えていると約束しろ」
「俺がお前の痛みの構築者だということをな」
そして骨折音。
質問者に向かって話すSheppard署長代理。
「この時点において、Reynoldsは歩くブラックホールという感じだった。触れたものすべてを砕かずにはいられない強迫観念に腐食された嫌悪と怒りの特異点だ」
「私には全く理解できなかった。我々の誰もその時点では。今になって思えば、あいつはまだMaryの死を受け入れるためにもがいていたんだろう」
「あいつは決して、それを本当に乗り越えることができなかった」
『Memoria』より 画:Sunando C
質問者:あなたは何を知らなかったんですか?
Sheppard:あいつの癌についてだ。
病院の一室。Reynoldsは診療用の椅子に座り、その横では医師が点滴の準備をしている。
質問者「Frank Danielsについてはどうですか?彼について、何か話すことはできますか?」
質問者に向かって答えるSheppard署長代理。
「私がReynoldsについて話していることは分かるだろう。重力とでも言えばいいか?あいつが外の世界に向けて発している圧力だ」
「Danielsはその真逆だ」
Sheppard:あいつは、繋がれる、あるいは関係を持つことを恐れているような。何かから…、全てから。あいつは宙に浮いて漂っているように見えた。
「来るの?」森の中らしきところを進んで行く、赤い髪の女性の後ろ姿。「Frank?」問いかける女性の顔と声はぶれるように歪んで行く。
夢から目覚めるFrank Daniels。
ベッドの横には裸の女性がうつぶせに横たわっている。「クソッ」呟くDaniels。
煙草に火を点ける。そこに子供の声「お父さん!」
ドア口にはDanielsのパートナーが立っていた。脅えるように父親にしがみつく子供達。
「あたし…、あなたはまだ戻らないと…」言い訳するように呟く背後のパートナーの妻。
パートナーに殴られ、しゃがみ込むDaniels。「これでいいのか?気が済んだか?」
更に殴られるDaniels。
「お前はいかれてる。自分でもわかってんだろ?壊れてるんだよ」Danielsに向かって言うパートナー。「俺にも俺の家族にも近づくな」
質問者「その時点であなたは彼らにこの事件を担当させることを考えていましたか?」
「ああ、あいつらはどちらもどうしようもなくなってたからな」Sheppard署長代理は答える。
「私とReynoldsとの長年の付き合いにも関わらずだ、事件はクソを喰らわせてもいいような奴以外送り込む気になれないようなでたらめだった」
『Memoria』より 画:Sunando C
警察署の刑事部屋。Sheppard署長代理が自分の部屋の入り口から、集まっている刑事たちに声を掛ける。
「Reynolds、Daniels、俺のオフィスに来い。残りは本物の警察の仕事に戻れ。我々が今朝からクソの山に踏み込んでるのは分かってるだろう」
「Rob、なんでお前が俺をこんなろくでなしと一緒に呼んだんだか理解できん」「こっちも会えて嬉しいぜ、クソジジイ」「二人とも座れ」
「お前ら二人はElk Creekのクソを担当することになった」俺たちにはパートナーがもういるだろう、と抗議するReynoldsとDaniels。
「お前らにはパートナーがいた。俺がお前ら二人に何をしようが、お前らは行儀よくしていられん。そこで俺はお前らをくっつけることにした。楽しくなりそうだろう?」
「Rob、わかってるだろう、この事件はジョークだ。馬鹿げてる」Reynoldsは言う。
「いいや、わかってないぞ、Tony。この事件は馬鹿げてる。だがジョークなのか?俺たちにはわかってない」とSheppard。「悪ふざけが行き過ぎたのであれ、壮大なでたらめであれ、どちらにしろまともな警官を無駄遣いする気にはなれん」
「俺はまともな警官だ」Danielsは言う。
「まともな警官だと?本当か?お前はパートタイム刑事で、フルタイム酔っ払いだろう。ここにパンチングバック面を下げて入ってきたのは、お前のパートナーの女房とやってたからだろう。今日になって何杯飲んでるんだ?」
言い訳しようとするDanielsを遮り、Sheppardは言う。「必要ない。知りたくもないな。要点はだ、お前ら二人はこれをやる。しくじるな」
雨の降る夜道を、車で現場に向かうReynoldsとDaniels。
車中のラジオからは、これから向かうElk Creekの事件についてのニュースが流れている。拷問され殺害されたと思しき多数の人物の写真を、森の中に展示するように並べた異常な事件は、世間の関心を大きく集めているようだ。
