Nostalgia / Scott Hoffman + Danijel Zezelj

音楽は世界を変え得るのか?異色のタッグによるサイバーパンクSFコミック!

今回はScott HoffmanとDanijel Žeželjによる『Nostalgia』。
2023年に全5話で出版され、TPB全1巻にまとめられています。出版はParanoid Schizoidというところで、Comixology Originalsから販売されています。という書き方でいいのかな?
ちょっとあまり把握していなかったのだけど、Comixology Originals作品というのは、基本的に小さいパブリッシャーから制作編集された作品を、「Comixology Originals」というブランドで販売するという形になっているようですね。

さて、Scott HoffmanとDanijel Žeželj。実は超を付けてもいいぐらいの異色タッグ。
まずScott Hoffmanについては、2001年に結成され、2005年には初来日し、フジロックのステージにも上がったオルタナティヴ・ロックバンド、シザー・シスターズの創始者のひとり。ベイビーダディという名で知られている人の本名。コミックに関してはこれが最初の作品となる。
そしてDanijel Žeželjについては、本店の方で昔Brian Woodとの『Starve』を取り上げたこともあるのだが、クロアチア出身のコミック制作を中心にライブペインティングパフォーマンスなども行う異色マルチアーティスト。
シザー・シスターズについては、辛うじて名前聞いたことあるかなぐらいの認識で、メンバーなんてところまでは知らないというところで、とにかくDanijel Žeželjの新作がComixology Originalsで!というところで手に取り、なんかそうそう引っ張り出せるもんじゃないこの人が、どういう経緯でこれがデビュー作となる作家と組んだのだろうかと調べて初めてそういう人だと知ったぐらいなんだが。
そしてこの作品については、カラー担当のLee Loughridgeも忘れてはならない。1990年代ぐらいから数多くの作品を手掛け多くの受賞歴もあるベテランだが、どのくらい詳細なものかはわからないが、まあおそらくはŽeželjから出される様々なイメージに応え、未来的/幻想的なカラーリングで作画を完成させている。

舞台はサイバーパンク的近未来。主人公は過去のある時期より、一切作曲も演奏活動も行わなくなった伝説のミュージシャン。音楽をテーマとしたサイバーパンクSFコミック『Nostalgia』!

Nostalgia

キャラクター

  • Craig Mancini:
    活動休止中で沈黙を続ける伝説のミュージシャン。かつてはNostalgiaというユニットとして活動していた。

  • Lexi:
    Craigのローディー。現在は主に彼の住居の様々な機器のメンテナンスを行っている。

  • Fran:
    Craigが所属している音楽プロダクションDead Skyの社長。

  • Nathan:
    抗議グループに所属する少年。ミュージシャン。Craigの息子と名乗る。

  • Claire:
    Nathanの恋人。彼と常に行動を共にする。

Story

野外に組まれた巨大なステージの前に集まる大観衆。ステージ上にはCraigが唯一人立ち、演奏/パフォーマンスを繰り広げている。
[ 空は漸次的に移行する。血の赤から忘却へと ]
[ 滑らかで途切れることなく ]
[ 静的に。平坦に ]
Craigが手を踊らせる先に、抽象画のような軌跡が描き出されて行く。
[ 誰もがそれは単なる壮大な偶然ではないと思うことを許されるほどにヴィジョンは完璧だ ]

『Nostalgia』より 画:Danijel Žeželj

窓から夕暮れのようにに赤く染まった街を眺めるCraig。財力を感じさせる広いスペースの自宅。
[ 私は決して景観に飽きることはない ]
[ 私は微かに昔の空を記憶している。まだ思い浮かべることができる ]
[ そこには無数の星があった。あまりにも多くの小さな光の点。全てを数えることなど不可能だった ]
[ 都市以前。そして腐敗 ]
[ やがてすべての煌めく光は、地面へと移動した ]

[ この世界はいつ上下逆さまになったのか? ]

上階から降りて来た女性が、窓から外を眺めるCraigに声を掛ける。
「ねえ、Craig。上の階は終わったわ。全て問題なし。他に私がここにいる間にやっとくことある?」
「いや、少し前にFranから連絡があったがな」
[ Lexi、金で雇える最高のローディーだ。恥ずべきことに、私はローディーをロードから外してしまったが ]

