第2章 Arcadia シリーズ全体のテーマ・コンセプトに迫る。
グラント・モリソンの代表作である『The Invisibles』(1996~2000)の第2回です。今回はその第2章となる「Arcadia」全4話。作画は1980年代より、アーティスト、作家、女優など幅広く活躍する女性アーティストJill Thompson。
一昨年11月に、やるぞ!と意気込んで第1回に取り掛かったのですが、なにしろ何も考えず猪突猛進という感じで1か月以上ぐらいかかりあっちもこっちも全部止めちまったという事態になり、その反省からもう少し計画的に進められた…と思います。
なにしろモリソンがカトマンズで宇宙人にアブダクションされ、その際に伝えられたメッセージに基づいた作品ということで、一般社会的視点でいえばグラント・モリソンの全狂気がぶち込まれたぐらいのシリーズ。きちんと伝えるためには、あまり重要でないと思われるセリフ以外は片っ端から訳し、こんなやって大丈夫かなと思いつつ大量に画像も引用し、ということで時間もかかり、非常識に長大な記事となったわけですが、今回もそうなります…。
…と一年以上前に書いて書き始めたのだが、結局一年以上かかってしまいここからは書き終わった後の考えとなるわけですが、まあ、計画的に……。その計画がうまく機能しなかった次第などは最後を読んでもらえばわかると思いますが…。
こんなに時間がかかってしまったのは、すべて自分の考えの甘さゆえですが、とにかく各方面に至る様々な引用、2~3ページでシーンが切り替わる中に詰め込まれた大量の情報、山のようにつけなければならなくなった注釈など、かなり手間も時間もかかるものだったことも確かです。結局5万字超えたし。
なんか辻褄合わせの言い訳を頭から長々と挟んでいても仕方ないか。とりあえずできるだけは頑張って何とか形にはできましたので。
今回は第2章の「Arcadia」。正確には第1回でやった4話が、第1話の「Dead Beatles」と2~4話の「Down And Out In Heaven And Hell」に分かれているので第3章になるのかもしれないけど、ストーリーライン的には第2章なので、勝手にそういうことにします。
この「Arcadia」は、前回も紹介したPatrick Meaneyの『Our Sentence is Up: Seeing Grant Morrison’s The Invisibles』では、シリーズ最後に至るまでのテーマの根本ぐらいのところが語られる章だが、これで打ち切りになりかねなかったぐらいにも言われていて、相当なものですが、何とか頑張ってやるので、何とか頑張ってついて来てください。
The Invisibles 第2回 Arcadia
まずこの「Arcadia」全体についてなのだが、The Invisibles達のストーリーと並行し、イギリスの詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの『ジュリアンとマッダロー — ある会話(Julian and Maddalo: A Conversation)』に基づくストーリーが語られている。これは1818年に書かれた617行の詩編で、同年ベネチアに住むバイロンに招かれ、彼の家に滞在した際の経験をジュリアン(シェリー)、マッダロー伯爵(バイロン)の対話を中心とした形で詩として描いたもの、らしい…。いや、もちろんこちらそんな文学的教養ないんで調べて書いたのだが。
この「Arcadia」では、第1話となる#5のタイトルページに『Julian and Maddalo: A Conversation』の手描きの1ページ目が描かれている。ストーリーの内容としては二人をシェリーとバイロンに戻し、その詩と同様の彼らの会話と経験が描かれている形ので、そちらに基づいたという言い方が適当なんだろうと思う。えーと、元々はシェリーが自分の経験に基づいて書いた詩に基づいて、グラント・モリソンがその元の経験の方を物語にしたという、なんか説明しようとする方がややこしくなるのか?
なんか色々曖昧で申し訳ないんだが、この詩1992年に渓水社というところから出版された高橋規矩翻訳による『シェリー詩集』にしか翻訳されておらず、そちらも絶版で現物読むのがかなり難しいもんで。あ、原文イギリスのパブリックライブラリーで見つかった…。(http://www.public-library.uk/ebooks/52/52.pdf)うーんと、できたら頑張って参照してみます。
■キャラクター
-
King Mob:
The Invisibles内の一つのチームのリーダー。 -
Dane/Jack Frost:
元リヴァプールの不良少年。半ば強制的にThe Invisiblesのメンバーにされたばかり。 -
Robin:
King Mobのチームの一員。魔術のエキスパート。 -
Boy:
King Mobのチームの一員。格闘術、ヨガのエキスパート。 -
Fanny:
King Mobのチームの一員。女装者。強力なシャーマン。 -
Orland:
“敵”の暗殺者。顔を持たない殺人鬼。 -
Satan:
様々な時空間を越えて出没する正体不明の人物。他にもThe Blind Chessman、John a Dreamsなどの名を持つ。 -
Percy Bysshe Shelley:
パーシー・ビッシュ・シェリー。18世紀の詩人。 -
George Gordon Byron:
ジョージ・ゴードン・バイロン。18世紀の詩人。シェリーの友人。 -
Mary Shelley:
メアリー・シェリー。シェリーの妻。『フランケンシュタイン』の著者。 -
Marquis de Sade:
マルキ・ド・サド。フランス革命期の貴族。『ソドム百二十日』の著者。
第1部
■#5 Arcadia Part.1 Bloody Poetry
インドネシア。物語はKing Mobが影絵によるマハーバーラタの一節、アルジュナとドゥルヨーダナの闘いが上演されるのを観ているところから始まる。
向かい合う影絵人形は、助手の手を借りながら一人の男により操られ、語りもその男によるものだ。ガイドの男がKing Mobに向かって話す。
「見ろよ、それぞれの人形がどう動かされ、どう話すかを。これがDalangの仕事だ。とても賢く技術も高い」
「それは人形遣いのことだな?」「そうそう、Dalangだ」
「彼は人形を動かし、話させる。ガムラン・ミュージシャンも監督する。彼は俺たちを笑わせ、泣かせる。Dalangは人形遣い以上の者さ」
「彼の腕前は、俺たちに二つの大軍勢による戦争を見ていると信じさせる。だが、実際には戦争なんてない」
「ただDalangがいるだけなのさ」
のっけから注釈の山となってしまうんだが、まず「マハーバーラタ」はインドに古代より伝わる全18巻に及ぶ長大な叙事詩。ギリシャの「イーリアス」「オデュッセイア」と並ぶ世界三大叙事詩と言われている。また、「ラーマーヤナ」と双璧を成すインド二大叙事詩のひとつでもある。
「Dalang」は、インドネシア語で人形遣いの意味。発音もわからず迂闊に書けんので、そのままにした。その地方で発展伝承されて来た独特の人形劇を上演する高い技術を持った人形遣い。
ここで語られる、そう見せられているが存在していない戦争、それを単独の者が操っているという概念は、『The Invisibles』のテーマにも深くかかわる隠喩。
1818年、ベニス。夕暮れの海岸。馬に乗りやって来るシェリーとバイロン。(以下、シェリー=S、バイロン=B)
S:「ならば、ジョージ、君は人は機会の奴隷だというのかい?」
S:「君は本当に、我々は自らの行き先さえ決められないと信じるのかい?状況の風にウインド・ハープの様に奏でられ、自らの音楽を持たないと?」
B:「神に懸けて言うが、シャイロー、そんな言葉を私の口に上らせたのは君だ」
B:「自分がそんなことを言ったとしたら忌々しいが、私は知っている。人は羊と同じで、彼らの尻を強く蹴った者に従うのさ」
S:「その考えには賛同しかねるな。人には自由へ前進する力がある」
S:「泥濘から顔を上げ、上を見上げ、我々の同志に我々が目にしたここより優れた世界について伝えるのが、詩人としての私たちの義務だ」
B:「私は世界を愛している。全てが引っくり返り混乱に陥る世界を。私は、より優れたところへ上って行くことが可能とは思えない。自分がそれを完璧と見たいとしてさえも。そこで我々は何について書くというのだ?」
B:「ムッシュープッサンの絵画がある。フランス人さ。三人の牧夫と一人の牧婦が、ギリシャのアルカディアの理想的な風景の中に描かれている。」
B:「墓石の前にいる三人は、ラテン語で刻まれた碑文について熟考しているように見える。–Et In Arcadia Ego」
S:「”そして私は楽園にいる”、か」
二人は馬から降りる。
B:「実際のところ、こんな日当たりのよい谷間にいても、にやけた骸骨が、我等の完全なる世界の夢を、歯をむき出して嘲笑うのさ」酒瓶を掲げて言うバイロン。「私はいつだろうとこの素敵な仲間を呑むのさ」
S:「時々、君はどんなものだろうと飲むんだろうと思わせるな。そして酔うほどに君は厭世的になって行く」
B:「何を驚くことがあるんだ?ここで我々は世界の変革について話しているんだ。ジョージ・バイロン卿と、バーシー・シェリーが。無神論者、変質者、過激派、青白い菜食主義者で内反足の男色家。」
B:「正直なところ、君は我々が世界の支配者たちの脅威に成り得るとでも思ってるのかい?」
B:「連中は我々を笑い、そして後に我々の墓を見物に来るだけさ」
S:「だが我々の詩は彼らより長く生きるんだ、ジョージ。大砲はその場限りだが、言葉は世紀を越えて爆発し続ける」
S:「いつの日にか、男女は平等になり、圧政から解放される。神と恐怖からも。そして我々は、我々の言葉によりその日が来るのを速めることになる」
話ながら二人は海岸を歩き、そしてゴンドラの乗り場に着く。
船上で二人の対話は続く。
B:「君は理想郷について語るが、人間の苦痛と痛みの上に創られなかった理想郷は一つとしてない」
B:「それは言葉の上では夢のようだが、結局は流血に終わる。フランスの恐怖を考えてみ給え、おぞましい切断された首の山を」
S:「厭世や絶望の餌食とならないことは、我々の責務なんだ」
S:「私が話している理想郷は、空想上の嘘っぱちさ。それは建設されるんじゃない。育つんだ。それは自由を愛する人々の心の中に育つものだ。我々の言葉はこの新たな世界の地図を描くものでなければならない。そして他の者たちがそこへ至る彼らの道を見つけることになる」
B:「聞き給え!精神病院の鐘だ。狂人たちを夕の祈祷に呼んでいる。連中の頭の中にどんな狂った夢が詰まっているか、考えたことはないかい、シャイロー?」
S:「もっとも偉大な狂気はひとりの造り手により信じられるんだ、ジョージ」
S:「そうすることにより、我等は自身の神性を否定し、信仰の軛に陥る。そして我々は誰が我々の重荷を作り、それを載せたのかを忘れてしまう」
S:「ブレイクは”心理的な枷”と言わなかったか?神と悪魔は我々総ての幼子を恐れさせる。我らは連中から離れ、断固として立ち上がらなければならない。我ら総てが幸福、高尚、威厳を夢見続けられるように」
B:「別の夢を持つ者もいる」
B:「そして光が明るいほど、影も暗くなる」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
元となる『Julian and Maddalo: A Conversation』と、ちょっと頑張って照らし合わせてみたところ、海岸を馬に乗ってやってきて、ゴンドラに乗り、精神病院の鐘を聞くという流れは同じ。元の方では同じような方向の会話を、昨夜の話の続き的な感じで翌日話し、そこから次の精神病院に知り合いの患者を訪ねるというところにつながる。
どうも原典というようなものがあるとややこしくなってしまうのだが、つまりこれは『Julian and Maddalo: A Conversation』をその元であるシェリーとバイロンに戻し、直接コミックの形で表現したものではなく、モリソンがそれを元に、その元となった二人の体験を、作品テーマに沿った形の会話をさせるという形で創作したものということなのだろう。なんか説明しようとすればするほどややこしくなるか?
