Scalped 第4回 / Jason Aaron + R.M. Guera

歴史と伝統、理想と現実。インディアンたちは何を見るのか?「お前がどこから来たのかは決して忘れるな」

ジェイソン・アーロン/R.M. Gueraによる『Scalped』(2007-2012)の第4回です。

第3回ではTPB第2巻『Casino Boogie』全6話の内、前半3話を紹介しましたが、今回は後半の3話。
前半3話では、カジノオープンの夜、それぞれが持つネイティブアメリカンとしてのアイデンティティとの葛藤にあがきながら、それぞれの思いで行動する、Dashiell、Red Crow、Dieselの三者が描かれたわけですが、後半3話はまた別の人物3者のそれぞれの苦悩、葛藤、同じ時間時間における行動が描かれて行きます。

一旦は失った故郷にFBI潜入捜査官という形で戻り、故郷、母親への愛憎、自身のアイデンティティへの葛藤から破滅的な暴力に走るDashiell。ネイティブアメリカン迫害への強い怒りを抱きながらも、自身がこの立場を得るため葬って来た者たちへの悔恨、カジノ建設のために手を結んだダーティーな勢力との関係を真の意味では正当化できず苦悩するRed Crow。16分の1という血統とその見た目から、常にインディアンの中で認められず、差別され続けて来た怒りを胸に抱く、実はFBI潜入捜査官だったDiesel。そしてそれを隠したまま、Red Crowを捕まえるためならそれがDashiellの血でもよいと言い切る冷酷なFBI、Nitz捜査官。そしてそれらの上で、自身の謎の思惑により謎の行動を続けるCatcher。
様々な者たちの思いが複雑に交錯する居留地で、また新たな者たちの思いが語られて行く。

Scalped 第4回 Casino Boogie 後編

■キャラクター

  • Arthur J. “Catcher” Pendergrass:
    インディアンの神秘的な伝統と、自身のある思惑に従い謎の行動を起こし始める。かつてのドッグソルジャーソサエティーのメンバー。

  • Dino Poor Bear:
    Prairie Roseインディアン居留地に住む青年。カジノの清掃係などとして働き、居留地を出てもっといい生活をしたいと望む。

  • Gina Bad Horse:
    Dashiell Bad Horseの母親。かつてのドッグソルジャーソサエティーのメンバーで、現在も居留地のネイティブアメリカン活動のリーダー。

  • Agnes “Granny” Poor Bear:
    Poor Bear一族の女性家長。Dino Poor Bearの祖母。

  • Lawrence Belcourt:
    かつてのドッグソルジャーソサエティーのメンバー。1975年のFBI捜査官殺害の罪を負わされ、以来終身刑で刑務所に収監されている。

  • Lora Belcourt:
    Lawrence Belcourtの妹。Lawrence救済のための基金事務所を運営している。

  • Dashiell Bad Horse:
    本作の主人公。13歳の時Prairie Rose居留地から出奔し、15年ぶりに戻って来る。

  • Lincoln Red Crow:
    Prairie Roseインディアン居留地の表と裏のリーダー。

  • Baylis Earl Nitz:
    Red Crowの逮捕起訴に執念を燃やし、そのためには手段も択ばないFBI捜査官

■Story

#9 A Thunder Being Nation I Am

[ 長年にわたり、俺はあらゆる物の成り立ちについての、多くの異なる話を聞いて来た ]
[ いかにして空の酋長の娘が、偉大なる亀の背に世界を創り上げたか。あるいは老人コヨーテがそれを泥の中から形作ったか ]
Catcherが馬の背に乗り、夜のゴミが放置された草地を横切って行く。
[ いかにして三本足の兎が一本の矢で太陽を射ち、その腎臓から星々を、その目から雲を作ったか ]

捨てられた罅の入った鏡に馬に乗ったCatcherの姿が映し出される。
[ それが如何にして出来たものであれ、俺は思う。全てが成された時、祖父なる魂は自身の仕事を見下ろし、祖母なる大地とすべての動物たちを見下ろし… ]
[ そして言っただろう。Washtay…、上出来だ ]
「フン」Catcherは呟く。
[ 恥ずべき俺たち二本足どもがやって来て、それをすべて台無しにした ]
遠く、荒野の果てに見えるカジノが、空に向かって多くの光を照らす。
「その地ザナドゥにクブラ・カーンなる王ありて 大いなる快楽の宮を築きしとや」Catcherはそれを見ながらコールリッジの詩を引用し、呟く。
PM:10:33

Catcherがここで引用しているのは、18~19世紀のイギリスの詩人サミュエル・テイラー・コールリッジの『Kubla Khan: or A Vision in a Dream(「クブラ・カーン、あるいは夢の中の幻想」)』という詩の出だしのところ。星降堂書店刊、 庄野 健翻訳の『コールリッジ幻想詩集』より引用させてもらいました。
ちなみに最後に出た時間、午後10時33分は、カジノではRed Crowが特別室のインディアン事務局のTodd Jiggerと会い、その一方でDashiellとDeiselがロデオ会場で決闘していたころ (第3回参照)。

2時間前
居留地に建つ一軒の家。何者かの接近に、前の畑に立つ案山子にとまっていたカラスが飛び立ち、軒先で眠っていた犬の親子が目を覚まし吠え始める。
「誰かいるのかい?」玄関が開き、老婆が現れる。その手にはショットガン。
「口をききな、散弾を喰らって酔いつぶれたいんじゃなけりゃね!」
夜闇の中から馬を引いたCatcherが姿を現す。
「こんばんわ、Granny。寝てるところを起こしたんじゃなけりゃいいがな」

「あんたの犬たちを怒らせちまって申し訳ない、俺はただ…」近寄りながら話すCatcher。
「何の用だい、Catcher?」老婆 -“Granny” Poor Bearは、突っぱねるように言う。
「あんたらがまだここらに住んでるのかはっきりわからなかったんだ。あんたはもう町に移ったんじゃないかと思ってた」
「町に移るなんてありえないさ。町に住んでる奴らなんて誰も信用できない。何の用だい、Catcher?」

「金ならないよ、それが目的なら。持ってたとしてもあんたにやるつもりはないね」Grannyは言う。
「俺がいつ、あんたや他のPoor Bearに金を無心したって言うんだい?」
「ほぼ四年間、毎週だけだね。大抵は夜中、あんたが最後の小銭まで白人天国に注ぎ込んで酔いつぶれてからさ」

「それは昔の俺さ、Granny。俺は変わったんだ」「酒はやめたのかい?」「そうするつもりだ」「あたしのポーチから出てきな」
「長居するつもりはないさ、Granny。通りすがりに寄ってみただけだ。今晩は町でやることがある」Catcherは言う。「俺は連中があそこに作った新しいカジノに行くところだ。昔なじみのRed Crowに会うためにな」
「すると、お前さんは結局そうするつもりになったってことなんだね?」Grannyはパイプに火を点けながら言う。
「何をするって?」「殺されに行くってことさ」
「俺は死を恐れてはいない、もしそういう結果になったとしても」
「あんたは飲み過ぎて死ぬことも恐れてないさ、あたしが保証するよ」
「Red Crowについても恐れてやしない」

「ならお前さんは、あたしが思ってた以上の大馬鹿者だってことだね。とっととあたしのポーチから降りて、家に帰りな」
「ああ、俺について心配する必要はないさ、Granny。Red Crowと揉め事を起こすつもりはないんだ」
「少々、旧交を温めたいだけのことさ」

Agnes “Granny” Poor Bear:

Poor Bear一族の女性家長。Dino Poor Bearの祖母。
ここで初登場となるが、居留地の中で最も伝統に従った形で暮らすある種長老的立場で、過去からの繋がりも多く、今後多くのキャラクターと主に精神的・伝統的指導者的立場で形で関わって行くこととなる。
ただ、ハヤオミヤザキワールドのようにこの婆ちゃん出てきたらすべて解決とはならない…。
Grannyはお婆ちゃんという意味だが、同じ呼びかけでもそれぞれの立場により言い方は違って来るので、主にはGrannyのままとした。まあRed Crowは確実にババアと言ってるだろうけど。

PM:11:52 カジノ
「立て、Red Crow。俺はここにお前を殺すために来たんじゃない」
「俺はお前に一つ尋ねるためにここに来たのだ」

カジノのトイレの中、座り込んだRed Crowの前に立つCatcher。
「Ginaはどこにいる?」「何だと?」「聞こえただろう、Ginaはどこにいるんだ?」
「Catcher…。お前が家と呼んでる肥溜めに帰れ」
「ビールを飲め」
「それで、お前が思いついたなんだか知らん馬鹿な考えを忘れるんだ」Red Crowは言う。