「あら、マネジメントね。いつ以来かしら?」Lexiは言う。
「それほど経ってないさ。彼女は新しい音楽を嗅ぎまわってるだけだと思うがね」
「Craig、お金を使いたくないなら、来るのをもっと時々にできるけど…」
「いや、何も変えないでくれ」Craigは言う。

[ 私は彼女に感謝すべきなのだ ]
[ そうしていない ]

部屋の奥の壁の前に、複数のスクリーンが空間に重なり合って開き、様々なフィードを映し出す。それを眺めるCraig。
ニュースを伝えるフィード。あちこちから黒煙が上がる都市の映像。「数千人に及ぶバイオケミカルによる死者が取り残され…」
CMが映し出されるフィード。「幹細胞再生のための魔法の杖…」
女性が幻想的な背景の前で語っている何かの番組のフィード。「恐怖から永遠へ…」
巻貝の螺旋をデザインしたマークが映し出されているフィード。「乗り切ることを試みよう…」
「我々に問いかけてください、Synodがあなたに何ができるかを…」
そして巻貝のマークの後に「SYNOD」のロゴが続く。
[ またこいつか ]
「新規フィード」苛立たし気にそのスクリーンを切り替えるCraig。

雨の中、街を歩くフードを被った人物。
頭上に浮かんだ傘を閉じながら、地下への階段を降りて行く。
地下鉄に乗り、目的地へ向かう。地下鉄に座るフードの人物の背後に、「Synod」の広告。
到着し、地上への階段を上がる。既に雨はやんでいる。
道路を横切り、ZIGUARAと壁面に書かれたビルへと向かう。
受付のカウンターで小さな箱を渡し、そのまま帰って行くフードの人物。箱には「Synod」の巻貝のマーク。

『Nostalgia』より 画:Danijel Žeželj

受付の男からCraigに連絡が来る。「ミスターMancini、荷物が届いております。少年が緊急だと告げて、置いて行きました。名前はありません。貝殻か何かの画が描かれているだけです。他の物同様にこちらで処理いたしましょうか?」
[ 貝殻?フム ]
「そうだな…。精査してから上に送ってくれるか?」Craigは言う。
「わかりました」受付の男は箱をスキャンする。

Craigの見ているニュース・フィードでは、都市内で起こっている抗議活動・騒乱が伝えられている。
「…制限のための新たな法律に対するデモンストレーションとして…」「シティ・ホールでの平和的抗議活動に対する暴力的対応への呼びかけとして…」

配達が通知され、Craigは室内にある荷物受け取り口へ向かう。
「新規フィード」届いた箱を手に取りながら、Graigはニュース・フィードを切り替える。
軌道上の宇宙ステーションの映像を背景に、新たなニュースが伝えられる。「Andriy Belskayaが計画中の明らかとなった新戦略について…」「Tsyklonによる昨今のハッキング阻止への試みに…」
[ イカレ野郎め ]
箱の中には巻貝の貝殻とメッセージ。-音楽をありがとう、お会いしたいです-
[ 賢明じゃないか ]

「Dead Skyより着信」通知が入る。「受ける」Craigは応える。
Craigと長い付き合いの音楽プロダクション社長、Franがスクリーンに現れる。「Craig、久しぶりね」
「かなりの久し振りだがな、Fran。ロゴを新しくしたのか?」
「事業を拡大したのよ。もはや末尾に”Music”が付かない”Dead Sky”。スポーツにエンターテインメント、全てを包括する。貴方も加わらない?」
「そのつもりはないな」
「変わらないわね。どうしてるの?メディアからも離れている?」
「大抵はな。ちょうど新しい荷物を受け取ったところだ。配達でな」
「捨てた方がいいわね」「いつものようにな。少々うんざりするだけだ。私はまだリストから外してあるのか?」
「Craig、貴方がリストに掲載されたことはないわ。私たちがあなたを安全に守るために、ベストを尽くしていると思っていないの?」
「なぜだ?私はもう何年も新しい曲を作っていない。実際のところ、もはや以前のようなドル箱じゃないだろう」
「貴方はまだ友人よ、Craig。私たちは家族なのよ」
「私にとっては唯一のな」