Sheppard署長代理の声明が読み上げられる。「Elk Creekの事件状況について、我々はいかなる安直な結論に飛びつくつもりはありません。現在我々の最良の二人の捜査官が捜査に当たっており、事件の性質に関わらず、確実なことがあります。時の弧は正義に向かって曲がる。(※)そして我々はベストを尽くし…」
「一連のスナッフ写真がらみで、マーティン・ルーサー・キングを呼び出して勇気を奮うってことか。素晴らしい進歩だな」Danielsが呟く。
「その馬鹿話を消せ」ラジオを切るReynolds。「時の弧は正義になんぞ曲がっとらん。無意味に曲がっとるだけだ」
「あんたは彼とパートナーだったんだろ?」「一生涯ほど前にな。奴の弱腰デスクワーカーへの変身っぷりは、衝撃的で完璧なやつだ」
「生きてるように見えるってのがどんな感じかって教えてくれるな」
※ちょっとややこしいところ。Sheppard署長代理の「時の弧は正義に向かって曲がる(The Arc of Time Bends toward Justice)。」は、マーティン・ルーサー・キングの暗殺直前の1968年3月31日のワシントン大聖堂の”Remaining Awake Through a Great Revolution”という演説の中の一節、「We shall overcome because the arc of the moral universe is long but it bends toward justice.(道徳的宇宙の弧は長いが正義に向かって曲がっているがゆえに、我々は克服できるであろう)」のもじり。それで続いて話の中にマーティン・ルーサー・キングが出てくるというわけ。結構有名な演説らしいが翻訳見つからず、自分で適当にでっちあげたのでご了承ください。
自分で読んでるときはよくわからずスルーしたが、ちゃんと紹介するにはと調べてやっとわかった。クイズの答えがわかってそこそこ嬉しいが、そこそこ時間かかってイラっとさせられた。もう注釈の嵐とか『Invisibles』で参ってるので勘弁してくれよ。そもそも事件関連のニュースが流れてるぐらいで省略するつもりだったのに。
現場に到着した二人。直ちにニュースのリポーターが近寄って来る。
「捜査当局により放置されて来た大規模な連続殺人鬼の仕事であるこれらの写真による主張についてコメントはありませんか?」
リポーターをノーコメントで振り切り、テープをくぐる二人。
『Memoria』より 画:Sunando C
最初に現場に到着した制服警官に話を聞く二人。
「既にメディアにリークされてる以外には特にありませんね。写真はそこら中の樹に貼ってある。ホラーショーですよ」
ヒップスターのアートショーの類いか悪ふざけならいいと思いますが、おそらく本物でしょうね。
写真の一枚を手に取って見る二人。
「本物だと思うか?」「憶測は意味がない。推測は何処にも辿り着かん」
足跡を見つける。「子供にしちゃでかいな。通報で来たトゥイードルディーとトゥイードルダムファック(※)よりもでかそうだ」
「殺人犯だと思うか?」「先走り過ぎだ。おそらく写真を貼ったやつだろうが、それが同一人物かはまだわからん」
CSIはまだ来ないのか?、とDanielsが問いかけたところで、鑑識班が到着する。
※トゥイードルディーとトゥイードルダムは、マザーグースの一つで、ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』の中に使われて広く知られるようになったということ。同じ顔をした見分けのつかない二人の意味。トゥイードルダム(Tweedledum)がTweedledumbfuckになっとる。えーと真面目に解説すると下品な駄洒落?
CSI、科学捜査班って書きそうになったけど、あれ日本向け副題で、まあ意味としちゃ鑑識でいいんだろな。
鑑識班の作業を眺める二人。
「あんたジジイにしちゃ悪くねえな」とDaniels。
「ジジイだと?誰に向かって…」言葉の途中で激しく咳込むReynolds。
「大丈夫か?」とDaniels。
「ああ、問題ない」答えたReynoldsの手のひらには吐血。
現場から戻る車中の二人。
それで、あんたいつから病気なんだ?とDaniels。
「何を言ってるんだ?」
「なあ、あんたが俺を気に入る必要なんてない。だが最低限、面と向かって嘘を吐かないぐらいの礼儀はあっていいだろう」
「手の切り傷、食欲減退、咳。俺の叔母さんと同じ症状だ」
「…」
「数か月前、別の件で病院に行ったとき、膵臓に増殖が見つかった。医者は早期に発見できて幸運だったというが、こっちは全くクソラッキーとは思えんがな」
「これは俺たちの間だけの話だぞ。同情はいらん」
「わかったよ」
翌朝。二人は最初に事件現場を発見した少女の家を訪ねる。
あの写真を見つけた時、他に何か気付いたことはなかったかい?