「彼女は危険な状態にある、Lincoln。もしお前がそれについて何か知ってるなら…」Catcherは言う。
「俺はGinaに危険だと言い疲れたぜ。あいつは俺の言うことなんぞ聞かん。お前が言うことも聞くとは思えんがな」Red Crowは言う。「お前、最後にあいつと話したのがいつか憶えてるのか?」
「彼女がどこで見つかるか教えてくれればいい」
「あいつは一週間前に町を出たぞ」「俺は彼女と話さなきゃならん」「いい考えとは思えんがな」「お前がどう思おうが関係ない」
「お前本当にあいつと話したいのか?ほら、これがあいつの電話番号だ」Red CrowはGinaの名刺を出す。「お前に確信があるなら、あいつが何と言ったか教えてくれよ。フン」

「もし彼女に何かあったら、Lincoln、約束するぞ…。俺はここに戻って来る」片手でGinaの名刺を受け取り、片手でRed Crowに銃を向けながら言うCatcher。「そして俺とお前、俺たちは共に大いなる謎に直面することになるだろうな」
「戻って来るな、Catcher。二度とな」Red Crowは言う。

Red Crowの前に、沈黙したまま立つCatcher。
「何だ?お前何見てるんだ?」Red Crowが問う。
「俺はお前を見てるんだ、Lincoln Red Crow」
Catcerの目には、死んで蛆の湧いた大鹿の死骸に足首を繋がれたRed Crowの姿が映っている。
「また会えて良かったぜ」そう言い、Catcherは去って行く。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

ここで場面は先のGrannyの家での会話に戻る。ちょっと注意しておいた方がいいかと気付いたのだけど、この話、何度もここに戻り、間に挟まれるのが前話までのカジノのシーンだったりするので、ちょっと時系列が混乱しそうになるのではと思うのだが、こちらのGrannyとのシーンは常にカジノへ行く2~3時間前の話なので。

「色々あった今になって、なんでお前さんまたGina Bad Horseを追っかけたくなったんだい?」Grannyは言う。「最後にあんたら二人が話したとき、どうなったか忘れちゃいないだろう?」
「俺はまたヴィジョンを得られるようになったんだ、Granny。西の雷であるものからのメッセージだ」
「Wakinyanは、俺がそれを止めるために何かをしなければ、Ginaが死ぬことになると言った」
「あたしは前に言ったよね、Catcher。あんたは酒を飲み過ぎて色々なものが見えるようになり始めた。それがヴィジョンを得たってことじゃない」
「あんたはそんな風にWakinyanやHeyokasの話を言いふらすべきじゃない。お前さんまだ自分には人々の動物のトーテムが見えると信じてるのかい?」
「酒をやめてからまた来な。それから話そうじゃないか」GrannyはCatcherに言う。

「俺はただ昔の友人を助けたいだけなんだよ、Granny」
「多分Ginaはあんたの助けなんて必要としてないとは考えないのかい?あんた彼女の息子が居留地に帰ってるのを知ってるんだろ?」
「ああ、聞いている。おそらく彼とも話す機会があると思うよ」

AM:12:08 カジノ
「ここではお前のケツを常に見張っとけよ、小僧。誰も信用することはできない」
「Red Crowも、警官も評議会も」
「そして確実に信用できんのは、FBIだな」
そしてCatcherはトイレから去る。

[ 俺たち二本足が最初に存在するようになったことについては、多くの異なった話がある ]
[ ある連中の信じる話では、世界には女だけがいた。ある日、その一人が股間を吹き抜けた突然の強風により孕まされた ]
[ 他の連中は、いかにして兎小僧が血の塊をそこから手と顔が生えるまで蹴りまわしたかを話す ]

トイレから出て、人をかき分けながらCatcherを捜すDashiell。「どけ!どけ、この野郎!」
[ モドック族は、俺たちは全てグリズリーベアーの子孫だと信じている ]
ドアを開き、Catcherを捜すDashiell。
[ 俺にはどの話が真実なのかははっきりとはわからない。だが、今日のこの状況を見回すと、一つ確かだと思えることがある ]
路地裏を窺うDashiell。
[ この世界は俺たちがいなきゃあ、遥かにましなところになるってことだ ]

[ キリスト教徒に聞いてみたなら、連中はこの世界のすべての過ちは、一匹の蛇と、一つのリンゴと、小さな赤い悪魔のせいだと言うだろう ]
路地裏を探るDashiellの携帯が鳴る。
[ そいつが俺がこれまでに聞いた最大の馬鹿話だ ]
「ああ、話さなきゃならん…」Dashiellは携帯で情報屋であるMackと話す。
[ 蛇は聖なる動物だ。再生の象徴 ]
[ リンゴはうまい ]
Dashiellの様子を陰から窺うCatcher。
[ そして、悪魔だと…? ]

[ 俺の知る限り悪魔なんてものは存在しない ]
Catcherの目から見たDashiellの姿:全身が蜘蛛の巣で覆われ、身体の上を無数の蜘蛛が這いまわっている。
[ 人が自身の中に引き込んだもの以外には ]
無数の蜘蛛に覆われながら話すDashiell。その口の中にも蜘蛛が溢れている。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

「また会おう、Dashiell Bad Horse」CatcherはDashiellを避け、カジノの倉庫の中を進んで行く。
[ 俺たち偉大なるスー族の七つの部族は、総てインド鷲、Wanblee Galeshkaの子孫だ。俺たちは鷲の民族なのだ ]
[ 俺たちの聖なる儀式と祈りは、偉大なる聖霊に贈られたものだ ]
[ 古のやり方に戻ることによってのみ、俺たちはまた母なる大地と平和に暮らせる。俺たち自身と ]
[ 不幸にして、俺たちは長年にわたり白人からも贈り物を受け取ってしまった ]
倉庫内に積まれた酒の山を目にするCatcher。その顔が渇望に歪む。
「今夜は駄目だ。古き友よ」酒から目を逸らし、その場を去るCatcher。

場面は再びGrannyの家の前へ戻る。
ポーチに置かれた椅子に座り、畑から収穫したトウモロコシの皮をむくGranny。Catcherは少し離れたところに座っている。
「じゃあ話しておくれよ、Catcher」Grannyは言う。「あんたが今晩厄介事を起こそうとしてるんじゃなけりゃ…」
「なんであんた鉄砲を持って来てるんだい?」
「ああ、この骨董品かい?こいつはFestus以上の老いぼれだよ。撃てるかどうかも怪しいもんだ」Catcherは銃を取り出し言う。「俺は世の中の正直さを保つためにこいつを持ち歩いてるだけさ」

「俺はGinaを見つけ出す。Granny、俺がやろうとしてるのはそれだけだ」Catcherは腰を上げて言う。
「彼女の家に行ってみたが、誰もいなかった。彼女の居所を知ってる者がいるとしたら、それはRed Crowだ。ブヨ一匹でも奴に挨拶なしじゃこの居留地を通り抜けられねえ」
「それであんた、Ginaを見つけられたら何を話すつもりなんだい?」
「うむ…」catcherはGrannyに背を向けたまま言う。「実のところよくわからんのだが…」

「だが、これは俺にかかっていると思うんだ」

AM:12:32
カジノから去った後のCatcher。愛馬Festusに跨り、公衆電話のある閉店しているガソリンスタンドへと向かう。
[ ラコタ社会の中で最も重要な役割を担っているものの一つが、あのHeyokaだ。聖なる道化師、あるいは雷の夢想者 ]
[ Heyokaはラコタの在り方だ。まじないという方法での ]
Catcherは公衆電話に歩み寄り、電話を掛ける。
[ ひとりの人物がWakinyanによりHeyokaと呼ばれるようになる。雷であるもの。一人にして多くであるもの ]

受話器の中から呼び出し音が聞こえる。
[ Wakinyanは、陽が落ちる所である世界の縁の小屋に住んでいる。その声は雷鳴。眼差しは雷光 ]
車を運転中のGinaが、携帯を手に取る。
[ そしてWakinyanからヴィジョンが来るとき… ]
「もしもし?」Catcherの持つ受話器から、Ginaの声が聞こえる。

[ それは嵐のようにやって来る ]
その瞬間、Catcherの頭に過去から未来に亘るヴィジョンが洪水のように溢れ出す。
 銃口を向ける、光と背景で顔がピエロのように見える男。
 首にナイフを当てられたDashiell。
 射殺された二人のFBI捜査官。
 Rapid Cityのダイナーで争うRed CrowとNitz。
 地面に倒れ、頭から血を流すGina。
 眼球を咥えたカラスを無表情に見つめるDino Poor Bear。
 キスする若き日のRed CrowとGina。
 死骸となりカラスについばまれるFestus。
 煙の中、血を流しているように見えるカジノのネオン。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

「もしもし?どなた?」無言の電話に向かって問いかけながら、運転を続けるGina。
頭を抱えながら、公衆電話の前に座り込むCatcher。ぶら下がった受話器からは、通話が切れる音。
やっとで体を起こし、受話器を戻すCatcher。その目に、ガソリンスタンドの店内に積まれたビールの箱が映る。