『Nostalgia』より 画:Danijel Žeželj

「それで聞くところによると、Craig、知ってるように私たちは発表されている貴方の曲には目を光らせているのだけど。どうも貴方のアルゴリズムは、再び目覚め始めているみたいね」
「興味深いね」
「そういうことは周期的に起こるわ。でも私たちは貴方自身も目覚めさせたいのよ」
「全てのペシミズムに関わらず貴方にもわかるでしょう。ライブビジネスは回復の見込みなしよ」
「ファンにとって安全に家に籠っていることがどれほど容易かもわかっている。でも、それらの全てにも関わらず、彼らはやって来る」
「だから貴方がもし、新曲を少し控えめにリリースするか、今の水を試してみるようなつもりがあるなら、いい頃合いなのよ」
「音楽の芽を出す種を貴方の頭に植えてみたいというだけでも」
「考えてみてくれる?」
「期待には沿えないな」Craigは言う。

「そうでしょうね。その他は問題ない?ペントハウスから最後に出たのはいつ?」
「久しいな。今晩少し出てみようかと思ってたところさ。実はね」Franと同様に、少し硬い表情を崩して言うCraig。
「Elenaを連れて?」「いつもそうさ」
「じゃあ、また」Franからの通話が終わる。

[ 同じ会話だ、例年の。時計仕掛けのように ]
通話が終わったフィード画面からCMが流れ出す。「新規フィード」切り替わった画面からも別のCM。
[ 音楽の芽を出す種を頭に植えてみたいというだけ、か ]
[ そこになら十分に育ったものがあるさ ]

Craigは車を走らせ、街に出る。走行する車の上を同じ速度で、護衛などの役割も兼ねた個人用デバイス”Elena”が飛行してついて来る。
[ この街は繭だ ]
[ 羊膜の中への逃避 ]
[ 長く留まり過ぎれば芋虫へと逆戻りする ]

街頭に多くの若者たちが集まり、プラカードを掲げ抗議活動を行っている。
車から降り、近くにいた若者に声を掛けるCraig。「ここじゃ何をやってるんだい?」
ビールを手にしたグループが振り向く。「いい車じゃねえか」
「そりゃありがとう」
明らかに裕福なものであるCraigに襲撃の意図を持って近寄って来るグループ。
「通っても構わないかね?」「好きにしろよ」
宙に浮かぶElenaから襲撃者に向かい、ビームが発射される。身体を麻痺させられ倒れる若者。
「すぐに目を覚ますさ」車に乗り込むCraig。
「ありがとう、Elena」去って行く車。

[ 多分、別の道を探した方がいいのだろう ]
[ 抗議者たちが世界を変えると思っていた日々を思い出す ]
[ 革命の歌を歌い ]
抗議者たちと警官隊が対峙する街頭。
[ そこら中のベッドルームに座り込み、オンラインに怒りを送り続ける未来のリーダーたちを奮い立たせた ]
[ 全てはただのノイズだ ]

『Nostalgia』より 画:Danijel Žeželj

抗議者たちで混乱する街路を走り抜ける少年と少女。
周囲を窺いながら、ニュースフィードの中継車に近寄る二人。
少女が見張りに立つ後ろで、少年が中継車の下に何らかの装置を仕掛ける。
その装置から自身のデバイスへ連携して送られてきた情報を見ながら、素知らぬ顔でその場を立ち去る。
群衆の中で、成功を祝うようにキスする少年と少女。

[ テクノクラートは気晴らしを好む ]
[ 人々がよそ見をしているなら、見えていない者たちから盗むのは容易だ ]
[ 自分たちの象牙の塔の中で自己満足する。皮肉は私には通じない ]
[ 少なくとも私は誰からも盗んでいない ]