会話中に出てくるプッサンの絵画は「我アルカディアにもあり (アルカディアの牧人)」という有名なやつ。この第2章「Arcadia」では、様々な形で繰り返し引っ張り出されてくることになる。『ダ・ヴィンチ・コード』にも出て来るという類いの言及をしつこいくらい見かけるけど、読んでないし観てないんでわかりません。
インドネシアのKing Mob。
彼は前夜の男の案内で、早朝プランバナン寺院群を訪れる。ガネーシャ像の前に立つKing Mobに、なぜこんなに早く来たんだ?あんたはクリスチャンで、これはヒンドゥーの神だろう、と言う案内の男。
「ガネーシャは俺の古くからのダチさ。彼は障害を打ち破る神。俺は大仕事の前には彼を拝みに来る。9は彼の数字だから、9時にやって来たのさ」
飛行機でイギリスに戻るのかい?と問う男に、別のショートカットを使う、と答えるKing Mob。
ロンドン某所、Invisiblesの隠れ家の一つ。
Daneはメンバーの一人Boyから格闘術の訓練を受けているが、事あるごとに不満を漏らす。
「俺はTomに言われたから来ただけだ。なんでこんなことになったのか自分でもわからないよ」
BoyはInvisiblesの組織についてDaneに説明する。「Invisiblesのそれぞれの細胞は、5人のメンバーで構成されている。五大元素の象徴をベースに。大地、空気、炎に水、そして霊魂よ」
「あたしたちのメンバーの一人にある事情が発生し、代わりを見つけなきゃならなかった」
「なんで俺なんだ?どうやって俺を選んだんだ?」
「あたしたちのエージェントは、何年も前からあんたに目をつけてた。あんたは若く、頭も切れる。その人生の大半を支配への反抗に費やしてきた。そして開発に値するサイキックの才能を有している」
「俺には何一つやり遂げることができないって言ってた先公の言い草を思い出すけどね」
「あんたはまだ何一つやり遂げちゃいないよ。生意気言ってないで続けな」
そしてDaneはBoyに倣い、テコンドーのサージュチルギの型を繰り返して行く。
1818年、ベニス。シェリーとバイロンは精神病院を訪れる。
s:「地獄のようなところだな、ジョージ」
B:「時に私は地獄にいる時に最も安心するよ。ハッ。ヨーロッパの総ての男たちは、私を悪魔そのものという目で見て、その妻たちは私とやりたがる。悪魔はその最上のものを頂くのさ」
s:「悪魔の最大の堕落は、それが何にしろ、彼がその居場所をその企図のままに受け入れ、地獄の中に天国を作ろうと試みないことだ」
シェリーとバイロンは、衣服もボロボロな狂人たちが壁に手枷で繋がれ、座り込む通路を進む。
s:「我々は何故ここに?」
B:「昨夜の君との会話で考えさせられてね、シャイロー。私は数か月前ベニスにやって来たある人物と同様の話をした。我々同様にInvisiblesの一員で、現在は正気を失っている」
s:「その原因に心当たりがあるのかい?」
B:「おそらく。しばしば優美な夢の船は、手厳しい現実の堅牢な岩へと突進する」
B:「残骸を検分しようじゃないか、シャイロー。そしてそれから学ぼう」
B:「起きてください!微睡から抜けて、我々のために演奏してくれたまえ!」
バイロンはピアノの鍵盤の上に突っ伏す、ボロボロの衣服の男に呼びかける。
前述の通り、元となる『Julian and Maddalo: A Conversation』では二人でゴンドラに乗った翌朝、こちらのものと似た趣旨の会話を交わし、そこから精神病院を訪れる流れとなるのだが、こちらではその朝の場面がなく、翌日病院へ行く形となっている。
ここで実はInvisiblesがその時代から存在し、シェリーとバイロンもそのメンバーであったことが明かされる。いや、このフィクション上での話だけど。
Invisiblesの隠れ家のDaneとBoy。
DaneはBoyからヨガの指導を受けている。
「みんな闘いとかそっちの方に向かってるが、俺はそもそも誰と闘ってるのかもわかってないんだぜ」とDane。
「あたしたちは反対側と闘ってる。人々の生き方をコントロールし、永遠にうたた寝させておこうとする力と」答えるBoy。
「意味が解らねえよ」
「心配しなくていいわよ。これについちゃユーモアのセンスを持ってた方がいいんだ。現場で完全にそれを失う奴もいる」
「あたしたちは自分がInvisiblesであることさえ覚えていないエージェントを配置している。ウルトラ・パラノイドな話」
「そういう連中は現実の縁で動かされている。カバーストーリーの中のカバーストーリー。中国の箱みたいに」
「つまり、俺がそれについて知るより前からInvisiblesの一員になってたみたいなもんか?」
「こうなると、俺はどうやって本当に自分がその一員だってわかる?もし誰が誰のために動いているのか知る者がいないんなら?俺が実はその反対側って方に加わってるんじゃないって、どうやってわかる?」
「そりゃスゴイ疑問ね、Jack。素晴らしい疑問だわ」とBoy。
どこかの荒廃した日照りが続く戦場跡。東南アジアのどこかではあるだろうが、特に明記はされていない米軍が介入した戦争後の荒れ地。King Mobは”ショートカット”のためにこの地へやって来た。
「いつも晴れているのが、戦争の唯一の利点ね」赤ん坊を抱いた女性が言う。「それでどこに行くつもりなの?」
まずロンドンだ、と答えるKing Mob。
「君は宇宙からの新しいやつを見ることができるんだって?スプレーで俺の名前を書いてみたいもんだがな」King Mobが話していると、赤ん坊が泣き始める。
「お腹が空いてるみたいね。彼女の父親、誰だかわからないわ。ここにはずいぶんたくさんの米兵がいたから」
「私は運がよかったのよ。連中、他の女の子たちを沢山殺しちゃったから。この子、”彼女”とは言ったけど本当に女の子なのかよくわからないのよね」
布に包まれた赤ん坊は、顔の真ん中に目が一つしかなく、手の指も形を成していない。
「この子ちょっと変わった見かけだけど、多分連中がそこら中に撒き散らした化学薬品の影響だと思うわ」
「何にしても、彼女愛らしい笑顔だな」抱いてみたい?という母親から赤ん坊を受け取るKing Mob。「やあこんにちは、君は誰ちゃんなんだい」
「友人が待ってるんで、そろそろ行かなきゃならない。機会があったら絵葉書を送るよ」
陽炎で揺らぐ風景の中、歩いて行くKing Mobの姿も朧になって行く。それを見送る赤ん坊を抱いた母親。
「あなたが誰を思い出させるかわかったわ。ガンジーよ、映画で観た」
ロンドン某所。公園の入り口に停められたアイスクリームワゴンで、若い父親が三つのアイスクリームを受け取る。
子供たちの許へ戻ろうとした父親を、木陰から一人の男が呼び止める。男の顔は曖昧で、はっきりと目鼻を判別できない。
「アステカの神、シペ・トテックは、人間の肌で作られたマスクと衣服により判別される。私の故郷は肉で覆われていない土地だ」
意味が分からず戸惑う父親を、曖昧な顔の男はとにかくこっちに来てくれ、と呼びよせる。
数分後、父親は両手にアイスクリームを持ち、木の陰から戻って来る。
父親の姿を見止め、アイスクリーム買ってきてくれた?と喜ぶ子供。
だが、それは父親の顔からはぎ取った皮膚をマスクのように被った、顔の曖昧な男だった。
それが本当の父親ではないと、まだ気づかぬまま男に駆け寄って行く子供達。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
ロンドン某所。街中のレストランで、King Mobを除く四人のメンバーが彼の到着を待ちながら食事をしている。
Daneは先の訓練シーンから引き続き、Invisiblesの組織について様々な疑問を投げかける。一体どのくらいの人数がいるのか?メンバーを見分ける秘密の合図があるのか?
いずれも明確な答えは返ってくることもなく、Daneはテーブルにあったシャンパンをひたすら飲み続ける。
会話の中でBoyが自分たちはかつてJim Crowのチームと動いたことがあったと話す。Jim Crowというのはシリーズでの重要キャラなのだが、名前が出てくるのはここが最初だったと思う。
そこに現れるKing Mob。席に着く前に、ジャケットを脱ぎながら立ったまま話し始める。
「指令が来た。我々のエージェントの一人が時空超球体で発見された」
「俺たちの任務は彼をそこから連れ出すことだ」
「あたし、あのタイムトラベルっていうの嫌いなのよね」とBoy。「いつ出発するの?」
「コーヒーを飲んだらすぐにだ」そしてKing Mobは続ける。
「素早く実行し、素早く脱出する」
「だが、ちょっと問題がある」そう言ってKing Mobはメンバーの前に一枚のポストカードを掲げる。
それはプッサンの「アルカディアの牧人」のポストカードだった。
「こいつはグージ・ストリートの私書箱に入っていた。”Et in Arcadia ego”、”我アルカディアにもあり…”。署名はシペ・トテック」
「Orland、こいつはOrlandだ。奴はロンドンに来ている。面倒なことになった」
ここで出てくるポストカードの「アルカディアの牧人」は、前のやつではなくそれ以前、1627年の習作的なやつ。後に描かれたルーブル美術館にある古典的な安定した構図のやつが有名で、「Et in Arcadia ego」と言えば大抵そっちが出てくるのだが、なぜこっちを出したのかは不明。
モリソンはこのシリーズで後に意図と違う作画になったものを単行本収録時に直したりもしているようなので、作画Jill Thompsonが自分の好みとかで描いたものをそのままにしたというのは考えにくく、明らかに指示したものだろう。
ここでのやり取りから、その前で出てきた謎の顔の曖昧な殺人鬼が、Orlandという名の彼らの敵であることがわかる。
ミッションのため、車で目的地の「風車」へ向かうKing Mobのチームメンバー。
「Orlandがどこにいるかわからないのに、幽体離脱した体を放っておくなんて信じられない」運転しながら話すFanny。
Orlandというのは誰なんだ、と問うDaneに、暗殺者で我々の敵側だという答え。
徐々に近づいて来る「風車」。だがそれはそう見えるだけで、実際には風車ではない。
「何だと思う?あれはタイムマシンよ」
「風車」の中の円形の部屋で、足を組み円形になって座るInvisiblesメンバー。
「隔離はできた。出発できるはずだ。全員手を繋げ」King Mobは言うが、Daneは隣に座る女装者Fannyと手をつなぐのを嫌がる。
「馬鹿なふるまいはやめてちゃんとやれ」厳しい表情で告げるKing Mob。
「これは我々のサイキック構造体を折りたたみ、超球体のある地点から別の地点へ通り抜けるという方法だ。お前に必要なのは後催眠トリガーが全てだ。わかったな」
手をつなぎ、瞑想するように目を瞑り集中するInvisiblesメンバーたち。「影の壁を感じろ。壁に描かれたグラフィティが見えるだろう?黒い壁、光を放つネオンのグラフィティ、発光する文字」
風車が発光しながら回転する。「影の壁を感じろ」その声は外の森の中から聞こえる。
彼らの身体が光り、内側からの風圧にあおられる。
「なんだ?何が起こってるんだ?」驚愕するDane。
そして暗転…。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
1818年、ベニス。精神病院を訪れたシェリーとバイロンは、ピアノに突っ伏していた狂人の話を聞く。(狂人:T)
T:「そして光と影。白と黒の鍵盤を弾く手は同じで在り得るのか?」
T:「私の能力は消失した。黒は白と戦争する。チェスの駒のような鍵盤」
T:「私は君たちのために演奏するだろう。だが、その私の腕は重荷となっている。これらの鎖のために」
T:「それらは私のための最も狡猾な拷問として作られているのだ」
S:「あなたに鎖など掛けられていませんよ」
悲しげな目で言うシェリー。面白がっている顔のバイロン。
T:「それらは私の魂を縛るゴーストの鎖だ。見えないのか?私は繋がれている。これまでの人生で繋がれ続けてきた。私はその重みで動くことができず、私が行く先々で後ろに引き戻される」
T:「だがその鎖の音、私はそこになんとも心地よい音楽を聴くのだ」
狂人は苦痛を訴える表情から、嘲るような笑顔に変わり、続ける。
T:「ローマにいた時、教皇が私を祝福した」
T:「教皇はとても神聖で、それに劣らぬ神聖な手を持つ人物だと言われている。わかるかね?」
T:「祝福されたその日より、私は心に安らぎを持たない者として知られている。風が私の耳の間を吠え、思考を急き立て、狂気により書き記された紙片が散らばる」
T:「教皇は人々の中で最も神聖なのだ」
ここで登場する狂人は、16世紀のイタリアの叙事詩人トルクァート・タッソがモデルということらしい。ここでは1ページだが、元となる『Julian and Maddalo: A Conversation』では全617行の長詩の中で200行ぐらいと約3分の一の長さで延々と続く。はっきり言って文学作品に取り組むとかいうところまで行けず、ざっと読んだぐらいなんだが、ここまでに書いて来たような、シェリーの思想をInvisiblesのそれと重ねるのと同様の読み方はできるんじゃないかというぐらいが限界っす。
過去の実在の人物をInvisibles組織の一員という設定で取り込み、そこにその人物の思想などを重ね合わせて行くというのが、この特殊な「引用」の狙いなのだろう。そしてここで現れる狂人は、DaneとBoyの会話の中でも語られるような、ここまでに繰り返されてきたInvisiblesの複雑で混迷した闘争の中で自らを見失った犠牲者ということなのだろう。
「青草の原に休ませ、主は私を憩いの水のほとりに伴う…」聖書の詩編23編を、涙を流しながら唱える男。
「死は存在しない。死は存在しない。神よ、私を…」
ギロチンの刃が落とされ、首が転がる。
「有名な最期の言葉だな」
Invisiblesメンバーは、タイムトラベルにより16世紀末、革命のさなかのフランスの地に立っていた。
驚愕に目を見開くDane。
「ようこそ革命へ、Jack」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
「有名な最期の言葉だな」というので色々調べてみたんだけど、誰なのかわかりませんでした。ごめん。フランス革命に詳しい人だと一般常識ぐらいなのかな…?