Grannyの家。ポーチの椅子に座ったGrannyが、Catcherに話す。
「あたしはGinaがちっちゃな子供だった頃を憶えてるよ。みんな出てけって感じの強情で、彼女の息子とそっくりだった」
「そして、あんたが初めて現れたころのことも覚えてる。洒落た本から学んだことを並べ立てる、謎めいた若者だった。あたしはGinaがあんたを連れてきて、あんたの最初のサンダンスについて話したのも憶えてる」
「話しておくれよ、Catcher」

「あんた最初にいつ気付いたんだい?」
「最初に何を気付いたって?」
「あんたがGinaを好きだってことさ」

Catcherの脳裏に、初めて会った時のGinaの姿が浮かぶ。
笑顔で自己紹介する若き日のGina。「Gina Bad Horseよ」

「行った方が良さそうだな、Granny。まだ行かなきゃならないところがある」Festusに歩み寄るCatcher。

「待ちなよ、Catcher。あんたなんでカジノに行こうなんてバカな考えを捨てられないんだい」立ち上がりながら言うGranny。
「家に入りな、Catcher。ビスケットといくらかソルガムがあるよ。あんたのヴィジョンについて話して、一緒に考えてみようじゃないか」
「すまないが、そういうわけにはいかないんだ、Granny」出発する用意をしながら言うCatcher。

「あたしはいつも、一番見込みがあるのはあんただと思ってたんだよ、分かるだろ」Grannyは言う。
「Gina、彼女の魂に祝福あれ、あの子は自分の家族を顧みることができず、独りで突っ走ることしかできなかった」
「そして、あんたも知ってるようにRed Crowは、いつも仲間ではなく奴隷を求めていた」
「でもあんた…、あんたはあたしたちが求めるリーダーに成り得たんだ」
「あんたは何か正しいことができたはずさ」

「俺はあそこにいたんだ、そうだろう?俺は自分の役割を果たした!俺は弾丸を喰らったんだ!」怒りの表情で言い返すCatcher。
「それは三十年前の話だろうが!お前はそれからどこにいたんだい?!」怒りに手を振りながら言うGranny。
「何もないところのトレーラーで暮らし、瓢箪から酒を飲み、その馬鹿な馬と話して…!」

「申し訳ない…。俺は言い争いのために来たわけじゃないんだ、Granny」Catcherは謝罪し、Grannyに煙草とパイプを差し出す。
「俺はあんたに少しの祈りをもらい、タバコタイができればと思っただけなんだよ」
「ああ…。できるだけのことはするよ。でもこの老いぼれた骨には、もう大したまじないは残っちゃいない」
Catcherは改めて、Grannyを見る。その背後には巨大な熊のトーテムが立っているのが彼には見える。
「それじゃあ。話せてよかったよ、Granny Poor Bear」
「気を付けるんだよ、Catcher。わかってるね?」
見送るGrannyに、片手をあげ応え、馬に乗り去って行くCatcher。

タバコタイ(Tabacco ties)は、尊敬のしるしとして煙草を差し出し、援助を求めるネイティブアメリカンの風習。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

AM:1:15
「”私の仕事は成された、私の歌は止まった、私の主旋律は谺の中に死んだ”」
愛馬Festusの背でバイロンの『Childe Harold’s Pilgrimage (「チャイルド・ハロルドの巡礼」)』の一節を呟くCatcher。その前にはガソリンスタンドから盗み出したビールのケースが括られている。
[ これはCatcherと呼ばれた男の話だ ]
「”それはこの長引く夢の呪縛を解くのにふさわしい。私の真夜中のランプを灯す松明は消されるだろう。そして書かれているものは、書かれている”」
[ 1952年、ペンシルヴァニア、ウェストチェスターに生まれる ]
[ オックスフォードをローズ奨学制度にて卒業 ]
最後のビールを飲み干すCatcher。
[ 馬術チームの主将 ]
「”それにはより価値があっただろう!だが、今は自身がこれまであったものがそうだとは思えない。そして私の幻は、より不明瞭に我が眼前を飛び交う…”」
[ ワーズワース、バイロン、そしてイギリスロマン派を愛す… ]
[ 無罪となった殺人者 ]
そしてCatcherは、馬から降り、ビールのケースを放り出す。
「”そして私の中魂の中に在った輝きは、揺らめき、儚くなり、…そして微かになって行く”」

[ これはラコタの戦士の物語だ ]
[ 偉大なるインド鷲の末裔にして、偉大なるスー族の最後の生き残り ]
荒野に捨てられたごみの中の罅が入った鏡に、自分の姿が映っていることに気付くcatcher。
[ 献身的なストーンボーイと祖父ペヨーテの従者 ]
[ Prairie Roseインディアン居留地の住人 ]
呆然としてその姿を見つめるCatcher。
[ 雷の夢想者 ]

Catcherの目に映る、鏡に映った自分の背後には、巨大なフクロウのトーテムが立っていた。
鏡の中のフクロウが呟く。「いつの日にか」

[ これは、強力なヴィジョンを与えられながら、それを使うには弱すぎた男の物語だ ]
怒りの表情を浮かべ鏡を見つめるCatcher。その目に涙が溢れ出す。
[ そしていつの日にか、間もなく、俺は神に祈るだろう… ]
Catcherの手が腰に差した銃を掴む。

[ この物語が最終的には終わるようにと ]
鏡を撃ち抜くCatcher。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

バイロン『チャイルド・ハロルドの巡礼』に関しては、簡単に見つかる翻訳がなかったので、適当に訳しました。本物の翻訳者だったら図書館とか行ってちゃんと調べて引用するんだろうけど…。引用長すぎ…。
ストーンボーイは、スー族のIya Hokshiの伝説。母親が石を飲んで生まれたストーンボーイが、魔女にさらわれた五人の叔父を救い出す物語。
最後にCatcherに見える動物のトーテムについてだが、ちょっとぴたりと当てはまるような説明が見つからず。Red Crowの足に繋がれた死んだ鹿についてはイメージか?Dashiellの蜘蛛については、前回トイレの中での会話で、「Ikomiの先触れ。ペテン師の蜘蛛」といっているのがそうなのだろう。Grannyの熊は最強のトーテムということ。そして最後のCatcherのフクロウだが、この物語の中では誰かが死ぬときに現れる死神的な象徴として使われているのだと思う (第1回の#3、DashiellがFall Downと共に、罠である倉庫に踏み込むシーンとその時の回想参照)。どうも一般的なネイティブアメリカン信仰の中では、フクロウは知恵の象徴ということのようだが、部族的な違いなのかも。

#10 My Ambitionz Az A Ridah

[ これからどうすればいいか、ちゃんとわかってる ]
ハンドルを握るDino Poor Bearは思う。
[ 俺はこのハイウェイ13の広がりをまっすぐ進み、道の途中のそこで車を端に駐める ]
彼の乗る車は、赤い1970年式シボレーシェベルSS、LS6 454 V8エンジン。
[ ステレオは大音響で揺さぶられる… ]
[ 俺はもう一度あたりを見回すのさ… ]
[ そして銃。こいつがなくちゃな。黒いゴムの焼けた跡だけを残しておさらばだ ]
Dinoの車はエンジン音を響かせながら、居留地の外へ続く道を疾走して行く。
[ そうやって俺は遂にこの忌々しい居留地から抜け出すのさ ]

[ カリフォルニアに着いた時には、俺の面倒事は完全に振り落とされる ]
車に大勢の女の子を乗せて、カリフォルニア海岸沿いの道を走るDino。
[ 俺はここからそっちまでの全ての肥溜めみてえな町の全ての赤信号で安物改造車をぶっちぎる ]
[ 『バニシング・ポイント』のコワルスキーみてえにアクセルを踏み込む。『断絶』のウォーレン・オーツみてえに ]
助手席の女の子が立ち上がり、シャツを脱いで振り回し、運転中のDinoの股間に覆いかぶさる。
[ 海が見えるまでスピードは落とすな ]
[ そしてビーチに腰を下ろして… ]
「Dino!」
[ 砂の上に横たわってから… ]
「Dino、起きな!」

「Dino、聞こえないのかい?!」
Grannyの呼ぶ声で、夢想から呼び覚まされるDino。
「便所が逆流してるんだよ。プランジャーを持って来て詰まりを直しとくれ」
「ちぇっ、Granny、忙しいのがわかんない?俺は車の修理中なんだよ」
シートから身を起こして言うDino。
「何やってんだろうと、5分ぐらい何とかなるだろう、坊主」
フロントガラスもヘッドライトもないボロボロのシボレーシェベルSSから降りるDino。ガレージの前には廃車と取り外したパーツが並べられている。
「そんな車どこにも行きゃあしないだろ」言いながら去って行くGranny。