[ 都市生活は私にはもう充分だ ]
光の溢れる都市の上で、複雑に立体交差するハイウェイ。
[ だから私は外縁部へと進む。外縁部は大抵は沖へと続くからだ。そして沖は私自身からも遠く離れることを感じさせる ]
ハイウェイの下からは光が消え、暗闇の上に浮かぶような道を、Graigの車と追随して飛行するElenaのみが進んで行く。
[ そして自身から遠く離れるということが、自分がいるべき場所にいるように感じられる ]
暗闇の上を走るハイウェイの中で、中継ポイントのように点在する光の溢れる場所。Craigはその中の一つである駐車場へと進んで行く。
[ 自身を過去の思春期の放蕩と再会させるのも、悪くない考えだろう ]
車を降り、歩き出すCraig。
[ 問題があるとも思えない ]

屋外のテーブルでグラスを交わす、昔のギャング風ファッションの男たち。そこに髪を逆立てたパンクファッションの若者たちが近付いて行く。
テーブルの男たちに難癖をつけ始める若者たち。そこにDHS SOF(Special Operation Force)の制服を着た男たちが近づいて来る。
[ 地域がデータと闘っている一方で、執政官は送り続ける ]
[ 事態に目を光らせ、彼らは言う、全ては認可されている。”政府の友人” ]
制服の男たちが、若者を連行し、テーブルの男たちには解散を命ずる。その様子を眺めながら、横を通り過ぎるCraig。
[ 我々は壺の中の蛙で、今それは煮立とうとしている ]
[ 昨今、政治からは離れていた方がいい ]

海に面した外れの人気のない道へやって来たCraig。その前方にポツンと置かれたベンチ。
[ 彼らはこの忌々しい場所全体を水上に建設した。海岸は海と共に揺れ、古い家のように軋みを上げる ]
ベンチに座るCraig。
[ 海からの唸りが聞こえるたび、我々は自然からの暴力は飼いならすことはできないと、思い起こさせられる ]

そしてベンチに座るCraigは、過去のある風景を思い浮かべる。母親に連れられてきた夏のビーチの砂浜。麦わら帽子をかぶった母は、砂を掘って遊ぶ子供のCraigを傍で見守っている。
[ 母は罪悪感を感じていたのだろうと思う。自分が常に仕事で忙しく、そして父親がいなかったことに ]
[ そして母は、数日の休暇を取り、数時間のドライブで二人で海岸へやって来た ]
[ それは母が去る前のこと。実際には彼女にはそんな旅をする時間は残されていなかった ]

ベンチに座ったCraigは、送られてきた貝殻を取り出し、掌の上で見つめる。
[ それは後に、当時なぜ医者たちがそれほどまで重要だったかを私が知るまで、わかることではなかった ]

砂を掘る幼いCraig。その後ろに立つ母。遠くではビーチボールで遊ぶ人たち。
[ 私は、大洋への畏れ、アルカリ性の空気、怒りの叫びをあげるカモメたちと、打ち寄せる波の喧騒を憶えている ]

ベンチに座り、過去と現在を思い起こすCraig。
[ あれは何という名前のビーチだったのか?本物のビーチ。沿岸から更に下った ]
[ 今は全て毒に冒されている ]

母と海岸を歩く幼い日のCraig。
[ 彼女の声は、ブランケットだった:暖かく安心感をもたらす、鎧であるよりは魔法。我々が信じていられる限り安全な、力場 ]
母に手を掴まれながら、寄せ来る波に手を伸ばすCraig。
[ “あなたを水に触らせてあげられる最後の夏になるわ”。彼女は言った ]
Craigの指先が水に触れる。
[ 私は7歳だったか?言葉の意味を理解できる程度ではあったが、彼女の話の中の予言的な暗号を理解するには幼過ぎた ]
[ 彼女は私が理解できると思ったのだろうか? ]
幼いCraigを抱き上げる母。
[ 恐らく親の言葉というのは、我々がその準備ができた時に解き明かされる謎なのだろう ]

『Nostalgia』より 画:Danijel Žeželj

地下鉄に乗る、Craigの住居に包みを届けたフードの人物。
ベンチに座るCraigは、幼い日母と共にいた砂浜を思い浮かべる。砂遊びをする幼い自分。
[ 思いの中を彷徨うことはいともたやすい ]
フードの人物は、Craigのいる海岸地帯の地下鉄出口を上り、外に出る。
[ なんとも無意味なエクササイズだ…。自分の足を過去の消えかかった同じ足跡に乗せる ]
砂の中から見つけた貝殻に目を輝かせる幼い日のCraig。