ここまでで#5がやっと終わりなのだけど、最後にカバーについて。
第1回の最初の方で言及した Patrick Meaney氏の『Our Sentence is Up: Seeing Grant Morrison’s The Invisibles』によると、このデザインは安手の紙袋を模したもので、この作品が出版された1990年代に豪華なデザインのカバーにより特別感を出し、価格高騰を正当化した当時のコミックシーンへの皮肉だとのこと。
■#6 Arcadia Part.2 Mysteries Of Guillotine
ギロチンの憤怒。
Les Tricoteuse (編み物をする女たち)
編み物をする女性の手。
切断 疲れを知らぬ刃が落ち、そしてまた落ち、血が生気のない冬の日差しの中、霧となるにつれ、編針は刻まれる。
それらは最も声高に観覧席で叫ぶ女たち。復讐をと、もっと多くの血をと、さらに多くの処刑をと、喚く。…共和国の剃刀魔女たち。
集まった多くの観衆と共に座り、編み物をする三人の女。
「青草の原に休ませ、主は私を憩いの水のほとりに伴う…」ギロチンに捕らわれ、刃が落ちるのを待つ男が祈る。「死は存在しない。死は存在しない。神よ、私を…」
1793年、恐怖の最初の年。
木の編針は、折り返され、固定され、折り返され、固定され、歴史の赤い糸を編み上げて行く。
見よ!秘められた模様が形作られるのを!
切断され、籠に落ちる頭。
そして旧き神の不在に、新たな祈禱者は革命の賛同者を申し出る。
聖者ギロチン、愛国者の庇護者よ、我等のために祈り給え。
聖者ギロチン、貴族たちの恐怖よ、我等を護り給え。
優しき機械よ、我等に哀れみを。
賞賛すべき機械よ、我等に哀れみを。
薄く笑みを浮かべながら、仰ぎ見る編み物をする女たち。
そこには、刃から血を滴らせるギロチンが聳え立っていた。
聖者ギロチンよ、我等の敵から我等を救いたまえ。
「Les Tricoteuse (編み物をする女たち)」はフランス革命のときギロチンの横に座って編み物をしていた女性たちが、歴史的にこう呼ばれているそう。革命から排除された女性たちの行動という説もあるようだが、正確なところのその意味はよくわからなかった。ここでは無表情に近い感じでややグロテスクに描かれている。
俺はいつも過去がどんなに臭かったか忘れちまう、顔の前を扇ぎながら言うKing Mob。
「奴らいつ石鹸を発見するんだ?悪臭に殺される前にとっとと片付けようぜ」
16世紀の人々の間を歩くInvisibles達だが、とりわけそちらを見る者もいない。
俺たちの任務はローカルエージェントを見つけ出して、引っ張り出すだけだ、と説明するKing Mob。
その人って私の知ってる人なの?と訊くFanny。
「多分な。お前も奴の本を読み始めたこともあるかもな。多くの人間はそれを読み始めはするが、まず読み終わることはない。俺たちがここから連れ出すのはドナスイェン・アルフォーンス・フランソワ。マルキ・ド・サドさ」
何処かの部屋でろうそくを立てた円陣の中に立ち、呪文らしきものを唱え、悪魔召喚的な儀式を行っている男。
「まあ、口で言うのは簡単だけどな」男の後ろに立つKing Mob。
驚愕する男。気付けばInvisiblesメンバーに取り囲まれている。
「どうしたわけか、本当にできた時には驚くもんなんだよな」
この男Etienneは、やはりInvisiblesの一員で、ここから現地の案内役となる。
彼との会話他、現地のフランス語で話されている部分は、吹き出しの中で<>で囲まれており、ちょっと面倒でどうするかと思ったが、それに従うことにする。ここから「<>」になってるセリフは、フランス語だと解釈してください。
「<未来の世界から来た魂。まだ起きてない時間からの>」Invisiblesメンバーを乗せた荷車を引く馬車を御しながら言うEtienne。
「<Invisibleカレッジで教えてるカリオストロが言ってたのは、比喩じゃなかったんだな。全ての時間は共に存在する>」
聞きたいことが山ほどあるというEtienneに、King Mobは未来について話せることはあまりない、と答える。それよりも現在の状況を教えてもらう方が重要だ。
「<国民公会は昨夜、王を処刑するか否かの投票を始めた。その間、聞くところによると、ギロチンがコンコルド広場に移動されたそうだ。ルイの運命は既に決まったというところだろうと思うけどね>」
「<空に光と壊れた王冠の形の雲を見たって話もある。他にも集団墓地の無辜の民の納骨堂の残り物を、怖気を振るうようななんかが貪っていたのを見たとか>」
「<このパリにやって来た魂は、あんたらだけじゃないようだね>」
夜明けの薄暮の中を走る辻馬車。中にはシェリーの妻メアリーが、息子ウィリアムとまだ乳児である娘クレアラと共に乗っている。
馬車の中でメアリーは、夫パーシーからの手紙を読み返す。
祈りは直ちに私がクレアとエリーゼと共に最大の心配を持って君の到着を待つEstaへと届く。この手紙が到着した後、直ちに荷物をまとめ、翌日には出発し給え。
4時に起床し、6時にはルッカを過ぎる。そして夕刻にはフローレンスに到着できるよう辻馬車に乗り給え。
私は最善を尽くした。そして愛するメアリーよ、君はすぐに来て、私が誤っているなら叱り、正しいならキスしてくれ。 -私自身がどちらなのかわからなくなっているがゆえに- そしてそれは出来事のみが曲げることができるものであるがゆえに。
P. S. 青き愛しき者たちに、私のためにキスを。ウィリアムが私のことを忘れないように。クレアラは私のことを思い出せないだろうな。
「シェリー夫人ですかな?」馬車の向かいに座る男が声を掛けてくる。
「申し訳ない、馬車に乗る時に、御者があなたの名前を口にするのを耳にしてしまったもので」男は膝に抱えた鞄を開ける。
「あなたは詩人シェリーの奥様ですね。リンゴはお好きですかな?」男はリンゴを差し出しながら言う。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
このメアリー・シェリーのシーンは、前話のシェリーとバイロンのくだりと同じ1818年に、メアリーが二人の子供を連れて夫の滞在するイタリアに向かうというところ。
ちなみに『フランケンシュタイン』はこの年の一月に出版されている。
このシェリーからの手紙が実在するものなのかについては分からなかった。あと文中にあるEstaも多分地名なのだろうけど不明。このくらいになっちゃうと、シェリー関連の研究文献みたいなものでも読まないとわからないのだと思うけど、さすがにそこまでできないのでごめん。
ここで出てくる青い髪の男は、Satan、the Blind Chessman、John a Dreamsなどの名を持つシリーズ中の重要人物で、このシーンが初登場となる。
パリの街路を荷車で進むInvisibles。Etienneの話が続く。
「<カリオストロ伯爵は依然審問のためにローマに留められてる。サンジェルマン伯爵はまた姿を消した>」
「<このパリじゃ隣のやつはどっかのシークレットパワーかまた別の工作員ばかりさ。ジャコバン派の糸を引いてたのは俺らInvisiblesだと思う>」
「<だが今や全部引っくり返った。昨今じゃ誰が誰のために動いてるんだかも見当がつかない>」
現代でDaneが話していたのと同様の混乱を語るEtienneに、あんた20世紀に来ようとしてるの?と言うRobin。
その一方でDaneはタイムトラベルの変動に耐え切れず、体調を崩し始める。
「これはいつ終わるんだ?夢を見てるのか?」頭を抱え呟き続けるDane。
彼は病気なんじゃないかしら?と言うBoy。King Mobはそんなわけない、ここでの奴は肉体じゃないんだから、と応える。
その時、King Mobは近くの建物のある異変に気付く。ガーゴイルの彫像の陰からこちらを窺う、昆虫のようなマスクを被った人物?