「何もない。本当に。あたしはママに自転車で公園に行っていい?って聞いた。いつもみたいに。ママはいいって言った。それだけ」両親に挟まれ、緊張して答える少女。
「ああ、君は何かトラブルに巻き込まれてるわけじゃないんだよ。僕らは君が学校でやってるように、画を描きたいんだ。君が写真を見つけたところの、何も欠けていない画をね。あの朝公園に誰かほかの人がいるのを見なかったかい?」少女を説得するように話すDaniels。
「…。男の人がいた。背の高い。樹ぐらい。巨人みたいだった」
妹と遊んでらっしゃい、と母親は少女を去らせる。父親は小さい娘を持つ身として、ああいったことをする者が外をうろついているのが本当に恐ろしいと、心情を話す。
署に戻り、鑑識からの報告を待つ二人。Danielsが独り言のように話す。
「ここで起こること全て…。ここには何らかの悪が存在すると思ってた。ここに住む者たちの魂を堕落させ、口にするのも憚れるような事をできるようにするおぞましい何か。俺は今わかったよ。それは何かじゃない」
「それは誰かなんだ」
そこに鑑識班の班長が現れる。「さて諸君、いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「こんな事件にいいニュースなんぞあったためしがない。とっとと始めてバンドエイドを引っぺがしてくれ」とDaniels。
「初動の分析からは、指紋その他容疑者を特定する証拠は見つからなかった。だが他のものがあった」鑑識班長は続ける。
「それぞれの写真にDNA。単一要素。透かし、識別マークのようだ」
「むしろ嘲りというところだろう」とReynolds。
「その通りだな。それぞれのDNAは異なってる。まるでコレクションだ」
「今明らかなのは、これはここにある最初の一束についてのことだけということだ。我々は残りについて、泥の中をかき分けながら進まねばならん。そして比較対象するためのDNAのカタログもない」
「だが、我々は幸運を引き当てたぞ」
「DNAの一つが犯歴のあるものと一致した」
「Samuel Crawford。前科あり。02から05年にB及びE類の軽犯罪で捕まり収監されていた。そしてここから興味深いことになる」
「2006年に失踪人として記録されている。出獄から約一年がたち、そしてある日失踪する」
「では対応する写真を見て見よう」証拠品パッケージから写真を取り出す班長。
「先に言っておくが、あまり楽しいものじゃないぞ」
写真は全裸で手を縛られて横たわる、首を切り落とされた男性のものだった。
質問者:この時点でのReynoldsとDanielsの捜査について、どうお考えですか?
写真について話し合うReynoldsとDaniels。
「アホ面が消えてる時点で断言はできんが、おそらくその男だろうな」
「それが意味することについてのあんたの考えは、俺が考えてるのと同じってことか?」
Sheppard:事件の前のことか?奴らはぶっ壊れ、どうしようもなくなっていた。すでにそこに嵌まり込んでいた。
「この写真が本物で、俺たちが糞と内臓の山に踏み込んだところだってことか?ならイエスだ」とReynolds。
「いい仕事だ、Tom。引き続き合致するものが見つかったら知らせてくれ。それからこいつの家族の住所も教えてくれ」鑑識班長に言うReynolds。
Sheppard:だがこの事件の何か。おそらくは責任の重さというようなものか…。それが奴らから何かを引き出した。
「それが奴らを結び付けたのだろうな」質問者に向かって言うSheppard署長代理。
『Memoria』より 画:Sunando C
Samuel Crawfordの住所を訪ね、ドアをノックする二人。
少年がドアを細く開け、応対する。「何か御用ですか?」
「我々はあなたのお兄さん、Samuelさんの失踪に関係すると思われる、新たな証拠を発見しました。それについてお母さんと話したいのですが」少年に向かって説明するDaniels。
「よく聞けよ。あの人はもう充分なくらい嫌な目を見て来たんだ。母さんはあんたら二人が来て古傷を掘り起こすことなんて望んでない」憎悪の目を向ける少年。「とっとと帰りやがれ!」
「ふざけた高級トラックスーツやチェーン数本で俺を怖がらせられると思ってるのか?いい子にして走ってママを連れて来い」とReynolds。
「ジジイのくせにでけえ口を…」
そこで少年の後ろから声がする。「Deshawn、誰か来てるの?」
現れたのは少年とSamuel Crawfordの母親だった。改めて要件を話し、彼らは家に迎え入れられる。
正直、あなたたちが来たことに驚いているのよ、という母親。
「Samuelが行方不明になったときには、昼夜構わずそちらの署に電話したけど、そちらからの電話もなく、一人の人も現れなかったものね」