ティーンエイジ、音楽を作り始めたころの少年Craig。自室でヘッドフォンを被り、スピーカー、機材に囲まれながら、座り込み端末に向かう。
[ そして数年後、私はそこにいた。あの日のビーチを思い返しながら。私が音楽の中に夢見た最初の記憶 ]
[ 言葉には限りがあるが、感覚は大洋だった。暗闇の内に外に泳ぎ回る、夢の海の生命の群れ ]

[ それぞれが宇宙を内包し、自身が海である ]
没入して行くCraig。
[ 若さゆえの傲慢が、私を言葉そのものに対する戦争へと駆り立てて行くことを可能にした ]
キーボードの上を走る手。
[ 束の間で儚い、それらの歌は私の魂だった。書き換えは不可能。単一の変化である最良の表現 ]
音楽に聴き入るCraig。
[ 無限の可能性の中の瞬間の変化 ]
[ 表象、思索、感覚 ]
更に没入して行くCraig。
[ 狂ったように私の中から溢れ出してくる。まるで傷から流れ出す血のように ]

『Nostalgia』より 画:Danijel Žeželj

[ 音と知覚が衝突する ]
そして、歌が形作られて行く。

記憶はまるで

[ 血の香り+海の空気 ]

君がかつていたところに浮かんでいるようだ

不在は
オウムガイの捻じれ

これが最後の夏

[ 私が ]

あなたを守ってあげられる

[ 砂が指から零れ落ちる ]

…オウムガイの捻じれ
オウムガイの捻じれ…

これが最後の夏

[ 私が ]

あなたを守ってあげられる

[ 私の時間を使う価値があれば良いが ]
フードを被った人物が、ベンチに座るCraigに向かって歩いて来る。
「追跡装置か。利口なトリックだな」手に持った貝殻を眺めながら言うCraig。

「人の関心を得ることは、む、む、難しいからね」フードの人物が言う。
「うまく行ったようだな。そしてElenaも君を好いているようだ」Craigの頭上に浮かぶElenaは、フードの人物に攻撃を行わない。
「それで君は、ドゥーマーか?ストリーミストか?ハッカーか?私を殺して、数分間のフィードの有名人になりたいのかね?」
「僕は誰も、き、き、傷付けるつもりはないよ。ぼ、僕はハッカーだ。そして、か、か、革命家だ」フードの人物は言う。
「で、でも、まず僕はあなたの音楽のファンだ。僕も、ミュ、ミュージシャンなんだ」吃音混じりで続けるフードの人物。
「ぼ、ぼ、僕はNathan」

「でも、あるサークルの中で、僕はNautilus(オウムガイ)として、か、か、活動している」
ベンチのCraigの横に座り、フードを脱ぐNathan。
「僕はあなたの、む、む、息子だ」
「私に家族はいないぞ」
「今出来たのさ」

『Nostalgia』より 画:Danijel Žeželj

突如Craigの前に現れた、息子と名乗る少年Nathan。
調査の結果、それは真実であることがわかる。
だが、対応を深く考える間もなく、抗議活動の中でNathanは重傷を負い、Craigがその命を救うことで親子の距離は急速に縮まったかに思われる。
しかし、抗議集団に属する”革命家”であるNathanの行動は、二人の溝を再び広げて行くこととなる。
そして、ある秘密を持ったNathanはある行動を起こし、音楽というフィールドで父Craigと対決して行くこととなる…。

かつて壁に突き当たり、沈黙を続ける伝説のミュージシャンが、過去の自分と同じ思いを持つ自己の分身と対峙する。
音楽は世界を変え得るのか?