「何?」と他のメンバーが見上げた時にはその姿は消えていた。
「何か見たと思ったんだがな。おっかないガーゴイルのところだ」
「奴らとは共存できないが、存在しない世界もない」
現代:1995年のロンドン近郊。
公園で殺害した父親の顔の皮を被ったOrlandは、その家族の家に入り込み全員を殺し、手当たり次第に家具を壊し、ばらばらにした遺体を陳列する。無残な家の中に流れるレコードからの「Pop Goes the Weasel」
Orlandは何者かと電話で話している。
「どうしてInvisiblesがそこにいると確信できる?…彼が?奴らは最後はいつもそうだな」
「ノイズ?俺の仕事に少々辛味を加えたところだが…。ああそうだ…」
「その「風車」はどこにあるんだ?近くなのか?」
「本当に?そりゃいい」
ここで流れてる「Pop Goes the Weasel」は、英語圏では18世紀から知られる童謡。ここで流れてるヴァージョンとかにも意味があるのかもしれないが、そこまでは分からなかった。
日本では訳詞をつけた「いいやつみつけた」というタイトルで知られる。誰でも子供のころ聴いたことがあると思うのだけど。
1793年のパリを移動中のInvisiblesメンバー。前に見える当時のノートルダム大聖堂についてEtienneが説明している。
「<連中はノートルダムから神を追っ払った。あのでかくて空っぽな納屋は、今じゃ理性にのみ献身する聖堂とみなされてる。なんかの皮肉なのかね?俺にはわかんないけど>」
「<俺たちが聖者ギロチンの赤ミサを祝っている間に、理性は空いてる神の王座に座っている。民衆は怒っている>」
建物の入り口には垂れ幕が掲げられ、そこには”La mort est un sommeil éternel.”と書かれている。
「<あそこの横木の上を見ろよ。”死は永遠の眠り”。天国は廃止され、連中はこの地上にユートピアを約束している>」
「<まったく、どれだけの首が落とされるんだい?俺たちがその頂からユートピアを垣間見るまでに、どれほどの死体の山が積み上げられるんだい?>」
「<連中はこれを自由の剣と呼んでる。なんたることやら>」
Etienneが言及しているのは、フランス革命時ノートルダム大聖堂が反キリスト教運動により破壊され、しばらくは倉庫として使われていた状況。歴史的、宗教的に価値の高い多くのものが破壊されたことを嘆く声も多い。
「<未来はもっとましだといいんだがねえ。ところであんたらの姿って、他の人にも俺と同じように見えてるの?>」
こういった現実の状況とかけ離れ過ぎたものは、個人の脳内で理解できる形に書き直されて見える、と説明するKing Mob。
「<そんなことよりも、さっき話してた他の魂ってやつについて教えてくれ>」King MobはEtienneに問う。
「<ああ、それか。話せることは多くはないな。ほとんどは噂なんだが>」
「<まずここの状態を理解してくれよ。ギロチンで毎月千人からが処刑され、それらの死体は深い溝に捨てられる>」
「<処刑台の亜鉛桶で受けられた血もそこに空けられる>」
「<土壌に粘土が含まれてれば、大地は死人を拒む。死体は表面に押し上げられ、大地は腐敗作用で沸き立つ>」
「<最近のある夜、複数の市民から悍ましい黒い何かが墓場をうろつき、腐敗した土を掘り返しているとの通報があった>」
「<罪もない死からの匂いは大抵の頭をおかしくさせる。でも俺が聞いた話じゃ、死人は虫みたいななんかに訪ねられてるってことだ>」
「<巨大な虫みたいな。狂った話に聞こえるかい?あんたらがここに来てるよりも?>」
「サイファーメンだ。クソッ。どうやって俺たちがここにいるとわかったんだ?」King Mobが忌々しげに呟く。
「<その化け物はな、Etienne、俺たちのミッションを妨害しに来たんだと思う>」
「<俺たちは奴らをサイファーメンと呼んでる。高周波潜在意識下伝送により変容させられた人間だ。信号は個人の思考を抑制し、忠誠へ向かう集団意識を促進する。日本の企業はそれを従業員に使っているんだ>」
「どうやら俺にこの荒くれ者を使う機会を作ってくれたようだな。サイキックプロジェクションの保全を破壊する」SF的形状の銃を手に話すKing Mob。
「俺はこいつを”ゴーストバスター”って呼んでる」
病院の一つのベッドに衰弱して死にかけた男が二人寝かされている。弱々しく助けを求める男たち。
病院の視察に訪れている二人の市民は、彼らの悲惨な境遇に同情はするが、あまりの悪臭と不衛生な状況に、早くここから逃げ出したがっている。
同行していたマルキ・ド・サドは、目の前の状況に悲嘆と怒りを示し、そんな市民たちの態度にも不満を表す。
「<これが貧しい者たちが受けねばならない苦しみなのか?自宅で私的な療養を受ける余裕のない者たちの?>」
「<お気持ちは分かりますが、我々は急がなければ…>」サドをなだめようとする市民たち。
「<急ぐだと!私は誰のためだろうと急ぐつもりなどない!>」
「<16年の監獄暮らしだ!見ろ、私を。背中を痛めて、目も、胸も。運動不足による過度の肥満により、動くのもやっとで、急ぐことなどできるものか!>」
「<私が路上生活者セクションの主事に任命されたのは、私の運動能力によるものではないが…>」
なおも奥へ進むサド。同行した市民たちは飛び出してきた鼠に怯える。
「<それであのドアから聞こえてくる音は何だ?何か食べているような…>」
そのドアに向かうサドに、私にはこれ以上無理です、と嘆願する市民。
「<では私一人で調べるとしよう。私がそれほどの胆力を持つ者であることは否定できんからな>」
恐らくは鼠たちが晩餐の準備をしているのだろう、と言いながらドアを開けるサド。
「<どうやら、ここの者たちの様子から鼠に強く言うことは難しく思えるな…>」部屋の中の光景に感想を呟くサド。
そこでは三人の虫様のマスクを被った男-サイファーメンたちが、ベッドの上の女性の腹を開き、内臓を引き出していた。
「ZZZBBB ZZZBBB、入り給え、ようこそ」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
マルキ・ド・サドはバスティーユ牢獄に投獄されていたが、革命により解放され、またその後、この1793年の末には投獄されることとなり、これは娑婆にいたごく短い期間の出来事。
サイファーメンは「暗号人間」とかにした方が良さげかとか考えたが、決めかねそのままに。
1818年、メアリー・シェリーの乗った馬車。(メアリー・シェリー:M、青い髪の男:S。)
S:「ここでお会いできたのは不思議な偶然ですな、ミセス・シェリー。私はつい最近、あなたの”The Modern Prometheus”、”Frankenstein”を読み終えたところです。実際のところ、ほんの2週間前ですよ」
S:「大変興味深いテーマに、素晴らしく入念に作られた作品。若い女性があれほどのことができるとは、驚かされました」
M:「ご親切にどうも。若い女性には、従来思われている以上のことを成し遂げる能力があるものですわ」
S:「まさにその通りですな。私はあなたの母君であられるメアリ・ウルストンクラフトの”A Vindication of the Rights of Woman”も読ませていただいております」
S:「非凡な女性でしたな。パリで僅かな間にお会いしただけでしたが。ギルバート、なんでしたかな、イムリーというアメリカ人と暮らしていたころ。25年前、恐ろしい時期でしたな」
S:「そしてあなたの父上、ゴドウィン。そうですな。ラディカリズムはあなたの血統なのですな。魅惑的だ。そして今は追放された扇動者、シェリーとは」
M:「母と会ったのなら、ずいぶんお若い時だったのでしょうね。35歳よりお歳には見えませんもの。失礼でなければ」
S:「私は見た目より高齢なのですよ、ミセス・シェリー。私の見てきたものや経験は、私の見かけには反映されておりません。幸運なことに」
S:「そしてそちらはお子さんたちですかな?ずいぶんおとなしいですね」
M:「そうです。この子は少し具合が悪いのではと気懸りなのですが。夫は、彼がバイロン伯爵の許を訪れているベニスでの合流を望んでいるのですが」
M:「旅程は厳しく、気候も暑すぎて。このような幼子には長すぎる旅ですわ」
S:「そうですな。我々には詩が必要です、ミセス・シェリー。ちなみにInvisibleカレッジについてはご存じかな?」
M:「聞いたことはありますわ。薔薇十字団とイルミニストの秘密結社で、自由の理想に献身しているとか。」
M:「それらのInvisiblesがアメリカとフランスの革命の陰で、秘密の力として動いていたという話も。なぜ私に訊くのです?」
S:「我々には我々の詩と夢想者が必要なのです。そして我々の理想郷が。だが急進改革者は対価を忘れてはいけません。しばしば世界の変革を探し求める者たちにより支払われる対価を」
S:「プロメテウスの教訓:神の火を盗まんと手を伸ばす者は、その指を焼かれる危険を冒す」
S:「意志を強く持ちなさい、ミセスシェリー。お気を付けて」
M:「貴方のお名前を伺っておりませんでしたが」
S:「そうですな、言っておりません」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
言及されているメアリー・シェリーの母メアリ・ウルストンクラフト(1759-1797)について。
イギリスの思想家・作家でフェミニズムの先駆者として知られている。言及のある『A Vindication of the Rights of Woman(女性の権利の擁護)』は代表的な著作。
1797年、無政府主義者の思想家ウィリアム・ゴドウィンとの間の娘であるメアリーを出産後、11日後に産褥により死亡する。
青い髪の男が話すパリでの出来事は、1793年のことで、King Mob、Daneたちがタイムトラベルで来ていた同時期に、彼もパリにいたことを示唆している。
視察に来た診療所で常軌を逸した陰惨な場面に出くわしたマルキ・ド・サド。
サイファーメンが解体した女性の内臓を手に取り、「お前も食うか?」と差し出す。
「<本物ではない。そんなはずはない。これは蝋細工だ。これはフローレンスやウィーンの医学生たちが練習用に使っている”解剖用ヴィーナス”のひとつに違いない。そして彼らの酔った欲望を満足させているに違いない…>」
「近寄れ。この不浄の祭壇を崇めるのだ。嫌悪の聖堂を」
「<有りえない…、一酸化炭素…、いつの間にか吸い込み、譫妄状態に…>」
「<だが、ここに何という宝石箱が開かれているのだ!柔らかいルビーの未知の風景…、私は人間の身体を幻視している…、女性の身体…、あらゆる暴虐へ至る主題…、だがこれは…、ここで見ているこれは…、現実の…>」
「触れるのだ」サイファーメンが言う。内臓に震える手を伸ばすサド。
「<この忘れられた原初の土地…。悪臭を放つ赤きエデン…。我々はこの…恐ろしい…ここからやって来たのだ…。神よ!>」
「<我が指でこの神秘の生成のかまどに戯れ、そして…>」
「くだらん!」
そこにKing Mobが”ゴーストバスターズ”を手に、ドアを蹴破り入って来る。
驚き戸惑うサイファーメンたち。
「聞こえたか、ジミニー・クリケット!」King Mobはサイファーメンの一人を”ゴーストバスターズ”で撃ち、消滅させる。
「下がっていろ」サイファーメンはサドを下がらせ、銃を取り出す。
「<なんなんだ>」わけもわからず逃げるサド。
King Mobはベッドを飛び越え、サイファーメンからの銃弾を躱す。
直ちに姿を隠し、サイファーメンたちは部屋を探し回る。どこだ?姿を見せろ。
「ここだ!」隠れていたベッドの下から姿を現し、”ゴーストバスターズ”を撃ち、サイファーメンの一人を消滅させるKing Mob。
だが、残る一人のサイファーマンは素早く回り込み、King Mobに銃を突きつける。
その時、戸口からBoyが投げた帽子がサイファーメンの頭を掠める。
相手が気を逸らされた隙に”ゴーストバスターズ”で消滅させるKing Mob。
突然現れた彼らに戸惑い、有りえない、と呟き続けるサド。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
ジミニー・クリケットは、ディズニー映画『ピノキオ』に登場する話すコオロギ。原作ではトーキング・クリケットというキャラクター。ここではKing Mobが虫っぽいサイファーメンたちに即席で考えた悪口。
滑落する刃の音。温度は上昇する、グラスの中の赤、革命の熱波。より良き世界が帝王切開で誕生する。
1). 殺人機械の原型としてのギロチン。大量殺人は官僚手続きへと変わる。生と死は会計台帳の貸借として合計される。
処刑台足場の影は、20世紀へ向かって投げかけられる。
2). 頭部と胴体の分割。頭である国は、同体である政治により打たれる。民主主義の刃により。
聖なる王家の血、Sang Réal(王家の血)は平民の藁へと流され、記念品のハンカチーフを染め、包まれる。お守りに。遺物に。
3). 道徳の劇場。
不満を持つ観衆は更なるスペクタクルを求める。即座の切断は見逃される。死の瞬間は記録できない。シャッターを横切る雷撃;青く縁どられた写真。切り落とされた首は、この”ポートレイト・マシン”により、それ自身の凍り付いた像となる。
4). 脚本、俳優。最後のパフォーマンス、有名な最期の言葉。ロラン夫人。
「自由よ、汝の名の下でいかに多くの罪が犯されたことか」
5). Les Tricoteuse (編み物をする女たち)
首はむき出しにされ、重しを付けられた刃は静止する。
Mysteries Of Guillotine.