家に向かって歩いて行くDino。
[ 車の修理が完了したらすぐに、俺はここから出て行く ]
[ Prairie Roseはもう沢山だ ]
[ 知恵遅れの弟の後始末ももう沢山だ ]
プランジャーでトイレを掃除するDino。
戸口には胎児性アルコール症候群の弟Andyが立って、Dinoの作業を見ている。「今日車に乗れる、にいちゃん?」
[ 居留地の俺の暮らしももう沢山だ ]
トイレの掃除をしながら言う。「今日は駄目だ、Andy。トイレにこんなにたくさんペーパーを入れるのをやめろよ」
うんざりした顔でトイレを流す。
[ もうこんなことには疲れたよ ]

リビングを通るDino。ソファには中年のでっぷり太った女と、足のない男が座りテレビを観ている。
[ こんなどこでもない地の果ての天井裏には鼠が住み着き、壁は黒カビに覆われたちっぽけな家に住むのも沢山だ ]
[ 8人も住んでる ]
[ ケーブルテレビも、携帯も、インターネットもない暮らしももう沢山だ ]
「Dino、俺の大事な甥っ子よ。お前、俺のためにTVの映りを良くしてくれるだろう?」足のない男が通り過ぎるDinoの背に声を掛ける。
[ デブ公の叔父が一日中カウチに座ってウェスタンを観れるように兎の耳を揺さぶるのも沢山だ ]
「もうちょっと…もうちょっとだ…」TVの上のアンテナを調整するDinoに向かって言う叔父。
「おお、そうだ!そこだ!ありがとよ、Dino」糖尿病により両足を切断した叔父が言う。「5チャンネルで『昼下りの決斗』やってるぞ。ボイルドピーナッツ持って来て一緒に観ないか?」
「駄目だよ、叔父さん。俺やることがあるんだ」
「出かけるの、Dino?じゃあ煙草のカートン買ってきてくれないかしら?」太った女が言う。
[ 奴らが家族だって理由で、こいつらに奴隷扱いされるのももう沢山だ ]
「駄目だな!」言い捨ててリビングから出るDino。

キッチンではGrannyがテーブルに座り、調理のための下ごしらえをしている。
「トイレが流れるようにしたかい?」Grannyが言う。
「ああ、あいつがまた詰めるのに10分もかからないと思うがね。夕飯は何だい?」
ガス台に近寄り、顔をしかめるDino。「おい、待ってくれよ…。またWahampi(スープ)かよ」
ひとつの鍋はホミニー (ゆでた粗挽きトウモロコシ)。もう一つの鍋は牛の腸と野生のカブのスープ。
「献立が気に入らないなら、お前が町に行って何か手に入れてきとくれ」Grannyは言う。
「勘弁してくれよ、Granny。俺はいつになったら車の修理ができるんだよ」

「タバコタイを作るところから始めて、偉大なる聖霊に祈るんだね」Grannyは言う。
「良くない仕事はやめて、以前のようにパウワウで歌うことに戻るんだよ」
「町に行く時間は無いよ、Granny。俺は忙しいんだ」勝手口を開け、外に出て行こうとするDino。
Grannyが呼び止める。「お前の娘に挨拶して行く時間もないほど忙しいのかい?」

一旦外に出たDinoは、立ち止まり、キッチンに戻って近くに置かれたベビーサークルに話しかける。
「やあ、ベビーガール。どうだい?」
中には藁で作られた人形を持った、裸でおむつだけの女の子の赤ちゃんが座っている。

「父ちゃん忙しくて構ってやれなくてごめんよ。でも父ちゃんは車が走れるようになるよう頑張ってるんだ、分かるだろ?そして走るようになったらお前をここから連れ出してやる。海に行くんだ」
「そしてそこで小さな家を手に入れる。俺たち二人だけで住むんだ。楽しそうだろ?」
「父ちゃんはお前が大好きだよ、お嬢ちゃん。わかるだろ」
赤ちゃんはDinoが差し出した手に、手を伸ばす。

[ もう沢山だ ]
「こいつのおむつ汚れてるようだな、Granny」ベビーサークルを見下ろしながら言うDino。
「雑貨屋に行って買って来るよ、そうして欲しいんなら」
「今度は瓶詰肉はやめといてくれよ、聞こえたかい?」外に出て行くDinoに、Grannyが声を掛ける。
[ こんな生き方はもう沢山だ ]

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

「プンプンしてどこ行くのよ、ボンクラ?」勝手口から出て来たDinoに、外に放置された廃車の中にいる姉Krystalが声を掛ける。
「どこでもねえよ、ちょっと出かけて…」言いかけたDinoは、車内のKrystalの様子に気付く。
「Krystal、お前何やってんだよ?そんなもん吸っちゃダメだろうが!」あわてて廃車の中に叫ぶDino。
廃車内のシートに座った、臨月に近いと思われる程腹の膨れたKrystalの手には、ドラッグ吸引用のパイプ。
「落ち着きなよ、弟ちゃん!覚醒剤を吸うのはやめたって。あたしだって馬鹿じゃないんだから。連中がアレにありとあらゆるヤバイ化学物質とか入れてるのぐらい知ってるよ」
「じゃあお前今何やってんだよ?」
「これはコカインよ。バカねえ。自然のものなの。植物由来なのよ」
「畜生、俺の娘にだけは近づくんじゃねえぞ、分かったな?それからくれぐれもGrannyには見つからないようにな」諦め顔で言うDino。

[ エイトボールも、ファットバッグも、フィッシュスケールも、レッドキャップも、ジャンボも、ジュースジョイントも、スクウォークも、クロークも、ダブルヨークももう沢山だ ]
「ねえ、町に行くんなら妊婦用ビタミン剤ってのをもう少し買ってきてよ、分かった?」立ち去るDinoに声を掛けるKrystal。
[ ローリングも、スパーキングも、トゥイーキングももう沢山だ ]
「あとシガレットペーパーもね!」
[ 俺には必要ない ]

「エイトボールも~」のところはドラッグ関連のスラングなのだと思うが、全部は調べきれなかった…。あと「ローリングも~」のところはドラッグ服用時の表現みたいなものだと思うが、ちょっとうまく日本語に直せなかったのでそのまま。色々すんません。

Prairie Rose栄養支援センターから買い物バッグを持って出てくるDino。
[ フードスタンプももう沢山だ。クソ不味いジェネリック食品のために長い列を作って待つのももう沢山だ ]
反対側の入り口には、大勢の人が順番待ちの列を作っている。
[ 無料チーズのために政府のクソを課せられるのももう沢山だ ]
「よう、Dino!」憂鬱な顔で歩くDinoに声が掛けられる。
Dinoと同年配の、同じように支援食品のバッグを持った三人の若者が歩いて来る。それぞれに「高校中退」「中学中退」のキャプション。
「おう、何やってんだお前ら?」
「なんもねえよ、ただのママのおつかい完了ってとこだ。そんでピントビーンズでも食ってこうかと思ってたとこ」

「アホ言ってろ」
「おい、何でお前歩きなんだ?あの車まだ直んねえのか?」
「そいつもクソくらえだ、Peezey」
「なあDino、ピーナッツバターとプルーンとなんかいいもんと交換しねえか?お前どんなシリアル手に入れた?」
「グレインスクェア砂糖がけってやつだ」
「おう、いいな。それくれよ」

連れだって歩く四人。周りにも多くの支援食品のバッグを持った人々が行き交う。
「Dino、お前’Skin Tellyのこと聞いたかよ?あいつとうとう中古のノヴァ手に入れて出てったんだとさ。そんで今は毎日スマーフィングに励んでるらしい」
「200ドル渡されて、ネブラスカを走り回って、風邪薬を買い集めてるんだとさ」
「お前の車直ったら、俺たちもそれに乗っかろうぜ」
「気が進まねえな」Dinoは下を向いたまま言う。

バッグを抱えた中年男がDinoに近寄って来る。「ようDino、ビーフシチューとスィートポテトの缶詰で、お前が育ててる上物のマリファナと交換するぞ」
「いや、おっさん、それもうやってねえから」Dinoは答える。
「じゃあマッシュルーム茶はどうだい、お前の…」
「おい、聞こえねえのかおっさん、アホが!こいつはその手のことはもうやってねえんだよ」仲間の一人が男を追い払う。
「なあDino、お前ホントにそういうのやめたんか?」「そうだな、俺らのダチはその手の悪い遊びからは引退したようだぜ」「そうなん?じゃあこいつまだビールは飲んでる?この荷物俺ん家に置いて、みんなで天国に向かおうってつもりなんだけど」

[ もう沢山だ ]

「俺も乗ったぜ。Dinoが買って来いよ」「おいDino、お前瓶詰肉忘れたんじゃねえか?」
[ こんな馬鹿どもはもう沢山だ。こんな暮らしはもう沢山だ ]

スマーフィングはドラッグの原料になる市販の薬物を買い集め、密造者に供給すること。
あと、途中で出てくる「’Skin」というのは、実は他でも少し出てきて、何の略か不明でその単語の訳飛ばしたところもあるのだが、色々文脈とか考えると、黒人が相棒とか仲間みたいな意味で「niga」と言うような、ネイティブアメリカンの蔑称である「Red Skin」を縮めたものが同じような形で若者同士の会話の中で使われてるのかもと思った。ちょっとまだ不明なんだけど。