『Nostalgia』より Scott Hoffman / Danijel Žeželj

ちょっとそこまで手が回らなかったり、自分的にいまいちピンと来なかったりで省略してしまっていたのだけど、全5話各話冒頭に過去CraigがタイトルにもなっているNostalgiaというユニット名で活動していた時期の、架空のチラシやら雑誌記事などもあり。見る人によっては結構面白いのではないかと思うのだけど。

なんかやってみたら思いのほか情報量が多くて大変だった、というのが今の感想。
なんか散文的、というようなモノローグが多いのだけど、Zezeljの卓越したデザイン、レイアウトでそれほどテキスト量多く見えなかったり。また一方でScott Hoffman=ベイビーダディの文章はさすがという感じで、詳しく考えて行けば全然省略できなかったり。
1話終盤の子供時代のビーチの思い出から音楽が形成されて行く流れは、日本の多くの音楽マンガの名作名場面と同様に、本当に美しいのだが、やっぱり言葉の壁的な読ませるスピードという部分で、うまく伝わらないのではないかと大変もどかしい。

こんな作品がKindle Unlimitedで手軽に、というのはありがたいのだけど、一方でこのくらいのものが電子書籍版のみでプリント版未発売はちょっと残念かも。
この2020年代に奇跡的に実現した、衝撃タッグによる伝説作品ぐらいに推してやるぞ。一度は必ず読んでおくべし!

作者について

■Scott Hoffman

1976年、テキサス州ヒューストン生まれ。コメディアンとして有名で、カントリー・ミュージシャンでもあるBen Hoffmanを兄に持つ。
2000年に、子供時代からの友人ジェイク・シアーズと二人でシザー・シスターズを結成。シザー・シスターズについては、あんまり詳しくない自分がゴチャゴチャ書くよりWikiとか調べてみた方が良いかと。
2012年に活動停止したのだが、なんかタイムリーな感じで、今年2024年先月に再結成され、来年2025年にはツアーも決定しているそう。

コミックに関しては、子供時代からのファンで、バットマンからアラン・ムーア、Vertigo作品へと進み、特に『Preacher』からは衝撃を受けたということ。
この『Nostalgia』ではそれらVertigo作品の他、『Sin City』や初期のジャッジ・ドレッドなどからの影響もあるそう。
『Nostalgia』に続くコミック作品としては、アルゼンチン出身のアーティストJuan Bobilloとのポスト・アポカリプティックSF『Wag』が同じくComixology Originalsとして出版され、全5話で完結し単行本としてもまとめられている。カバーはあの、ぐらいの、Rian Hughes。一番有名なのは『The Invisibles』第1話の手榴弾なのだと思うが、そっちの方でちゃんと紹介しとかなくてごめん…。なんかHoffmanの90年代Vertigo作品への思い入れが感じられる。

Scott Hoffmanのコミック制作に関するインタビューは、なんか色々あるのではと思ったのだけど、とりあえず自分が見つけたのは『Wag』に関する以下のもののみ。『Wag』の方についても引き続きという感じでなるべく早く追って行きたいと思っています。
Comics Beat / Interview: Scott Hoffman on the transition from music to comics and his ComiXology series WAG

■Danijel Zezelj

1966年、クロアチア ザグレブ生まれ。ザグレブの美術アカデミーで、古典絵画、彫刻、版画を学ぶ。大学生の時、コミック制作を始め、1980年代後半にはクロアチアのコミック誌に多くの作品が掲載されていた。
1991年にロンドンに移住、翌年にはイタリアへ移住。その後、1995年アメリカ、シアトルへ。2001年にはザグレブに自身の出版社、グラフィックワークショップ「Petikat」を設立。その後アニメーション制作にも手を広げる。以降は米ニューヨークとザグレブに生活拠点を置き、活動している。
1993年、イタリアで最初のグラフィックノベル『Il Ritmo Del Cuore』を出版。その後はイタリア、フランス、アメリカ、クロアチアから数多くの作品を出版し、多くの国で翻訳出版されている。
1997年からミュージシャンJessica Lurieと、音楽とライブペインティングを融合したパフォーマンスを開始。後にJessica Lurieと結婚している。
近年の大きな活動としては、2020年にフランスでゴッホの伝記作品『Van Gogh, Fragments d’une vie en peintures』を出版し、続いてパリでDanijel Zezeljによるゴッホ展が開催された。