このパートの「Mysteries Of Guillotine.」についてはなんか原典ありそうだけど、分かりませんでした。
マルキ・ド・サドをサイファーメンから救ったKing Mobたち。
「<俺たちがやることは、基本的にはあんたのサイキック・プロジェクションを俺たちと一緒に20世紀へ連れて行くことだ>」King Mobは、サドに向かって言う。
「<あんたは未来では幽霊みたいなもんになるが、こっちでのあんたの人生が終わったとき、あんたは未来のプロジェクションに結合される。馬鹿げたことを言ってるように聞こえるのは分かってるが、俺を信じろ>」
「<これは幻覚だ。熱病による夢…>」事態に混乱しながらつぶやくサド。
「<部分的にはな。そこのあんたのヴィーナスを見ろ>」
腹を開かれた女性の死体があったはずの場所には、腹を開かれた死んだ鼠が転がっていた。
「<メイクアップなしじゃあ、そうセクシーには見えないだろう?>」
「<サイファーメンはマイクロ波放射により知覚を操作する。それがあんたの見せられたものさ>」
「話は終わりよ。ここから脱出すべきだわ。まずいことが起こってる」額に指を当て、何かを感知しながらRobinが言う。
「Robinの言う通りよ。風車からの網の糸が引きつってるのを感じる。それにJackを見て」FannyもRobinに賛同する。Jack Frost -Daneはもう意識を失いかけている。
「まずいことっていうのはどういうことだ?」とKing Mob。
「サウスウェスト・ステーションへ向かう網の振動だわ。おそらく何かが私たちの帰還を妨害しようとしている。奴らは私たちの再入ゲートをシャットダウンしたわ。事態は深刻よ」
「オーケー、オーケー。俺たちにはまだ別の帰還オプションがある」King Mobは言う。
「Orlandのポストカードだ。オリジナルは俺の身体のポケットにある。これは強力なイメージだ。俺たちはこれに固定されることで、自身を曼荼羅の中心へと投出できる」
「準備はいいか?」と全員に声を掛けるKing Mob。Daneは朦朧としてFannyにしがみついてやっと立っている。
「<待て、私は君らとどこに行くつもりはないぞ。まず…>」抗議するサド。King Mobはもう遅い、とはねのける。
「出発だ」輪になった彼らの中心から発生した渦の中に、Invisiblesメンバーたちは消えて行く。
あとにはサドとEtienneのみが残される。
「<なんてこった。これじゃ正気を保てない>」目の前で起こった事態に驚愕するEtienne。
「<何たる混乱がここでは起きているのだ?>」声を上げるサド。
「<何たる混乱がここでは起きているのだ?>」声を上げるサド。
「なんてこった!風車はどこだ?」
King Mob、Boy、そしてサドが立っていたのは出発した風車の中ではなく、見たこともない草原の中だった。
「他のみんなはどうなったの?」とあたりを見回すBoyの背後では、King Mobとサドが、ポストカードに描かれていたものと同じ姿で石碑を調べている「アルカディアの牧人」を見つけていた。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
Invisiblesメンバーたちのスキルなどは、話の展開とともに徐々に説明されて行くのだが、ちょっとわかりにくいかとも思うのでここで簡単に説明すると、メンバーの中で最も魔法・魔術に長けているのがRobinで、女装者Fannyはある種のシャーマン、Boyはそういった超常的な能力はなく、格闘などの物理的戦闘力のエキスパート。
現在。King Mobたちが過去に向かって出発した風車の中。
手をつないだ他のメンバーたちが静止している中、Daneのみが呻き声をもらしながら不安定に揺れ動いている。
「これ以上の好機はないな」円陣を組む彼らに近づいて来る白いスーツの男-Orland。
「なんて状況だね、これは。さてどの子羊から始めようか?」スーツの内ポケットに手を伸ばすOrland。
「よし、新人からだ」人面マスクを脱ぎ、曖昧な顔に戻ったOrlandは、小型の断ち木鋏を手に笑う。
「ちょっとずつ」「ちょっとずつ」「ちょっとずつ」
ギロチンで切断される首。
OrlandはDaneの手を掴む。
ギロチンで切断される首。
「ちょっとずつ」OrlandはDaneの小指を断ち木鋏に挟む。
ギロチンで切断される首。
「ちょっとずつ」OrlandはDaneの小指を切断する。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
■#7 Arcadia Part.3 120 Days Of Sod All
財務官
「さて、親愛なる読者よ、あなたは世界の開闢以来語られてきた中でも最も不浄なる物語に、心と精神を開かねばならない。それぞれに金と時間を費やした、長き不信仰の経験を有する我ら四人は、放蕩の極限への欲望に溺れるため、ここシリング城に集った」
法院長
「我々と共に在るのは、三人の妻と一人の娘、四人の娼婦(彼女たちとの夜毎の語らいは、我等の欲望に火を点ける役割を果たすであろう)、四人の醜い老婆、八人の絶倫男、家族の許から誘拐された十六の彷徨える魂。更に三人のコックと三人の食器洗いメイド」
司教
「城門は11月から2月までの四か月間閉鎖される。雪と通行不可の堀は、我々をここに対するいかなる審判からも隔てられた場に置く。それは我等を世界の限界を定義する者とし、我等を我々がふさわしいと思う法を課す者とし、我等を神と等しく上に立つ者とする」
公爵
「未だ神の名は悪態、あるいはここにあるべき歓喜の表明以外では口にされていない。礼拝堂は我等の出立と厳しい監督下のみにより便所として使われる。我等に仕える同席者と共に、我々はこの秩序の中に四つの情熱について探求する。単純、複雑、犯罪性、そして最終的には殺意」
「弱く、鎖に繋がれた生き物たちの運命は、我々を喜ばせることのみにある。お前たちを待ち受けるのは汚辱以外の何物でもない。我等はお前たちを憐れみなしに使い、お前たちの嘆願と哀願を嘲るだろう。お前たちは我々に、我等が踏みにじることのない何を差し出せるというのだ?」
四人の男たちは蠟燭の明かりの中、それぞれの役割を示す衣装へと着替える。
「何者もお前たちがここにいることを知らない。お前たちの友人も縁者もお前たちを見つけることができない。お前たちは既に死亡し、我々の楽しみのためのみに呼吸しているのだ」
「この場、世界の果てに取り残され、全ての眼から隠され、いかなる存在からも隔絶されている。制限もなく、障害もない」
「どれほどの望みにこのような保安が貢献されるのか」
「それでは始めよう」
人里離れた、雪の中に建つ古城の門が閉じられる。
ここでかの有名なマルキ・ド・サドの『ソドム百二十日(Les Cent Vingt Journées de Sodome)』が作品内に取り込まれて行くのだが、まあここでお詫びなんだが、私これを読んだことがなく、ちょっとこのために読む意図もない。理由としては9割が大変すぎるということなんだけど、一割ぐらいはあんまり気が進まないというのもあるか。別に何かモラル的な批判的意図ではなく、個人的な惰弱なんでその辺は勘弁してやってください。実際のところは多くはモリソンによる創作というところだと思うけど、原典からの引用があっても当方でのこちらの作品上に書かれているところからの訳ということになるので、その辺は予めご了承ください。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
「こりゃあ俺が本当に願ったものとは違うな」
目の前の「我アルカディアにもあり (アルカディアの牧人)」と同じ情景にKing Mobは言う。
「<この場所…いったい私に何が起こったんだ?>」周囲を見回し、呟くサド。
「<どんな感じがする?>」サドに尋ねるKing Mob。
「<夢を見てて、身体は何処かで眠っているようだ。陽の光や匂い、草の感触もあるが、夢の中のようだ>」サドはそう答える。
「他のみんなは近くにいないし、ここに風車がないのは確かだわ。何が起きたのかなんか考えがある?」BoyはKing Mobに向かって話す。
「俺たちは存在論的領域にいる。どうやらあの忌々しいポストカードから型押しされてできた区域のようだ。クソッ、なぜこうなった?誰も俺たちのタイムトラベルコードを知らないはずだろう?」考え込むKing mob。
「敵はこの手のスキルを持ったグノーシスエンジニアを持っていない。連中のヘッドハッカーが俺たちの輪に侵入できるはずがないんだ」King Mobは続ける。
「面倒なことになったな。俺たちはこれを最後まで追ってって、それで戻れるように願うしかない」
「<あの連中を見てみろ>」牧人たちを眺めていたサドが言う。「<なんであんなにゆっく動くんだ?>」
三人は雪に覆われた山の上を歩いている。彼らの目の前には、『ソドム百二十日』のシリング城。
「こういうどっかへ行き着くことを知っとくべきだったな」King Mobが言う。
「<ふう、ふう、これは本当に見える通りのものなのか?>」雪の中を苦労して歩きながら言うサド。
「<シリング城だ。どうしてこんなことが?私は自身の作った物語の中に生きてるのか?私は死んだのか?>」
「<まだ死んでない。ここではどんなことでも起こり得るんだ。俺たちは存在論的ハイウェイが、俺らの潜在意識内必要条件に応えて、自身を実証するために選んだもののなすがままなんだよ>」King Mobは説明する。
「<だが、我々が堀より先に行けないのは確かだろう?>」城の前まで進んだサドが言う。
「<俺たちは出口が俺たちを連れて行くと決定した場所ならどこでも行ける。最善の方法は全てを夢として扱うことだな>」とKing Mob。
「<俺たちはこの出口を通り抜けなきゃならない。それがどんな形をしていようと。ここから抜け出す唯一の道だ>」堀に阻まれた城門を見上げながら言うKing Mob。
あたしはだからこのタイムトラベルが嫌いなのよ。雪に足を取られながら後に続くBoyが言う。
「それであたしたちがこんなところに居るなら…」沈鬱な表情で続ける。「他のみんなが無事でいることを願うばかりね」
風車の中。
「痛いかね?」Daneの小指を切断したOrlandは言う。
だが、Daneはタイムトラベルの影響で苦しみながらも、意識を取り戻さない。「これは痛いな。そうだろう?」
「見給え、君のなんとも小さな断片を」切断した小指を見ながら言うOrland。
そしてDaneの背後で、その小指を舐める。
不意に意識を取り戻すDane。
「わああっ」その場でのけぞったDaneは、後ろに立っていたOrlandにぶつかる。
わけもわからないまま、這って逃げ出すDnae。「くそっ!くそひでえ!」
「好きなようにもがき給え」Daneの背中を打つOrland。「あうっ!」
「君は私のものだ」他のメンバーは意識を取り戻す気配もないが、Fannyの頭だけが揺れ始めている。
Daneに歩み寄るOrland。「そして君にもがかれるのが私にとって好ましい」
「起きろよ、頼むから!こいつ俺の指を切りやがったんだぞ!」意識を取り戻さない他のメンバーに向かって叫ぶDane。「誰か起きてくれ!こいつに殺される!」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
そこでFannyが意識を取り戻す。
DaneはOrlandに首を掴まれ、宙吊りにされる。「キチガイ野郎に殺される!」