酒屋の前で待つDinoの仲間たち。
[ 白人天国ネブラスカももう沢山だ ]
[ 目をきらめかせたチンケな白人クズどもが連中の馬鹿ガキどもを大学に行かせてるのを見るのも沢山だ… ]
[ 酔っ払いインディアン一人につき一人ずつを ]
カウンターにビールを四本置くDino。そして偽身分証と金。
「外で飲めよ」レジの店主が言う。
「あんた、俺がここに来るたんびにそのクソ注意言わなくてもいいの、本当は分かってんだろ、アホが」ビールを手に店を出るDino。

廃車が積み上げられたごみ捨て場で、言葉も交わさずぼんやりとビールを飲む四人。
飲み終わった空き缶を握り潰し、放り投げる。
敷地の一角の空き缶の山に、もう一つ加わる。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

バッグを手に帰り路を歩く四人。道の横にRed Crowが描かれた巨大なカジノの看板。その上に”酒は人殺しだ”というスプレー落書き。
「この間TVで見たんだけどよ、あのフロリダの連中…、チカソーだかチョクトーだかなんかさ。そんで部族の全員がカジノから月6千ドルもらってんだと。そんでそれについてなんもしてねえんだと。あのクズどもただ生きてるだけで金もらってんだぜ」仲間の一人が言う。
「いいじゃねえか、俺たちもじきにそうなるってことだろ?おいおい、俺もいずれは30インチリムだかのハマー手に入れて、それから…」
「フロリダにはビーチがあるんだぞ、馬鹿が」夢見がちに言う仲間を遮るように言うDino。
「みんなそこにはバケーションで来るんだよ。連中のカジノは大賑わいなんだろ。俺たちはフロリダに住んでるんじゃねえんだよ。周りを見てみろよ、なあ…」
周囲の荒野を指さしながら、うんざりした表情で言うDino。
「誰がこんなとこに来たがるっていうんだよ?」

[ もう沢山だ ]
[ パウワウももう沢山だ ]
T字路でDinoは仲間たちと別れ、自宅へ向かって歩き出す。
[ プールぐらいのでかさの道路のひび割れも沢山だ ]
Dinoの背に、三人それぞれが声を掛ける。「またな、Dino」「じゃあな、ネイティブ」「なあ今夜「教会」に仕事の後来るのか?」
「わからねえ。多分な」振り返らず去って行くDino。
[ 荒野ももう沢山だ ]
[ バッファローにオカマを掘れるほどでかいガラガラヘビももう沢山だ ]

[ インディアンの土地ももう沢山だ ]
賑わうカジノの中を、作業服で掃除用具のカートを押して進むDino。
[ 俺には必要ない ]
片付けに向かっていたDinoを従業員の一人が呼び止める。
「Poor Bear、起きろ!仕事だぞ」「あの、俺もう上がるとこなんすけど…」「来るんだ。さもなきゃクビだぞ」

Dinoが連れて行かれたのは、Dieselに荒らされたRed Crowの執務室だった。
床の汚れを拭いていたDinoは、犬の死体に気付き怯む。
「犬はそのままでいい」Red CrowがDinoに声を掛ける。

黙々と床を掃除するDinoと、部屋の隅に移動した椅子に座りそれを見つめるRed Crow。
「お前はPoor Bearの者だったな?」Red Crowが言う。
「はい、そうです」「お前の名前は?」「Dinoです」
「Terryとはどういう縁続きだ?」「俺の父です」「親父はまだジョリエット刑務所か?」「最後に聞いた話では」
「俺も昔はよくPoor Bearの家へ行ったもんだ。お前の婆さんも知ってた」
「あの…ええと彼女は…。あの、彼女はまだ死んでません」
「知っとるわい、坊主」Red Crowは言う。「あのババアに引導を渡すのはこの俺だ」

「賭けてもいいが、あのババア、お前がここで働くことをよく思っとらんだろう?」「えっと…まあ…」
「お前の親父はかつて俺の下で働いてた。色々な形でな。知ってたか?」「いいえ、知りませんでした」「まあそうだろうな。そうじゃないかと思ってたがな」
「それがお前のやりたいことか、坊主?お前も俺の下で働きたいか?」「俺は既に貴方のところで働いてますよ」「俺の言ってる意味は分かっとるだろう?」
「俺が言ってるのは、モップを使うような仕事のことじゃない。棍棒として以外でな」Red Crowは言う。

返答を考えるDino。やがて顔をあげて言う。
「俺、以前に問題起こしてるんすよ」「どんな類いのだ?」
「ハッパ売って。大した量じゃないけど」
「仮釈2か月残ってて。これ以上悪くしたくないんすよね」

「なるほどな。それでお前自分の人生にどんな展望を持ってるんだ、若きPoor Bear君よ?」
「俺は自分の車を直すのに足りるだけの金を稼いでるんす」「それで?」「それでどっかいい仕事が見つけられるところへいくつもりっす」
「そうか、俺のチンケなカジノじゃ、お前にとってのいい仕事にはならんということだな?」「違います、すんません…。俺はこの仕事を有り難いと…。」
「お前が受け継いだものについてはどうだ、Poor Bear?ラコタ族であることの誇りはどこへ行った、小僧?」

「ここら一帯の土には、Poor Bearの血が強く染み込んでおるんだ。彼らの土地のため命を賭して闘ったお前の先祖のな」
「今、このちっぽけな切れっ端の居留地が俺たちに遺された全てだ。そしてお前はそこから立ち去りたいというわけか?」
「それでどうするんだ?それでお前はどっかのモールで働けるようになり、白人娘と結婚するわけか?」
「違います、それはただ…」「それはただそいうことだろうが、Poor Bear?」
「それはただ、俺には娘がいるってことです…。それで俺は、俺の親父が俺にくれたよりも、もっといい機会を与えてやりたいんです!」

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

黙ってDinoを見つめ、そしてRed Crowはデスクに向かって歩く。
「車を直すのに、お前の見積もりじゃいくらかかる?」
金庫を開け、金を数えて取り出すRed Crow。そしてそれをデスクの上に置く。
「俺は…、あの、俺はそんなつもりじゃ…」「2千ドルあれば十分じゃないか?この辺じゃあこれで車を買うこともできると思うがな」「俺は…」「受け取れ、Poor Bear。ただどこで手に入れたかは誰にも言うな」

「恐らくこの土地から去りたいというお前は正しいんだろう、俺にはわからんがな。俺については、俺は決してできなかった。だが、お前が行きたいというなら、この金を受け取り、そして行け」
「お前の娘にもっといい暮らしをさせてやれ」
「ただし、お前がどこから来たのかは決して忘れるな」
呆然とデスクの上の金を見つめるDino。

[ もう沢山だ ]
夜明けの光に照らされた、崖の上に建つ廃墟となり壁が崩れた教会。
その中ではDinoの仲間たちが眠りこけている。
[ 錆色の水ももう沢山だ ]
[ サウスダコタの吹雪ももう沢山だ ]
[ 空軍のテスト飛行が夜中の3時に屋根を揺するのももう沢山だ ]

崩れた壁の隙間から、外に独り立っているDinoが見える。
[ B.I.A.(Bureau of Indian Affairs=インディアン事務局)のたわごとももう沢山だ ]
[ 腐敗しきった居留地警察ももう沢山だ ]
[ 酋長も、勇者も、肌色も、血統も、女々しさももう沢山だ ]
[ こんな生き方はもう沢山だ ]
Dinoの手にはRed Crowから渡された金。崖の上に立ってそれを見つめる。
[ そんなものはいらない ]

[ Poor Bearももう沢山だ。Grannyももう沢山だ。Grannyのお節介ももう沢山だ ]
[ Grannyのフライブレッドももう沢山だ ]
[ Badland Cafeのバーントエンドももう沢山だ。パウワウの残り物のWatechaバケットももう沢山だ ]
[ ベアバットでのキャンプもスピアフィッシュ谷でのフライフィッシングももう沢山だ。古いTVセットをショットガンで撃つのも、「教会]でロックスター気取りの馬鹿騒ぎをするのももう沢山だ ]
[ 日曜の朝を叔父さんとペキンパー映画を観て過ごすのももう沢山だ ]
[ 弟をドライブに連れてってやる機会ももう沢山だ ]<
[ インディアンたちの間でインディアンでいるのももう沢山だ ]
手の中の金を見ながらDinoは考える。

[ 長年の間、俺がずっと望んできたのはこの居留地を出ることだった ]
[ そして今、それができるようになった… ]
Dinoの後ろの空に稲妻が走る。金をポケットに仕舞い、Dinoは声を掛ける。
「おい起きろ、マヌケども」

[ それが今日じゃないってだけさ ]
「パンケーキが食いたい奴はいるかあ?」
Dinoは「教会」の中の仲間たちのところへ戻って行く。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