「御不満については分かります。しかし我々は息子さんの件についての新たな手掛かりを得たと確信しております。失踪前のSamuel君の行動について何らかの情報が頂ければ、今後の捜査に役立つものと考えます」
遅くても何もないよりはましね。母親は話し始める。
あの子は刑務所から出たあと、一年ほどはそれを恥じていた。姿を消す前、自分の人生を大きく転換させていたわ。
コミュニティ・カレッジに通うようになってた。自身を高め、もっと上の、称賛されるべきところに上ろうとしていた。
「全てはあの子にとっていい方向に向かってるように見えた。でもそれは結局…」
「ごめんなさい。私にこれ以上は無理だわ…」そう言って彼女は奥の部屋に去って行く。
そんな母の様子に怒るDeshawnは、すぐに出て行けと告げる。
「何か彼女が知らないことは?話せないことはないか?」と問うReynolds。
「お前、母さんが嘘つきだって言うのか?」
「そうじゃない、だが兄弟の間だけって話もあるだろう。もしそういうことがあるなら…」
「あんたらに丁寧に出てけって言っただろう。二度とは言わないぞ」怒りをつのらせるDeshawn。
そこへDanielsが割って入る。「なあ、俺のパートナーの言い方が悪かったなら謝る」
「俺たちは君や君のお母さんに面倒を掛けるために来たんじゃないんだ。純粋に助けになりたいと思ってる」
「君の怒りはわかる。俺にはわかる。君がどう感じてるか」
「お前に俺の怒りの何がわかるってんだよ、豚野郎」
「怒りについてはよく知ってる。ずいぶん長いことな。それは喪失から始まる。その喪失…、不在は徐々に何処かへと向かわざるを得なくなる。そして君は選択を迫られる」
君は悲しみに沈む。君は草原から追い出された救われない馬のように諦める。あるいは君が怒りを向かわせることができる何かへと向かう。
だが、怒りについて誰も語れないことがある。君はそれと長く過ごし過ぎたかい?
それは君を呑み込んで行く。君の魂のふちを沸騰させて行く。君が知る全てとなって行く。そして君がそこから抜け出す方法を探す遥か前に…、感情を麻痺させ、そして実際に機能させるには間違ってさえいる何かへと再び戻って行く。
「もう一度尋ねる。君は何か俺たちの助けになることを知らないか?お母さんが知らないだろうことを?」
Danielsの話に沈黙するDeshawn。やがて口を開く。「…Crystal」
「Crazy Horseで踊ってるビッチだ。むかしからのツレで、兄貴が駄目になった後も唯一付き合いがあった奴だ」
「兄貴はあのメスにいかれてた。好きだったとかそういうやつ。あの女の何かが…」
兄貴は彼女を放っておけなかった。
『Memoria』より 画:Sunando C
家から外に出るDanielsとReynolds。
「どう思う?」「あのガキは嘘はついとらんな。怒ってぶっ壊れとるが、嘘はついてない」
車に乗り込む二人。Reynoldsが言う。
「駅の近くで降ろしてくれ。明日はクソ治療で早起きせにゃならん。俺は帰るが、お前はおっぱいバーの方を当たってくれ」
「お前ひとりに任せて問題ないだろう?」
酒を呷り、そしてDanielsはDeshawnが話していたバーに向かう。
自宅に帰り、一人座り苦痛の表情を浮かべるReynolds。
ベッド横の引き出しを開ける。そこに拳銃。
バーのDaniels。バーテンダーに話しかける。
「女の子を探してるんだがね」「みんなそうだろ。あんた正しいところに来たよ」
「そうじゃなくてさ。前に来てからしばらく経つし、いつも飲み過ぎで記憶も不確かなんだが、特別に気に入った子がいたんだ」
「名前は確かCrystal…だったと思うんだが、彼女まだここにいるのかい?」
「多分あんたのお望みのもんを見つけられると思うよ。料金次第でね」とバーテンダー。
バッジをちらつかせるDaniels。
「正確なところを話すには、少し記憶が曖昧なんだがな」バーテンダーは言う。
「彼女がどこにいるか話すか、ドラッグを仕込んであんたのケツを叩きただの嫌がらせのために逮捕するか、っていうのでどうだい?」
「わかったよ。裏のプライベートルームだ。Candyに言ってくれ」
明かりを消した部屋でベッドに坐るReynolds。
拳銃に一発銃弾を込める。
こめかみに押し付ける。
暗闇。
引き出しに戻された拳銃。
「今夜じゃない、老いぼれ…」
…今夜じゃない。
『Memoria』より 画:Sunando C
-To Be Continued…
以上、『Memoria』第1話でした。
まず言っときたいのは、この作品特に序盤はかなりとっつきにくい。初見、これ大丈夫かよ、とちょっと思ったぐらいのとっつきにくさ。ゆえに特に序盤についてはなるべく丁寧にやったんだが、やってみると結局全体的にかなり情報量多く、ここは外せないかとやってるうちに思いのほか長くなってしまった。