「殺される、その通りだ。だが君は私にどう殺されるか想像できるかね?」Orlandは言う。「私が君に見せるものを。最後の時に」
「クソ野郎!クソッ」小指を失った手で殴りつけるDane。だがOrlandは全く動じない。
「私は君の骨から肉を引き剝がし、柔らかい皮膚に包まれた他の物を破壊する。君の悲鳴を聞きながら」
「そうなるとは思わないわね」後ろから声が掛かる。
「彼を降ろすのよ」意識を取り戻し、背後に立った女装者Fannyが言う。「今すぐ彼を降ろさないと、あたしがあんたを殺す」
「本当かね?」振り向きながらOrlandが笑顔のまま応える。「どうするんだい?君のハイヒールで私を刺すのかね?」
「その通りよ」Orlandの顔面に、手にしたハイヒールのかかとを叩きつけるFanny。Orlandは悲鳴を上げ、Daneを放す。
1818年、ベニス。雨。
B:「そろそろ上がってこないか、シャイロー?」
バイロンは、雨の中川辺に立ち尽くすシェリーに向かって、階段の上から呼びかける。
B:「メアリーとホップナーの家族が、ため息橋の上で待ってるぞ。来給え。私に君を捕まえるために、役立たずの足でこのヌルヌルの階段を降りろなんて言わないでくれよ」
S:「君は喜んでいるんだろう、ジョージ」
B:「どうしてだ?君は本当に、私が君の苦しみに満足を見出していると思っているのかい?」
S:「君のシニズムの正しさが証明されたのさ。私は、いつも世界の変革を唱え続ける、純朴な夢想家であることを晒しただけだ。目の前にあるものを見ることさえできないままに」
S:「私の娘が死んだ。私の小さなクレアラが。非難されるべきは私だ」
S:「私は彼女がメアリーの腕の中で死んでゆくのを見ているだけだった」
S:「私は、あの子が黄金の戦車で飛んでくると思い描いていたんだろう。私は彼女たちの苦痛や、酷暑と彼女たちが引き受けるよう私が求めた旅の厳しさに考えが及ばなかった」
S:「私がユートピアの戯言を並べてる間に、我が子は赤痢で死んでいったんだ」
川辺まで降りて来たバイロンが、シェリーの肩に手を掛ける。
S:「私は、私たちを自由のために戦う打ち負かされざる英雄レイオンとシスナだと思い込んでいたんだ」
ため息橋の上に傘をさして立ち、こちらを見ているらしい三人の人物の姿。
S:「だが、見給え!我々は結局ただの凡人にすぎないんだ」
このシーンは、前話でベニスで待つ夫シェリーの許へ向かっていたメアリーと子供たちが、到着はしたが娘クレアラが赤痢で死亡してしまった後の話。
シェリーの話の中に出てくるレイオンとシスナは、シェリーが前年暮れに出版した『レイオンとシスナ: あるいは黄金都市革命 十九世紀の一幻影 スペンサー連に則して (Laon and Cythna; or, the Revolution of the Golden City)』についての話。この作品は内容の過激さから修正を余儀なくされ、改訂され『イスラムの反乱 (The Revolt of Islam)』として翌1818年に出版された。オリジナルの『レイオンとシスナ』は2022年に音羽書房鶴見書店から翻訳出版されている。
「恋人同士の関係にある若き主人公 protagonist/hero レイオン Laon とその妹にして同じく主人公 protagonist/heroine であるシスナ Cythna とが互いに協力し合いながら、政治と宗教との圧制から、自由と平等とを回復しようとする波瀾万丈の物語 (Amazon:紹介文より)」ということ。
ソドム百二十日。
着飾った厚化粧の老婆が語る。「遣り手婆のマダムGuerinが、Rue St. Denisの宿屋の娘に目を付けた話です。敬虔な娘はあらゆる誘惑に抗っておりました。マダムGuerinが彼女を、処女を堕落へと導く類い稀なる才能を持った55歳の牧師の手の中に誘い込むまでは」
彼女が話す前にある四つの台座にそれぞれ腰かけている四人の男たち。「私はその男がもう好きになったぞ」”法院長”が言う。
「しかしながら、二時間ほどの会話でこの男は、行儀に優れ、最も奥ゆかしい若き女性を、完全な娼婦へと変貌させたのです」
「しかも、彼自身は託された者に一切手を触れることもなしに」
「この男と二時間過ごしたこと。それが、その直後に宿屋の娘がマダムGuerinの許を訪れ、そこで働き始めることを懇願することとなった全てなのです」
「その男については、彼が常にそうであるように、自身の尽力の結果を振り返ることもなく去りました」
「驚異的な人物だな!」”司教”が言う。「我々はこの誘惑を、更なる重大な漁色への、単なる準備段階と推測せねばならんのは確かなことだ」
「私はこの男が男色者であることに賭けよう」”公爵”は言う。「どうなんだ、Duclos?もっと詳しく聞かせてくれ」
彼らの前に座った老婆、Duclosは更に話を続ける。「その男については、もう話すことはありません。しかし、その名をHenrietteという宿屋の娘については、更に話があります」
「彼女の好色への入門はこうして始まり…」
「Duclosは、いい具合に私を興奮させてくれたな。適当な時間に凌辱を行う気分になったよ」”法院長”が熱した焼き印のこてを手にして言う。
「私はそれを心に抱き、今晩一つか二つの処女を奪うとしよう。だが最初に、我々それぞれへ授けられるそれらの中の、彼あるいは彼女の処女性を見分けられるようにせねばならない」”司教”が笑みを浮かべながら言う。
大男が台の上に押さえつけた少年の尻に、”財務官”が焼き印を押し付ける。悲鳴を上げる少年。”公爵”は嫌がる少女の顔を押さえつけ、その様子を無理やり見せる。
「こいつは使用される準備ができた。彼の美徳は、そうあるべく商品となったわけだ」少年の尻には、バーコードが焼き付けられている。「さあ、次だ」
「素晴らしい!これは私を熱くし、間違いを無くさせるぞ。」”公爵”は、押さえていた少女の頭を手にした盃で殴り、足を払い少年がいた台に倒す。「彼らを牛として扱うことにより、”自由”の概念そのものが彼らの心より焼き尽くされるのだ」
響き渡る少女の悲鳴。”司教”は、四つん這いになった少女の一人を足代として使い、その傍らではDuclosが、プードルを”司教”の膝にのせて媚びを売る。
「これはほんの始まりに過ぎない。私は、次代の新生児たちには電子タグが付けられ、DNAと指紋が登録されるだろう世界を思い描く。全ては「法と秩序」の名のもとに」”司教”は続ける。「所有物が正確にどこにいて、どんな悪ふざけを起こそうとしているか知ることは重要だからな」
城の中に入ったKing Mobたちは、階上の回廊からそれらの様子を見物している。
「うんざりね」Boyが言う。
「<私は連中にそれらがどこへ向かうのか見せようと試みたのだ。啓発の偽善。それらは理性の神により育まれた怪物なのだ>」自作について語るサド。「<理想主義者と改革主義者は全て、権力を手にしたとき処刑人になる。ユートピアへの道は、断頭台への階段に終わる。終わりなきギロチンの時へと>」
「<やめとけって!>」King Mobは、肘でサドを突いて言う。「<自分がくたびれた汚いスケベだって認めろよ>」
「<まあ…それもそうではあるが>」サドは言う。「<16年間、木の棒を尻に突っ込むぐらいしか楽しみがなく監獄に閉じ込められていた。そしてペンと紙と自分のイマジネーションと。私は復讐を求めていたのだ!>」
「<私は世界を破壊し、その瓦礫にクソを垂れたかったのだよ!>」
「<私は言葉でドアを作り、その先に逃避した。私は、自身の捕縛者の、私の家族の、神と人間性の、暗黒と殲滅を望んだ>」
「<私は穴に潜った。私は、政府の塗られたマスクの裏側の、堕落の腐った顔を見せた。私は監房に独りきりで、文明世界を作られていない状態に戻したのだ>」
「<私は野獣を檻より放ち、嘘吐きと偽善者が思い描く「道徳宇宙」を貪り食わせた。私は、私たちを統治し、子供たちの内臓を食べながら美しい演説を並べるモンスターどもを白日の下に曝したのだ>」
「<そして革命が勃発し、私は弱者が強者となり、そして権力を手にすると、弱者たちによりそれまで強者がやって来たことが行われるのを見た。私はうんざりしたよ>」
「<私は放蕩者だ、その通り。だが、私は犯罪者でも殺人者でもない>」
サドが熱弁を振るう下では、怯える少年と少女が抱き合っていた。
広間の片隅で怯えて抱き合う少年と少女。「怖がらないで」少年が言う。
「この恐ろしい場所から逃げる方法があるはずだ」少年は言う。「キリスト様が救ってくれる。神がきっと…、わあっ」
「規則が守られていない!規範を示さねばならんな!」”司教”とともに現れた”公爵”が言う。
「逃げる方法などない。壁の外には、岩だらけの地が無限に広がっているだけなのだ」”公爵”は言う。
「そらっ、農耕の神のキッチンからの新鮮なやつだ!」”司教”が少女の顔に、盆に入った汚物をぶちまけながら言う。
「我等が済ませた後、お前は汚物の中で楽しむことになろう」少女の髪を掴み言う”公爵”。
「そうだな、更にお前自身から来るものもあるぞ。お前自身が製造工場となるのだ」汚物に汚れた少女の顔に向かって言う”司教”。
「<権威と服従、君らのための文明社会だ。人は狂った獣なのだ>」力説するサド。
「あたしたちこれ見てなきゃならないの?ここで他にできることないの?」うんざりした顔で言うBoy。
「実際のところないな。これが終わるのを待つしかない」King Mobが言う。「愉快な面を見るようにするしかないと思うぜ」
何処とも知れない荒れ地。丘の上に建物群が見える。
「道に迷ったようだね」周囲の様子を窺うRobinに声が掛けられる。
「ええ、どうやってここに来たのかも全くわからないのだけど。実際、私はどこにいるの?」テーブルを前に屋外で座っている男に向かって、歩みながら話すRobin。
そこにいたのは青い髪の男 -Satan。前にしたテーブルの上には、チェス盤が置かれている。
「ここはレンヌ=ル=シャトー (Rennes-le-Château)だ。君もそれについての話は聞いたことがあると思う」
「思うに君はアメリカからの旅行者だね。彼らは度々ここを訪れ、ミステリーの周辺を嗅ぎまわっている。ある者たちとはチェスもしたよ」
「レンヌ=ル=シャトー?それはフランスでしょう?私、どこでその名前を聞いたのかしら?」Robinは首をかしげる。
「ある男がいた。司祭だ。名をベランジュ・ソニエール。百年ほど前にここへやって来た。多分、君は彼について聞いているだろう」
「彼は貧しかったが、大変知性的な人物だった。彼は読書に励み、この地方に伝わるドラマチックな伝説、-巡礼者とテンプル騎士団の財宝の物語へとのめり込んでいった」
「他の雑事で忙しい中、彼はその教会の復元に着手した」
「その中で彼は、柱の中に隠された、二枚の羊皮紙を発見した。それらが暗号によって書かれていると考え、司祭は確実な教会の権威による助力を求めた」
「パリに滞在中、ソニエールは三つの複製を入手した。プッサンの「アルカディアの牧人」の一つだ」
「奇妙なことに、ソニエールは大金を使い始めるようになった。それらは教会の改修にも使われた」
「彼は奇妙に彩られた飾り額を取り付け、出来の悪い悪魔の像を建たせた。鴨居の上にアスモデウス。彼はラテン語による碑文を配置した」
「”ここは恐ろしい場所だ”」
「恐ろしい、ふーん?私ならなんとかできると思うわ」そう言いながら、Robinは教会へと向かう。
Satanはチェス盤に向かったまま、話し続ける。「物語は旅行者たちには有名だ。彼らはその異様な響きに惹かれる。その未知の驚異の暗示に」