#11 Requiem For A Dog Soldier

31年前、ネヴァダ州 レノ
夜。道路沿いに建てられたモーターロッジ Pink Flmingo。
建物内の廊下。42号室のドアノブには、「Do Not Disturb」の札が掛けられている。
荷物が散らかった室内では、つけられたままのTVからニュースが流れている。
「サウスダコタ、Prairie Rose居留地で、一年前に起こった二人の連邦捜査官の射殺事件の容疑者であるアメリカンインディアン過激派グループの、全国規模に渡る捜索は依然続行中です」
「現在までに逮捕された唯一の容疑者は、二週間前カナダ国境を越えようと試みて捕縛されたJohn Rayfield Bustill、別名Lincoln Red Crow」
「Bustill氏は、本日二件の殺人による罪状認否のため召喚され、Rapid Cityでの裁判開始を待つこととなります」
「FBIからの情報筋によると、捜査官は残る容疑者のうち最低一人の居所を掴みかけているとのことですが、公式発表はまだ出されておらず…」

バスルームの中。Gina Bad Horseは、便器の上に座り妊娠検査薬の判定が出るのを持ち受けている。
「Gina、このバカ…。妊娠していないで、妊娠なんてことにならないで」
部屋の方から物音。「Wade?あんたなの?」
「Wade?」立ち上がろうとするGina。

その時、ドアが開きバスルームに制服の一団がなだれ込んでくる。「FBIだ!床に腹ばいになれ!」
複数の捜査官により押さえつけられるGina。「暴れるな!手を後ろに回せ!」
「待って」床に押さえつけられながら落ちた妊娠検査薬に手を伸ばすGina。
「手を後ろに回せ、さもなくばクソ腕をへし折るぞ!」Ginaの腕を踏みつけようとする捜査官の靴。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

「待ってよ!頼むから!あたしは結果を知りたいだけで…」
後ろ手に手錠をかけられ、ドアから引き摺り出されるGina。入れ替わりに背広姿の捜査官がバスルームに入って行く。
床に落ちた検査薬を拾い上げる手。
検査薬のパッケージを手に取り、説明を読んで結果を確認する。
「なるほど、見たところ…。どうやらここで世界が必要としないものが…」
FBI捜査官Nitzは、検査薬を嘲るように眺め、言う。
「別の忌々しいBad Horseが出来たようだな」

五日前、ミズーリ州 カンサスシティ
夜。モーテル スイーツElite Innの建物の前に駐められたGina Bad Horseの車。
「Do Not Disturb」がノブに掛けられたドア。
Ginaはバスルームで湯船につかっている。
蛇口から滴る水滴。Ginaの目から流れる涙。

その日の昼間、Ginaはある建物を訪れる。
ドアには「Lawrence Belcourt Defense Fund(防衛基金)」の文字。FBI捜査官射殺事件の罪で収監されているLawrence救済のための基金事務所。
事務所に入るGina。中ではあちこちの棚、引き出しが空けられ、荷造りがされている様子。
「Lora、これは何なの?あなた荷物をまとめてるわけじゃないわよね?」
「私のボランティアの大半をね、ええ」室内にいた女性Loraは答える。「Lawrenceは上告に失敗したところよ。連中は何が問題だ?としか見てない」
「それで、あなたはどうするの」GinaはLoraに問う。
「私がどうするかって?彼は兄なのよ。私は、私たちのどちらかが死ぬまでここにいるわよ」
「彼にはいつ会える?」
「明日の面会者リストに入ってるわ。差し支えなければ、やることがあるのだけど」Loraは少し苛立たしげに言う。

「私のことあまり好きじゃないんでしょ、Lora?」「私、本当に忙しいのよ、Gina」「彼は私にとっても兄弟同然なのよ、わかるでしょう?」
「結構ね。じゃあ行って彼のために少々涙を流して、それでダコタに帰ればいいわ。信じないかもしれないけど、私たちはあなたがここにいなけりゃ、仲良くやっていけてるのよ」
「私はLawrenceを釈放させるためにできることは何でもやってるわ、知ってるでしょう?」
「あら本当に?じゃあなんで彼はまだあそこにいるのよ?」

「どうして彼がやっていないことをあなたが誰よりも知ってる二件の殺人で、兄が刑務所で暮らすことになっているの?」
「どうなの、Gina?わかってるでしょ、あなたはそこにいたんだから!」
「その通りよ…。私はそこにいた」俯き、目を逸らして言うGina。
「あなたが兄さんをあなたのいかれたカルトに引き込んだ。あなたが彼を破滅に追い込んだ。そしてあなたは、以来本当の殺人者の正体を守り続けている」
「もう一度私に言ってみなさいよ、Gina」
「あなたがどうLawrenceを自由にするためにできる限りのことをやってるかを!」
無言で俯き続けるGina。

「あなたはその場にいなかったから、Lora。あの頃の居留地は戦場だったのよ。3年間にわたって殺人事件の発生率は米国内でも最高だった」Ginaは言う。
「なぜって?単純に私たちドッグソルジャーソサエティは私たち自身の文化や正義のために立ち上がらなければならなかったから」
「私たちは腐敗した銀行や、ウラン採掘会社、キリスト教会にそのために立ち向かわなければならなかった。そして連邦政府や、私たち自身の部族統治組織は、私たち一人一人をすべて死ぬか、監獄行きにしたがっていた」
「私たちにはそれぞれの繋がりが全てだった。それは神聖な結びつきで、何をもってしても…」
「いい加減にしてよ!私はその手のたわごとをあなたとLawrenceから千回も聞かされたわ。私はあなたたちの小さなクラブと秘密の握手に文句を言ってるわけじゃないのよ」遮るように言うLora。
「私は兄さんが刑務所の監房みたいなところで死ぬのを見たくないだけよ!」

「私だってそうよ!」「ええ、そうなんでしょうね」
「でも、あなたより彼ってことなんでしょう、違うの?」
「ここには二度と来ないで、Gina」Loraはそう言い置いて、事務所から出て行く。
独り残され、顔を押さえて泣くGina。

Lora Belcourt:

Lawrence Belcourtの妹…。妹だと思う。英語だと”brother, sister”だけで上か下かはっきりしないの多いから。過去のドッグソルジャーズに関わっていた描写がないので、その頃まだ幼かったのだろうみたいな推測から、妹と推定してるが、読んでる人の3割ぐらいはお姉ちゃんだと思ってるかも。色々”big”とか前につけてわかりやすくする場合もあるが、ほとんどの場合には上か下かはっきりしない感じで投げ出される。英語圏の人たちってかなり長い歴史に渡ってわかりにくいとか思わんかったのだろうか?日本人からすると永遠の謎。

1975年6月、FBI捜査官殺害の現場。
捜査官の身分証を拡げ、見ている手。
二人の捜査官は車の横に座り込み、一人は腹を撃たれ血を流している。
「頼むよ、勘弁してくれ…」
「子供がいるんだよ、二人の子供が…。頼むよ」
「頼む、殺さないでくれ…」

捜査官の頭に突きつけられる拳銃の銃口。「待て!やめてくれ!」
「子供がいるんだ、ふうん。じゃあ子供たちにまた会いたいなら…」
「その口を閉じとくことだね」
銃を手に、若き日のGinaが言い放つ。

椅子に座り、うたた寝するGina。
「あの、そちらの方…」声が掛けられ、驚き夢から覚めるGina。
「起こして申し訳ないが、次はあなたの面会です」戸惑うGinaに黒人の看守が言う。

三日前
看守の後に続き、面会室に入って行くGina。
部屋の向こうからは、Lawrenceが笑顔でやって来て、二人は強化ガラスの入った壁を間に向かい合う。

「Lawrence…」
「やあ、Gina。また妹ともめたようだな。そうだろう?俺は妹を死ぬほど愛してるよ、Gina。でも何度も言ってるように、妹はこれを受け入れられないし、これから先もそうだろう」
「でも彼女が正しいわ。全てにおいて彼女が正しい。私はあなたをこれから遠ざけておくべきだった。そうできたはず、もし私が…」
「やめろよ。ここではやめろ。危険だぞ」

Lawrence Belcourt:

1975年のFBI捜査官殺害の罪を負わされ、以来終身刑で刑務所に収監されている、現在のLawrence。
その時何があったのか、実際に引き金を引いたのは誰だったかは、この物語の最も重要な謎として続いて行くこととなる。

「あなたは子供だった、あなたは何も知らなかったのに」
「ああ、俺はその頃は子供だったな。でも今の俺を見なよ。俺はここにいることで、外にいて出来ただろうより多くのことが、活動のためにできてるんだ」
「多分、殉教者が俺たちの側の人間が腰を上げるために必要なんだろう。もしそれが偉大なる聖霊が俺に課したことなら、それに従うさ」
「違うわ、これは偉大なる聖霊の仕業じゃない…。あなたをここに押し込めたのは忌々しいFBIよ、Lawrence。はっきり言えばNitzの畜生」