だが、このとっつきにくさには意味がある。最初に挙げたような映画などのスタイルを思い出してみるべし。この作品はそれらのような安直な感情移入を許さないような、場合によってはドキュメンタリータッチとも言われるようなスタイルによって描かれた作品である。
そしてこれは読み進めて行けばそういったものに引けを取らないようなストーリー、結末を見せてくれる作品なのだ。とにかく最初でぶん投げるなかれ。
ある地方都市の郊外の公園の樹木に、拷問の末殺害されたとみられる人物を写したポラロイド写真が、あたかも展示をするように多数貼り付けられる。これらは本物なのか?本物であるとすれば、知られざるところで陰惨な連続殺人事件が行われているということを意味する。
この事件に警察、Sheppard署長代理は二人の刑事を投入する。
一人はTony Reynolds。年配のベテランながら、捜査手順をも無視し暴走し、過剰な暴力を振るう刑事。その周囲を顧みないほどの怒りの源は何なのか?
もう一人はFrank Daniels。酒に溺れ、相棒の妻に手を出し、自身の周囲とのつながりを破壊するような行動を繰り返す刑事。
この署内でも鼻つまみ者の、それぞれ別方向に破滅型の刑事が新たにパートナーを組まされ、捜査に向かう。ただの時間の無駄になるかもしれん事件に、まともな警察力を割けるか。
だが、この事件に潜む何かが、最初は反発していた二人を、徐々に結び付けて行く。
そして事件現場から発見されたか細い手掛かりを追って行くうちに、彼らはこの地に長く潜んでいた「悪」へとたどり着く。
そしてそれは過去に遡り、Reynolds、Daniels両刑事、更にはSheppard署長代理にもつながって行くものだった。
序盤からストーリーの上にかぶせるように語られている、どこかの時点でのSheppardへのインタビューの意味も、そこで明らかとなって来る。
彼らはいかなる「真実」に辿り着き、そこからどんな運命に至るのか。
シリアスでダークなクライムサスペンスの秀作。Kindle Unlimitedに登録してるなら必ず読むべし。
作者について
■Curt Pires
カナダ カルガリー出身。ハイスクール時代に友人からガース・エニスの『Preacher』を薦められて読んだことがきっかけでコミック作家を目指す。
2012年20歳の時に22ページの作品『LP』を自費出版し、その後Dark Horse、Image Comicsなどから様々なジャンルの作品を数多く出版している。2020年にComiXology Originalsで始まり、Amazon Prime Videoでシリーズ制作進行中らしい『Youth』はLGBTQ作品としても高く評価されている。
出版及びプロダクションスタジオとして立ち上げたTECC ContentのCEOなんだが、さっき見に行ったらホームページなくなってた…。大丈夫かな?とりあえずComiXology Originalsでは進行中のプロジェクトも複数あり。
あまり情報が見つからなかったんだが、とりあえず地元カルガリーのCalgary Heraldで昨年行われたインタビューがあった。How Calgary comic book writer Curt Pires found success letting his dark imagination run wild
Curt Pires 著作リスト
タイトル | 作画 | 出版社 | |
---|---|---|---|
2014 | POP | Jason Copland | Dark Horse Comics |
2015 | The Fiction | David Rubin | BOOM! Studios |
2015 | The Tomorrows | Jason Copland | Dark Horse Comics | 2016 | The Forevers | Eric Scott Pfeiffer | Black Mask Studios |
2019 | Wyrd | Antonio Fuso | Dark Horse Comics |
2019 | Olympia | Alex Diotto | Image Comics |
2020 | Youth | Alex Diotto | Comixology Originals |
2021 | Memoria | Sunando C | Comixology Originals |
2021 | Lost Falls | Antonio Fuso | Comixology Originals |
2022 | New America | Luca Casalanguida | Comixology Originals |