「そして財宝だ!埋められた財宝を見つけたいと望まない者などいるかね?」
Robinは教会の入り口に辿り着く。そこになおもSatanの声が追ってくる。
「そして…、どれほどしばしば宝は日の光の下で崩れて価値のない屑に変わるものか」
「我々は決して本当に学ぶことはない。そうだろう?」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
レンヌ=ル=シャトーは南フランスに実在する小村で、ここでSatanが語る話も1982年に英国で出版されたノンフィクション『The Holy Blood and the Holy Grail (邦題:レンヌ=ル=シャトーの謎 – イエスの血脈と聖杯/1997年)』で有名。「アルカディアの牧人」の複製についてのところまでは調べられなかったけど。この作品が出た当時は特に有名だったよう。
なんかこれも『ダヴィンチ・コード』に影響を与えたとかしきりに出てきて、うーん、いつか読まなきゃなんないかなあ『ダヴィンチ・コード』?『ソドム百二十日』以上に気が進まんのだが…。
ここで前話でメアリー・シェリーと馬車に乗り合わせたSatanが出てくるのだけど、まあ説明なしで初見で同一人物だと気付く人の方が希少だと思うのだが…。自分も後からわかったぐらいだし。そういう時空間無視した神出鬼没だと知らなければ、あの人がここにいる理由見つからないから。
ソドム百二十日。
堕落した物語の語り手の一人である女が、煙草を吸いながら語っている。「この若き新米の、私が堕落させ、可愛い少女に仕立て上げた修道僧は、自らの家族のために働くべく送り込まれたのです」
「この女装した姿により、彼は自身の父と兄弟たちを誘惑したのでした」
部屋の中には使い捨てられた少年少女の遺体が無造作に積み上げられ、椅子に座った女はそれらに足を掛けながら話を続ける。
「そして彼のお尻による喜びの見返りとして、少年は直ちに彼らを奴隷化し、兄弟たちに母親を拷問し殺害するよう説得したのです」
「これらすべての少年による残虐な演出ののち、彼の父は現在彼と夫婦として暮らしております」
寝台にうつぶせにされた女装させられた少年。その背後に手に銃を持って立つ”財務官”が言う。
「四か月だ!四か月が過ぎても我々は依然として可能性の境界に手が届いておらん」
「もし万物の理に反して私がこの少年を妊娠させることが可能ならば!この者の反自然的な労務の集大成として、銃弾を腸めがけ発射する」
悲鳴を上げる少年。「クソッ!まだまだだ」怒りに表情を歪め、言う”財務官”。
汚物を満たした盆から少年の頭を引き上げる。「我々のここでの時間は尽きかけており、私はまだ満足できていない。私に究極の犯罪を犯させてくれ」
「私の糞を月の顔に擦り付け、彼女の純潔を永遠に汚すような」
大きな金属製の箱の前に立つ”法院長”が言う。
「この遊びが満足のいく結末を迎える唯一の方法を提案させてもらおう」
「恐らくここには我々と共に五人目がいるべきだった。”将軍”だ。彼によりこれが送られたのだ」
金属製の箱の前面にある扉が開けられると、そこには赤いボタン。
「世界は罰に泣き叫んでいる。我等にそれにふさわしい罰を与えるよう求めているのだ。死刑宣告の黒帽子はここに呼ばれた」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
「ミサイルを飛ばせ、爆弾を落とせ!空を引き落とすのだ!」
言いながら、女装した少年を押さえつける”財務官”。「頑張れよ、坊主」
”公爵”は十字架を持った少年の腕を片手で捻り上げる。もう一方の手には鉈。
「全ての生命を終わらせろ。世界の光を消すのだ」
悲鳴が上がる。
三角帽を被らされた少女を足蹴にして、ミサイル発射装置の前に跪かせる”司教”。
「跪け、子供よ。お前が耳が聞こえず目も見えぬ神に祈っているお前を、我等が使うのだ」
「お前は自分に殺しができると思ったことがあるか、子供よ。そうは思わんな」
「”殺しは罪だ” お前はそう言われてきた。だが我等の名のもとによる殺しは、お前の務めなのだ。お前は我等のために息子と娘を戦争へと送り込むことになるだろう。何の抵抗も許さず」
少女と”司教”の後ろから、少年の切り落とした片腕を持った”財務官”が歩み寄って来る。「やれ」
「さあ、そこだ」”司教”は少女をミサイル発射装置に向かって押す。
「キリストはお前の中にいる、子供よ」
「やるのだ。お前が言われた通りに」
「全ての生命が消滅するのを見届けるために。死の勝利のために」
「やれ!」
少女は泣きながら、赤いボタンに向かって口を開く。
そして、少女の舌がボタンを押す。
絶叫と共に、全てが光に包まれる。
そして全てが消滅する。
「おお、理性の光だ」
暗闇の中、上からの光に照らし出される”法院長”。
「我等は理性の世代だ。境界と評価の世代。理性は母なる自然を我等の喜びに向けた娼婦と為し、我等を宇宙の主人として称えられる王座の高みへと押し上げるだろう」
「そして、お前。お前が何でも好きなようにできる権利を与えられたなら、何であろうと一切裁定も処罰もされないなら、何者からも”もう沢山だ!やめてくれ”と言われないなら、お前はどこまで行ける?我等の先まで行けるのか?」
”法院長”の顔は目と頬が落ちくぼみ、骸骨のように変わって行く。
「お前を見ろ!お前はこれを求めているのだ。我等を止めるため、何をしたというのだ?」
「有罪だ」
「全員有罪だ」
そして”法院長”は、光の中に消滅して行く。
最後の異常な冬の雪が降る。ガイガーカウンターはカチカチとお喋りを続け、やがてカチカチ音は、ゆっくりになり、減り、静かになって行く。
春が訪れる。
「いつでも物事の明るい面を見ることができるもんさ」
城からやっと出ることができた三人は、雪道を下り、駐めてあった赤い車へと向かう。
「最終的には、これはただのでかいジョークだったってことだろ?」King Mobが言う。
「連中は全ての力を得たにもかかわらず、城から出ることをしなかった。連中はそれを考えることすらできなかったのさ」
「<私の考えた結末は違っていた。私の放蕩者たちはパリに戻るはずだった。干渉されることも罰せられることもなく>」サドは言う。
ドアを開け、車に乗り込む三人。
「<君は何がしたいんだ?この全てはどういうことなんだ?>」とサド。
「<俺たちは人々にどこに出口があるのか思い出させたいんだ。それが全てさ>」King Mobはフランス語で答える。
「俺たちは人々にどうやって彼ら自身の出口を作るかを見せたい。そのためにダイナマイトを使わなきゃならなくなるとしても」運転席に座ったKing Mpbは、後ろの座席のBoyを振り返りながら言う。
「そしてあたしたちはそれでみんなに好かれたいのよ」とBoy。
「<狂ってる。この世界は狂ってる。そして私はそこに生きることに怒りを覚えるんだ>」助手席のサドが言う。
「<同感だ。あんたはサンフランシスコが好きになるぜ>」
車は雪の残る山道を下って行く。その雪を押しのけ、既に花が咲き始めている。
1818年、ベニス。ため息橋の上。既に雨は上がっている。
胸の前で花を慈しむように持つ女性の手。バイロンが呼びかける。
B:「メアリー?我々をアカデミーに連れて行くための馬車が待っているよ」
橋の上に立つメアリーに歩み寄るバイロン。その後ろでは夫シェリーが二人の人物と共に心配げに見守っている。
B:「私には憂鬱に対する特効薬は、部屋いっぱいの美しい画以上には考えられない。そうだな、私でもできるかもしれないが、画は必ず成し遂げる」
B:「そうだ、その道すがら、私の新しい詩『マゼッパ』の草稿を渡したい。君が私のためにそれを清書してくれる時間があればと思うのだが」
M:「もちろんやるわ、Albe」
M:「私を心配する必要はないわ。私の父はしばしば、惰弱や臆病でい続ける者たちは、自身を悲哀の中に見捨てるだけだと言っていたわ。苦悩は無価値よ」
B:「それについては、私は応える言葉がないな。無価値な者として過ごしてきたのでね」
M:「詩には虚栄と誇りを主張する正当性があるわ。彼らは創造の力を神々から盗んでいるのだから」
M:「彼らは言葉と夢の中のイメージにより世界を造り直すのよ」
メアリーは持っていた花を、下を流れる水路に向かって散らせる。
M:「残された私たちは、そしてそこに生きるのよ」
メアリーの話の中に出てくるAlbeは、メアリーによるバイロンの愛称ということ。読み方までは責任持てんのでそのまま。
風車の中。
「私がどこから来たか知っているだろう」頭からハイヒールを抜いたOrlandは、ナイフを手に嘲笑を浮かべながら話す。
「無慈悲な地。肉をはぎ取られた場所だ」
「君には私を傷付けられないのは分かってるだろう」前に立つFannyに向かって言うOrland。
「あたしにはあんたがクソの塊だとわかってるわ」Fannyは言う。「何をするつもりよ?」
Daneは意識のないKing Mobに向かって床を這って行く。
「銃だ、おい、あんたの銃はどこにあるんだ?」意識のないKing Mobの身体を探るDane。そして見つける。
「てめえ、終わりだ!」Orlandに向けて銃を構え、叫ぶDane。
だが、引き金を引いてもその銃から弾丸は発射されない。
「クソッ!クソッ!こいつ弾丸が出ねえ!こいつ撃てねえ!」
焦って銃を叩くDane。だが、それは動かず、弾丸が発射されることはない。
「馬鹿め!」Daneの様子に気を取られたFannyの胸を、Orlandがナイフで切り裂く。
床に倒れるFanny。
「愚かな人間ども。ちっぽけな人間ども」血の滴るナイフを手に言うOrland。「私は肉を持たず、四つの太陽ほど永く在る。私には心臓がない」
追いつめられ、絶望的に呟くDane。「畜生」
「ああ、そうなのさ」ナイフ。そして嗤うOrland。
レンヌ=ル=シャトーのRobin。
境界の中に入ったRobin。頭上の鴨居には不気味なアスモデウスの像。奥から理解できない言語で話す声が聞こえてくる。
それは次第に意味を成して聞こえてくる。「…天地の尺度により、八つに畳まれた名の、Octonomosの降臨の前に」
声の聞こえる説教壇の方向へ歩いて行くRobin。
「もはや手遅れだ」声が聞こえる。
そこにいたのは三人のサイファーメン。口々に言う。
「手遅れだ」「お前の求めるものは我々が得た」「我々のものだ」その奥の祭壇は光を放っている。
「私が求める何?」問うRobin。
「祭壇石の上にある」「見よ」「神託だ」「我々のものだ」
「神託?どんな神託?何を言っているの?」目の前にあるものに驚愕しながら言うRobin。
「頭」「預言の発動機」
「テンプル騎士団の失われた宝」
そこにあったのは様々な機械とケーブルに繋がれた人間の頭。ミイラ化しているが目は生きているように見開かれている。
「洗礼者ヨハネの頭だ」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
洗礼者ヨハネの斬首は、聖書の様々な福音書に書かれている有名な話。
ヘロデ王の結婚を非難し捕らえられていた洗礼者ヨハネが、王の誕生祝の席で素晴らしい舞を披露した妻ヘロデヤの娘サロメの願いにより斬首されるというもので、それを元にしたオスカー・ワイルド『サロメ』などでも知られている。
Octonomosはギリシャの悪魔らしいのだけど、詳細はあんまりわからなかった。
■#8 Arcadia Part.4 H. E. A. D.