世界各国で幅広い形でアート活動を展開するDanijel Zezeljなのだが、実はコミック作品に限定しても結構多作。ヨーロッパからのプリント版のみの作品が多く、入手困難であったりするのだが、代表的な作品に関してはZezeljのホームページにて紹介されているので、そちらを参照のこと。
Danijel Zezeljホームページ

以下、電子書籍などで比較的手に入りやすいZezelj作品を紹介して行く。
90年代アメリカに渡った初期の頃の作品は、割と残っていなかったり電子書籍版では単行本としてまとめられていなかったりするものも多い。
2000年にVertigoから全4話で出版された『Congo Bill』は、Congorillaというヒーローを主人公としたミニシリーズのようだが、こちらは電子書籍化もされていない。
2001年に同じくVertigoからBrian Azzarelloとのチームで『El Diablo』全4話が出版。これはウェスタン系のヒーローらしい。単話版のみ電子書籍で入手可。
2001-2002年にVertigoから『The Sandman Presents : The Corinthian』全3話。Sandmanのスピンオフ。こちらも単話版のみ電子書籍で入手可。
2002年に唯一のマーベル作品『Captain America : Dead Men Running』全3話。Captain Americaのミニシリーズ。こちらも単話版のみ電子書籍で入手可。ちなみに上の『The Sandman Presents : The Corinthian』とこちらは、クロアチア出身のDarko Macanとの共作。
2002-2003年に『The Call of Duty : The Wagon』全4話。こちらThe Call of Dutyの版権マーベルが持ってた頃のやつか。気がつかんかった、ごめんこれもマーベル。こちらも単話版のみ電子書籍で入手可。
2006-2008年の間にVertigoからのBrian Azzarelloの『Loveless』全24話の内9話の作画を担当。こちらも全24話とも単話版のみ電子書籍で入手可。
その他、『DMZ』、『Northlanders』、『Scalped』などでゲスト的に単話の作画を担当などあり。

Luna Park (2009)

Kevin Bakerとの共作によるVertigoからのグラフィックノベルで、Zezeljのホームページでも代表作の一つとして挙げられているんだが、プリント版のみで入手可。

Starve (2015-20016)

ストーリーBrian Wood。Image comicsより全10話で出版され、単行本全2巻。気候変動などにより食糧危機に陥り始めている世界で、東南アジアに隠遁し行方不明となっていた伝説の料理の鉄人が、テレビ番組『STARVE』復活のためアメリカに呼び戻される。こちらも長らく音信不通となっていた娘との話がキーとなる親子の物語というところで、この『Nostalgia』とシンクロする部分あるかも。本店の方で以前やったんだが、画像やリンクなくなってまだ修正してない…。なるべく早く何とかしときます。とりあえずはこちら→

Days of Hate (2018-2019)

ストーリーAles Kot。Image comicsより全12話で出版され、単行本全2巻。現在、前はあった単行本電子書籍版が無くなり、単話版後半6話のみ電子書籍で販売中という甚だ中途半端な感じなのだが、ここ数年Imageかなり苦しかったようで、消えてしまった作品も多く、これもその中の一つなのか?最近やっと立て直せてきたようだけど。Ales Kot、重要作家の一人なのだろうと思いつつ、いまいち掴みどころがない感じで、代表作『Zero』途中まで読んで止まってたり…。これも含めてなるべく早く何とかしたい。

Cyberpunk 2077: Your Voice (2021)

ストーリーAleksandra Motyka、Marcin Blacha。Dark Horseからのお馴染み人気ゲームのコミカライズシリーズの中の一つで、グラフィックノベルとして出版されたもの。ゲームやりたいんだけど、今ちょっと色々敷居高い…。

Industriel (2011)

2011年にクロアチアの自身の出版社Petikatから出版されたこの『Industriel』と翌2012年の『Babylone』、オリジナル作品2作がフランスMosquitoよりフランス語版で電子書籍版が販売中。出版2015年となってるけど、少なくとも日本から入手可能となったのは割と最近じゃないかと思う。初のフランス語作品紹介の予定で意気込んでいるのだけど、なんかプレビュー見たらサイレント作品かも…。いずれにしても近日中に登場予定ですので。