「Dashが生まれて一時間後に、私を監房に戻したのと同じクソ野郎よ」
刑務所関連の施設で、Dashiellを出産するGina。
「急げよ、Gina。とっととそのシラミの卵をひり出して、事を進めようぜ」手錠を手に言うNitz。
「奴の思い通りになったら、私たち全員監獄で死ぬことになるわ」

「ああ、そんなつもりじゃ…。ごめんなさい、Lawrence」「気にしなくていいさ」
「いいえ、そうじゃなくて、ただ…。ここのところすべて無茶苦茶で。まともに考えることもできやしない」
「Red Crowが、奴のカジノをオープンに漕ぎつけたってことだろう?」
「そうよ、そして近頃じゃそれが間違ってるってまだ思ってるのは、私だけになってるようで」
「伝統主義者の大半は、逮捕されるか逃げ出していて、他のみんなは目がドルマークになってる」

「そして数週前、青天の霹靂でDashが戻って来た。10年…?音沙汰がなかったかしら?そしていきなり、ドロン!そこにいたっていう感じ」
「そして、そこいらのろくでなしどもと一緒にRed Crowの下で働き始めた」
「ああ、新聞で読んだよ」
「Dashは私を嫌ってるわ。でも、私にそれを責める資格はないわ」
「Dashは厳しい教訓を得ることになるだろうな。もしRed Crowが自分の面倒を見てくれると思ってるなら、それは間違ってるよ」

「Red Crowは今じゃ居留地全体を動かしてる。上から下まで。まるでシーザーよ。もしシーザーが覚醒剤を売ってるならね」
「でも私にはわからない…。他の誰もそれを問題だとは思ってないのよ。多分、彼の方が正しくて、私の方が頭がおかしいのかもね」
「君がおかしいわけないだろう、Gina…」

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

「俺が最後にRed Crowを見たのがいつだか知ってるかい?20年前、俺の判決の時さ」
判決が出た後の法廷。連れて行かれるLawrenceに、傍聴席から身を乗り出し、Red Crowが声を掛ける。
「壁にケツを押し付けとけ、坊主。守りを固めて、絶対に誰も信用するなよ」
「以来、あいつからは音沙汰なしさ」

「Red Crowはクソ野郎さ。あいつは自分以外の誰のことも構っちゃいない」
「もしあいつが君の息子に興味を持ってるとしたら、彼に使い道があるからで、用がなくなりゃ捨てるだけだ」
「Dashは、父親とは連絡があるのかい?」
「いいえ、全く…Wadeも…。なんて間違いだったのかしら。私がやらかした多くの中の一つよ」

「私は感じるのよ、これは…、今起こってるすべては罰なんじゃないかって。私はもっと違うやり方をすべきだった、すべて違う形でやるべきだったって」
「これはすべて私の過ちだったのよ、Lawrence。そしてどう正せばいいのか、私にはわからない」
「君は俺に何と教えたか憶えているかい?初めて会ったときに」
「君はシャイアンのドッグソルジャーズについて話し、そして彼らが戦いの間、いかにして自身をその地に支え続けたかを、”勝利か死以外の何物も私をこの場所から動かせない”という言い方で話してくれた」
「俺と君だ、Gina、見てみろよ…。俺たちはもう若くない、それが現実だ。でも俺たちは、最後のドッグソルジャーズだ」
「そして俺たちには、戦い続ける以外の選択は無いのさ」

「それで、あなたを釈放させるために私は何をすればいいの?」
「そうだな、君が大統領にえらばれ、私に恩赦を与えることかな」
「その他には、今もこれからも少々祈ってくれればいいさ。だが思い悩むなよ」
「監獄についての最悪のことは、どうしようもないぐらい退屈なことさ」
「確かに、ここには少々の警戒すべきタフガイもいるな。でも実際のところ、連中は最も退屈な部分に過ぎないよ」
「おかしいわね、私はあなたを慰めなきゃと思ってきたのに、これじゃあ逆ね」
「時間だ、Belcourt、さよならを言うんだ」Lawrenceの背後の看守が告げる。

「さよならじゃないさ、Gina。また会える、本当にすぐに」
「ええ、そうね」
Lawrenceが去った面会室で、泣き崩れるGina。

二日前
夜。宿泊中のモーテル スイーツElite Innに戻ったGina。
泣き疲れて眠るGina。だが、その夢は1975年6月、FBI捜査官殺害の現場へ。

「助けてくれ、俺は死にたくない…、こんな風には…、頼むよ…」

命乞いするFBI捜査官の頭に、銃を突きつけるGina。
「死にたくないなら泣き言を喚くのはやめて、何のためにここらを探りまわってたのか話しな!」
「Gina、ヤバいんじゃないのか?こいつらFBIだろう」Ginaの背後からLawrenceが小声で言う。
「黙って、Lawrence!あたしは自分のやってることは分かってる」
「お前は分かってない。バカな雌犬が…」銃を向けられているFBI捜査官が言う。

「お前は引き金を引きたいんだろう、思う壺だ」
腹を撃たれてぐったりしていた捜査官が、笑みを浮かべて言い、ゆっくり立ち上がる。
「お前は俺たちの仕事を助けてくれるだけさ」
「それで、あんたたちの仕事って何なのよ?」銃を突きつけながら言うGina。
「お前らみたいな危険な阿呆どもを檻に閉じ込めることさ」
「ほら、引き金を引きなよ、カワイ子ちゃん…」
「それで俺たちがお前らクズどもをまとめて始末するのを助けてくれよ」

「銃を寄こせ、Gina。お前はこんなことやりたくないだろう」Ginaの背後から、Red Crowが声を掛け、銃に手を伸ばす。
「Le mita cola… Cante chante sica yaun sai ye (友よ…、悲しむな)」CatcherがLakota語で言う。
Ginaは混乱し、頭を抱える。
「違う。こんなはずはないわ。こんな風にはならなかった」

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

Ginaの後ろからDashiellが話す。「何を待ってるんだ?やれよ。そしてあんたと他のみんなの人生を無茶苦茶にするんだ。それがあんたの得意なことだろう?」
妊娠検査薬を手にしたNitzが言う。「引き金を引いた方がいいんじゃないか、嬢ちゃん。やろうがやるまいが、俺はお前のケツを釘で壁に打ち付けるんだからなあ」
Dieselが言う。「おい早くその馬鹿を撃っちまって、ここから出ようぜ。Dieselは腹が減ったよ」
刑務所で歳をとった現在のLawrenceが言う。「やめろよ、Gina。こんなことをする必要はない。放っておけばいいんだ」

「違う…違う違う」銃を持ったまま、両手で顔を覆うGina。
「私はもうこれ以上逃げない」銃を上げるGina。
引き金にかかる震える指。
見守るように周囲の木々にとまる多くのカラス。

BLAM BLAM 銃声が響き、カラスが飛び立つ。
車の横で死体となった二人のFBI捜査官。
その場を離れ、近くの樹の根元で嘔吐するGina。

目覚め、バスルームで嘔吐する現在のGina。
そして、何かの思いを決めたように顔を上げる。

今夜
刑務所。Lawrenceが看守に連れられてきた先には、かかって来た電話の受話器。
「もしもし?」電話は、居留地に向かう帰路の車中のGinaからだった。
「Lawrence?私がこれからすべてを清算するつもりであることを知っておいて欲しいの。私は何をすべきなのか、本当にわかっているわ」運転しながら話すGina。
「何を言ってるんだ、Gina?」「彼に会うわ」「彼?誰だ?」
「あなたを釈放することができる、生きている唯一の人物よ」

「Gina…」「他に方法はないわ、Lawrence。私はやらなければならない」「駄目だ、やめろ」
「どこにいるんだ?まだ町か?」「いいえ、昨日出発したわ。夢を見たの…、それが…。今でははっきりわかるわ、Lawrence。あなたを救う方法は一つしかない」
「聞くんだ、Gina。よく聞いてくれ。やめるんだ」
「それは駄目だ、聞いてるか?」「行かなきゃならない、Lawrence。またすぐに連絡するわ」
電話を切ったGinaは、決意を固める眼差しで前方の夜闇を見つめ、車を走らせて行く。
そして車は、Praire Rose居留地への道を進んで行く。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

翌朝
廃墟の教会から、Dino Poor Bearと目を覚ました仲間たちが出てくる。
「おいおい、聞こえねえのか、マヌケども。俺はパンケーキを奢ってやるって言ってんだぜ」
「ワッフルハウスなんてクソくらえだ。俺は帰って寝たいぜ」「おい、俺はDinoが奢ってくれるんなら食うぜ」
「あそこにあんの誰の車だ?」Dinoが遠くに放置されている車に気付く。

Dinoと仲間たちは車に近付いて行く。
「Dino、ドア開けっぱなしで放り出してあるぜ。いただいてドライブしようぜ」
「見た感じ、運転してた誰かが酔いつぶれたか…」
そして彼らは車の先にあるものに気付く。
「なんてこった!」「ひでえ」仲間の一人は顔を背け、嘔吐する。
Dinoは言葉を失いその様子を見つめる。