2022 | It’s Only Teenage Wasteland | Jacoby Salcedo | Dark Horse Comics |
2023 | Money | Luca Casalanguida | Comixology Originals |
2023 | Indigo Children | Alex Diotto | Image Comics |
2023 | You’ve Been Cancelled | Kevin Castaniero | Mad Cave Studios |
2023 | Simulation Theory | Darryl Knickrehm | Comixology Originals |
■Sunando C
インド バンガロール在住のアーティスト。詳しい経歴、年齢などの情報はないのだけど、2019年からアメリカでのコミックの仕事を始めたということ。キャラクターの抑えた表情や、ときに荒々しく見えるタッチなどは作品傾向に合わせたものであると思うのだけど、今のところあまりほかに材料がないので、どこまでかはっきりしたところも言えないか。
Image Comics、Dark Horse Comics、Black Mask Studiosなどで多分ショート作品の作画を手掛けているらしい。大きいものとしてはVault ComicsからストーリーDavid Andry/Tim Danielの『End After End』の作画を担当。
このVault Comics、2016年設立で新興インディーかと思ったんだが、出版流通がかのNYのビッグ5の一つSimon & Schusterだったり。Tillie Walden作品などを出してるFirst Second BooksがMacmillan系列というのと同様の、既存のコミック出版以外の大手がコミック出版を利益の高いものと見始めてる動きの一面だろう。根本的に業界観測的なことが好きではないのだけど、まあそういう視点も温く持ちつつ注目して行くべきパブリッシャーなんだろね。
Vault Comicsホームページ
■Mark Dale
経歴などの情報が見つからず申し訳ないのだが、結構まだ若手ぐらいのカラーリストと思われる。この作品において、紹介した数点の画像でもシーンごとにタッチが変わっているぐらいの印象があるのだけど、それが主にカラーリングによるものであることにこれをやってるぐらいで気付いた。
あと作者についてまとめてるぐらいのところで気付いたのだけど、この後ぐらいからCurt Pires作品のカラーリングを多く担当している。まあ若手であまり仕事がなさそうなDaleにPiresが目を掛けてるぐらいのところもあるのかもしれんけど、この作品を見るとPiresがカラーリングを作画を決定する最終プロセスとして考えているのかもという可能性もあるのかな、と思ったり。
カラーリングというのは、フルカラーが当たり前であるアメリカ、その他の国での事情で、基本白黒の日本のマンガをベースとして考えてるような身としてはとかく軽視しがちになってしまうのだけど、スナイダー/Jockの『Wytches』におけるMatt Hollingsworthの非常にアーティスティックなものがあったり、また前々回「Black Hammer 第6回」の最後に紹介したFlatterというような結構斬新な手法があったりと、デジタル時代においてカラーリングの新たな発展、カラーリストの重要性・独自性も増してきているところで、常に更なる注目をして行かねば、と改めて思うものであります。
Comixology Originalsについては、Kindle Unlimitedによる手軽さもあり、現在の一つの極として多く作品を紹介して行かねば、と常に思ってるのだが、今回『Memoria』やっとできたという感じ。アメリカのコミックにおいてビッグ2でのキャリアのない作家というのは、どうしても前に出にくいという傾向があるのだけど、そういう意味でも今回のCurt Piresのような新しい作家については積極的にやって行かねばと思うところです。でもアマゾンのページなど見ると、Curt Pires作品も日本からも読んでいる人もちらほらいるようで、そういうところもいくらか進み始めてるのかなと思ったり。それにしても今回こそは7000~8000字ぐらいのところで書けると思ったんだけど、結局約14000になってしまったか。まあしょうがないか…。
Memoria / Curt Pires + Sunando C
■Memoria
■Curt Pires
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