Of Gods and Men – Volume 3 – A Small Town in America (2012)

Jean-Pierre Dionnetのそれぞれアーティストが変わる全4作のシリーズ『Of Gods and Men(原題:Des dieux et des hommes)』の第3巻。2012年にフランスDargaudから出版された後、2019年にEurope Comicsから英訳版が出版されている。こういうバンドデシネのある程度まとまったシリーズやや見つけにくく、なるべくシリーズとして最初から読んでみたいと思ってるのだけど。

■Lee Loughridge

多分1990年代ぐらいから数多くの作品を手掛けている大ベテランカラーリストなのだと思うのだけど、あまり資料なし…。一応Wikiもあるのだけど、生年出身地などの記載もなく、代表作『Batman Adventures』ぐらいしか書いてなくて、あまり役に立たん感じ。コミックデータベース的なところを見ても、一気に2000以上出て来たりするので、どうすればいいのかぐらいになっちゃうし…。結局なんでもそう簡単に楽してわかれるもんじゃないってことになってしまうんだが。
とにかくカラーリストに関しては、重要と思われても情報見つからんケースも多いので、とにかくクレジットぐらいの役にしかたたなくてもちゃんと入れてって、その積み重ねで色々見えてくればと思う。後述のDSTLRYからの現在進行中のZezelj最新作『LIFE』でもカラーを担当している。

■DSTLRYについて

えーっと、今回色々と調べているうちに、Scott Hoffman、Danijel Zezeljそれぞれの新作が出版されていたり、進行中であったりするDSTLRYというパブリッシャーの存在について、初めて知りました。
ちなみにScott HoffmanについてはAlberto Ponticelliとの『Warm Fusion』。Danijel ZezeljはBrian Azzarello、Stephanie Phillipsとの『LIFE』という作品。
DSTLRYというのは昨年2023年に、元comiXologyのDavid SteinbergerとChip Mosherにより設立されたクリエイターオウンド、オリジナル作品に特化したコミックのパブリッシャー。クリエイター自身が出資者として参加するなど、コミック出版の場でクリエイターの力を強化するという意図も持った出版社で、ちょっとまだあまりきちんと調べられていないのだけど、ショップなども少し通常とは違うような販売方法だったりで作られています。ごめん、詳細についてはいずれちゃんとやります…。
というところなのだけど、大反省…。もっとちゃんとニュースサイトなどに目を光らせておけば、もうちょっと早く当然知っているべきことだったのに…。
何とか少しでも多く作品を紹介して行きたいというところで、情報収集がおろそかになって…、などというのも言い訳にしかならんか…。
まあついでに言い訳並べさせてもらうと、今頃やっとDSTLRYかよって感じの人もいるんだろうと思うけど、海外のコミックってものに関しては、そういう情報100ぐらいの人が少数いて、その他はほとんど0みたいな極端な状況で、そこの裾野を少しでも広げたいというのがこのサイトの意図だったりするので。まあ言い訳にならんけどさ…。
今少し『Scalped』を一所懸命やってるわけだけど、『Scalped』なんて知ってるよ、って人もいるだろうけど、全然知らないという人との間に、知識としては知ってるけど読んだことない人もいるだろうし、そういうところでどいう作品か伝えるのがいいかと考えながらモタモタやってて、また一方でそっち集中するからあまり大きいのやれないから、主に一冊完結で、またKindle Unlimitedというのは入り口として手頃だろうと思い、Comixology Originalsや、他にKindle Unlimitedになってるのから色々探して、ちょっと前の『Zombie Makeout Club』やら今回のこれとかやっとやったけど、そっちも書く予定作品で渋滞し始めて来たり…。英国作品全然手が回らなかくなってたり…。
あー、一つ失敗すると次々愚痴が出てくるね。いかんよ。まあ個人でやってることなんで、うまく行かんことだらけだけど、何とか海外コミックの読者層を広げることに資することを目指し、ぼちぼち頑張って行きますです。DSTLRYについてもなるべく早く詳細やら、具体的な作品紹介をできるよう努力します。
DSTLRY

Nostalgia / Scott Hoffman + Danijel Zezelj

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