「誰も何にも触るんじゃねえぞ。電話だ」「とんでもねえぞ、Dino!とっととずらかろうぜ」「駄目だ、警察を呼ばなきゃ…」

「それで殺人事件だと通報するんだ」
Dinoが見下ろす先には、Ginaの死体。そして足元には剥がされた頭皮が放り出されていた…。

『Scalped Vol. 2: Casino Boogie』より 画:R. M. Guera

Casino Boogie後半では、Catcher、Dino Poor Bear、Ginaの三人に焦点を当てたそれぞれの物語が描かれる。
なんか最後まで読んで話を知ってて、改めて振り返ってここを読むと、ここでCatcherがGrannyの招きに従って家に入って話していればとか、DinoがRed Crowにもらった2000ドルで居留地から出てればとか、思ってしまう。あと、Dashiellは少しぐらいお母さんと話しておけばとか。
様々な人が、それぞれの人生の岐路で間違った選択をし、それがより大きな不幸へと繋がって行くのが、この『Scalped』という物語なのだろう。

第2回のHoka Heyの最後で、Gina Bad Horseに何があったのか?となっていた結末が、更に陰惨な形で殺害されていたことが明らかにされる、Casino Boogieの結末。
Ginaは誰に殺されたのか?
そして1975年の事件ではいったい何があったのか?
この二つの謎を中心に、様々な人物の思惑・意思が絡み合い、この先物語はさらに大きく展開して行く。

まず直近では、Gina殺害の衝撃が続く居留地に、Red CrowとJohnny Tongueの電話での会話で名前だけ出て来た、恐るべきサイコ殺人鬼であるMr. Brassが現れる。
そして今までのところではそれほど目立っていないRed Crowの腹心Shunkaの抱えるある秘密。そしてなぜここまで荒んだ生活をして、父Red Crowに憎悪を向けるのかが明らかになるCarolの過去。
そして最初のIndian Countryの最後で撃たれて一旦退場し、それから色々起こり過ぎて忘れちゃってる人も多いと思われる(自分読んでるとき結構そうなった…)、居留地唯一の正しい警官であるFranklin Falls Downが復帰し、Gina殺害犯を追って行き、彼自身の過去も語られる。
更には、ここまで名前だけしか出てこなかったDashiellの父親であるWadeが、Ginaの死を知り居留地に戻って来る。またこれも実は色々ある人物。

結構昔本店の方で書いたのだが、マンガ=コミックにおいて、セリフというのは文字で書かれていても作者の考える「音」として書かれているという意味で、その出来不出来に関わらず、必ず作者の意図した読ませるリズムを破壊してしまうという考えから、コミック作品の翻訳について懐疑的であるというのが自分の意見なのだが、そんな自分でもこの『Scalped』は日本のようなマンガ文化が発達している国なら、当然翻訳が出ていて然るべきだと思う作品である。まあ今の出版状況では、先にも望みないけどね。
自分が紹介した部分で現在全5巻で刊行されているDeluxe Editionの1巻分で、先はまだまだ長い。何とかこれでこの名作を読む人が一人でも増えることを、切に願っています。

作者について

第1回で『Scalped』までをやったその後から現在、後編という感じになります。

■Jason Aaron

ジェイソン・アーロンについては、同時進行からその後ぐらいのマーベル作品を読んどく、ぐらいのことを第1回に言ってたのだけど、結局ほぼ進まず…。なんだとかいう意味は無く、なかなかそっちまで手が回らないということに尽きるのだけど…。ジェイソン・アーロンに限らず、マーベルDCもっと読まなきゃと、日々ぐらいに思ってるのだけど、うーん…。もっと精進せねば…。
ジェイソン・アーロンという作家について考えるには、そっちの方も重要なのかも、ということも第1回の時に書いたのだが、『Scalped』以後についてはまずそっちの方をざっと見て行く。
2008年に『Scalped』などを除くというような形でマーベルと専属契約を結んだアーロンの、その後の作品は主にマーベル作品となる。この専属契約は2023年に終わっているので、その辺から少しずつDC、バットマン関連なども始まってる。まあこの専属契約というのも、マーベルで書くけどDCでは書かないぐらいの感じのようで、Image ComicsやBoom! Studiosではオリジナル作品もやってるのだけど。
かなり大雑把に見ると、マーベル初期の代表的なところは『Wolverine』、そしてその次が『Thor』という感じなのかな。2010年代ぐらいの『Thor』はアーロンがメインで書いてた感じ。そして2018年からは『The Avengers』。『The Avengers』については、2010年代にブライアン・マイケル・ベンディスからジョナサン・ヒックマンへと引き継がれ、2015年からマーク・ウェイドが担当し、2018年からアーロンとなっている。
ホント全然読めてないのでただ並べてるだけになってしまって申し訳ないのだけど、なんとなくマーベル全体を曖昧に俯瞰する感じでも、それぞれの作家の傾向みたいなものも見えてくるのかとも思う。『Captain America』のブルベイカーとか、『Deardevil』とNick Furyにはこだわりのあるベンディスとか。それで、アーロンは『Thor』って感じなのかも。
実際のところ、アーロンのマーベル作品はかなり大量にあり、これだけの作品を書ける作家がそれだけ手掛けているなら、読めば必ずその人なりの何かが見えてくるはずなので、何とかなるべく多く読んでいかなければと思う。
あ、そうだ、マーベルのアーロン作品には『Star Wars』も結構あって、翻訳も出てるようなんだが、申し訳ないがそれだけはパス。『Star Wars』に関しては別に批判とかする意図もなく、なんか個人的にどこまで行ってもそこまでのめりこめず、全く把握できてないので。映画も7割ぐらいは見てるはずなんだがなんか初期の三部作がかなりぼんやりと思い出せるぐらいだし…。いや、ダースベイダーがルークの父親だってことぐらいは知ってるよ。でR2D2が母親なんだよね。

その後のアーロンのオリジナル作品としては、Image Comicsからは、カントリーノワールに連なる貧乏白人社会を描いた『Southern Bastards』(2014-2018)、そして再びR.M. Gueraと組んだ『The Goddamned』(2015-2017)、マーベルなどで多くの作品を手掛けるDennis Hopelessとの共作のSF作品『Sea of Stars』(2019-2021)。Boom! StudiosからこちらもSF作品らしい『Once Upon a Time at the End of the World』(2022-2024)がある。
継続的に作品を発表しているところはあるのだけど、近年のベンディス、リック・レミンダーといった作家たちが次々と自身の個人レーベル的なものを立ち上げる状況や、AWA Studios、DSTLRYといった新しい動きには今のところ参加しておらず、これからの動向が注目されるというところなのだろう。
アーロンのオリジナル作品については今後も紹介して行きたいと思っているので、その頃までには『Thor』ぐらいはある程度把握できるようにしとくので。

■R. M. Guéra

R. M. Guéraの方のその後については、前述のジェイソン・アーロンとの『The Goddamned』や、同じく主にアーロンとのマーベル作品、その他にはタランティーノ映画のコミカライズ『Django Unchained』(with Jason Latour 2012-2013)というところ。その他にイタリアで描いた作品もあるらしい。1959年生まれで、現在65歳。そろそろ引退という年齢なのかも。なんにしてもこの『Scalped』を描いたアーティストとして、長くコミックの歴史に記憶され続けることになるだろうことは間違いない。

とりあえず『Scalped』については、自分の考えるここまで紹介すれば、というところまで全4回で何とかやり遂げたっす。なんか最後寒さで体調いまいちだったり、色々用事があって出かけてまた体調崩したりで、結構遅れてしまったのだが…。繰り返しになるが、この『Scalped』、本来なら当然翻訳されてしかるべきぐらいの作品であり、日本でも一人でも多くの人に読まれることを願っている。
というところなんだが、海外のコミック作品、自分ではこだわりの強いクライムジャンルに限定しても、紹介せねばと思う作品はまだまだ山積み状態。『Scalped』については、とりあえずここまでやれば先を読もうと思う人も多いはず、と思えるところまでやれたが、もう謎だらけ謎が謎を呼ぶ『100 Bullets』なんてどこまで紹介すればいいの?とか、ブルベイカー『Criminal』とか一回やって形にはなるけど、続いて行ってそれまでのキャラクターとかが絡み合ってくところからが見せ場だろうってところもあるわけだし。David Lapham『Stray Bullets』とか話を片っ端から紹介して行かないと面白さが見えてきにくいわけだし。ベンディス『Powers』なんてほんとまだまだなんだけど、ベンディスについてはまず他の作品どんどん紹介して行かなければ、というとこだってあるし。なんとなく、とりあえず第1回としてやって、続きいつかやります詐欺(?)でどんどん出して行くしかないかな、と思ってる現状です…。他のジャンル考えるともうきりがないんで今回はここまで!えーと次は延々と終わらないアレに今度こそ決着をつけるぞ。

Scalped

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