背後を多くの光が飛び交い交差する何処かで、ボンデージのマスクを着けた男が話す。
「おかしなもんだ…。ここで俺たちは21世紀の障壁をぶち破るべく傾きながら突っ走ってる。そして、不意にあんたは思うんだ。「これ誰が運転してるんだ?」俺が言ってることわかるかい?」
「誰がバスを動かしてるんだ?俺は60年代を通じてずっと考えてたんだよ、分かるか?」
ボンデージマスクの男は、手に持った瓶から酒を呷る。
「60年代にはあんたのティモシー・リアリーがいて、それでなんて名前だったか?”カッコウの巣”キージーか。そんな連中がいて、奴らがハンドルを握ってた。奴らには道の先が見えてた、そうだろう?」
「奴らが話してた俺たちがやらなきゃならないすべては、LSDでラリッて、俺たちみんな超人になり、虹とお花畑の向こうに約束の地を打ち建てるってことだった」
「クソだ。クソだと思うぜ。ブラックライトポスターさ。本気で世界を変えられると思ってた。一瞬の間、俺たちは本当に勝てるんだと感じてた」
「俺が最終的にそこから降りてきたた時には、1985年になってた」
「クソッ、フリー・ラブからセイフ・セックスだと?革命はどうなっちまったんだ?」
「ほら、戯言よ。私がそれをどう思うっていうの?」横から声が掛かる。
「ああ、話せてよかったよ。我を忘れていたなら、申し訳ない。スピードで。行かなきゃ」
「馬鹿々々しい!あんたはそれが自分の意志を持ってると思ってるんでしょう」横からの声が言う。
「未来には、それは言われたことやるだけよ」
ボンデージ・ファッションの「女王様」が告げ、マスクの男は床に這いつくばる。
「その通りです、女王様。申し訳ありません」
異様なファッションの人々が絡み合い、踊り狂うクラブらしき店内。
King Mobとサドは、テーブルの一つに座り、その様子を眺めている。
「”ああ、すばらしき新世界、こんなに人がいるなんて”」サドはシェイクスピアを引用して言う。
「<あんたのお好みだと思うがね>」とKing Mob。
「<連中を見給え!私はあのならず者たちが公の場で自由にやってることを、個人的にやったせいでバスティーユに送られたんだぞ>」サドは言う。「<あの馬鹿者は何の独り言を言っとったんだ?私にはほんの少ししかわからなかったぞ>」
「<あいつは革命について話してたんだ。あるいはこれまでにあった唯一の「革命」ってやつについて>」King Mobは言う。
「<思うに奴は、自分の教習所教官に失望させられたと感じているんだ。奴はただ自分の席に座っていれば、何処へでも連れてってもらえると思ってた。奴には連中が何をすればいいか見せてるだけだって理解できなかったんだ>」
「<それは実際、驚くべきことなのかね?>」サドは言う。
「<民衆は成長し、自身の人生に責任を持つことを恐れるものだ。連中はパパとママ、彼らを叱り、どこでいつおしっこをすればいいか教えてくれる教師を求めるものだろう>」
「まあな」King Mobは言う。「<俺はあいつにマルキ・ド・サドだって言ったんだが、信じなかったよ>」
席を立ち、出口へ向かって階段を上る二人。首輪をつけた女を犬のように連れてくるボンデージの女とすれ違う。
「<誰が信じるんだ?S&Mくそくらえだ!>」女たちを振り返りながら言うサド。
「<私は名も無き墓を望んだ。私は、この身がどぶに捨てられ、歴史のページから名も消され、私の作品も忘れ去られることを望んだ。なのに見給え!>」
「<私は不死となったのだ>」
「”ああ、すばらしき新世界~”」はシェイクスピア『テンペスト』の中の有名なセリフ。オルダス・ハックスレーの『すばらしい新世界』のタイトルの元ネタとしても知られている。河合祥一郎『あらすじで読むシェイクスピア全作品』からの引用。…いや、ごめん、Kindle Unlimitedとかで借りて読めるのがなかったんで、『テンペスト』のWikiに載ってるのをそのまま流用しました…。河合氏は『テンペスト』の翻訳もしているので、多分そちらと同じだと思います。
レンヌ=ル=シャトーの中で、サイファーメンたちに護られた「洗礼者ヨハネの頭」を前にしたRobin。
「手遅れだ」「テンプル騎士団の信託は我々が発見した」「これは我等のものだ」サイファーメンたちは口々に言う。
「ええ、そうね」Robinは言う。
「それで、この見るからに馬鹿げたものが実際になんだって言うの?」
「これこそがお前がここ、レンヌ=ル=シャトーに、見つけるべく来たものだ」サイファーメンは手に持った鍵を見せる。
「洗礼者ヨハネの頭だ」「啓示の頭だ」「来たる黙示の予言だ」
そしてサイファーメンは頭が乗せられた装置へと鍵を手に向かう。
「これは眠り、来たる世界の夢を見ている」「数世紀にわたる眠りだ」
「だが、この鍵によって目覚める」
サイファーメンは装置に鍵を差し込み、回す。
「話させることができる」
そして「洗礼者ヨハネの頭」は話し始める。
「RRR KK KKITTままま回れ回れベイビー レコードみたいに回れKUHTUH!KIKK KIKKT…」
「KKKUH-KK審判の日へのカウント… 毎分33と3分の一回転」
「毎分45回転」「毎分78回転」「更にカウント」
「早く 更に早く… 時間は加速される… 背後に常に聞こえる…KUHI-TIKK!…時間は更に早く進む… 翼の生えた戦闘馬車は近くに引き寄せられるKKT AT AT AT KKUH!」
「我々は事象の地平線を超えて進む… 未来は無い… 過去は無い… 現在は無い…TIKKT!」
腕を組んで前に立ち、話し続ける頭を見つめるRobinを、サイファーメンたちが指さし、口々に言う。
「お前はここに来るべきではなかった、Invisible」「「頭」は生贄の貢物を求めている」「お前は殺されることはない、ただ変わるのだ」
「なるほど、安心したわ」Robinは言う。「わかりやすく教えて。「頭」は私をどうすべきだとあんたたちに言ってるの?」
「手術だ」「それが成された時、お前は我々のように空っぽとなる」「満たされるのを待つのだ」「さあ、横になれ」
サイファーメンたちは奇怪な器具を手に言う。
ゴールデンゲートブリッジの上に、サド、Boyと並んで立ち、King Mobは話す。
「わかるかい?俺は『地下街の住人』を観て以来、これをやみくもに続けて来たんだ」
「そいつは少々憂鬱な映画なんだが、パーティーシーンはいかす」
「ブリティッシュ・ビート・ムービーはもっと楽しいぜ。『狂っちゃいねえぜ』!こいつは古典だ。ジョン・バリーのサウンドトラック、ギリアン・ヒルスの栄光。最高だ」
「<申し訳ないんだが>」サドが口をはさむ。
「<魅惑的な寄り道に横槍を入れるのは心苦しいのだが、君には私がここに連れてこられた理由を話す意図があると思うのだがね>」
「<ああ、そうだな、俺たちはあんたに人類の未来の青写真を、こんな風にシンプルにまとめる手助けをしてほしいと望んでる>」King Mobは言う。
「<これは重要な局面なんだ、分かるかい?俺たちは最終的なアポカリプスを迎えることになる。そして事象はまだどちらへも向かう状況だ>」
「<俺たちは終わりなきグローバルパーティーと、アウシュヴィッツみたいな世界との、レースの最終ハロンにいるのさ>」
「<ああ、つまりそれはより精神薄弱なユートピアリズムかね?君はもっと知性的なのだと思っていたんだが>」サドは言う。
「<私は自分以外の誰もが完璧な世界になど住みたくはないね>」
「<その通りだ>」King Mobは言う。「<それこそが俺たちが、誰もが望んだとおりの世界という結果に至る軌道を、はずそうとしている理由なのさ>」
ゴールデンゲートブリッジの横を風船が空へ上って行き、やがてそれは宇宙空間へと至る。
「<敵をも含む誰もがな>」
『地下街の住人(原題:The Subterranean)』は、ジャック・ケルアックの1953年出版の、同名の小説(翻訳タイトルは『地下街の人びと』)を原作とした、1960年のアメリカ映画。
『狂っちゃいねえぜ(原題:Beat Girl/米公開タイトル:Wild for Kicks)』は、1959年の英国映画。ビート・ジェネレーション映画の代表的作品らしい。
こうやって邦題がある映画だとそっちを書くのがわかりやすいはず(?)なんだが、どうしても微妙な感じになるよね。ごく最近本店の方で紹介した作品『Donnybrook』の映画化作品の邦題が二度と書きたくないようなひどいもんだったという事件もあるし…。
風車の中。
「動け!」弾丸が発射されない銃に叫ぶDane。
「安全装置を試してみろよ」しゃがみ込むFannyの横に立ち、余裕の笑みを浮かべながら言うOrland。
必死に銃を揺すり、叩くDane。「くそっ、動けよ、頼むから!」
再びOrlandに向けた銃から、今度は弾丸が発射され彼の頭の横をかすめる。「やったぞ、クソ野郎!」
「外れたぞ」Orlandは笑顔のまま言う。「テレビで見るほど簡単じゃないだろう?銃は見た目よりかなり重い」
「クソくらいやがれ」Daneは狙いを定める。
弾丸は胸の中央に命中し、Orlandはのけぞる。
だが、そのまま立ち続け、平然と胸の穴を見下ろしながら言う。「上達したじゃないか。こいつは私にも感じられたぞ」
「Orland!」Orlandの後ろに立ち上がったFannyが叫ぶ。
「おや?どうしたんだ?」振り向いて言うOrland。「君は出血多量で死ぬんだ。そのはずだ。私は君の胸を切り開いたからな」
「ラテックスとシリコンのオッパイよ、ダーリン」
「これにはロンドンの変身ストアで大枚はたいたのに」偽の乳房を手に言うFanny。
「台無しにしてくれたわね」
「何だ君は?」あっけにとられ言うOrland。「どういう類いのものなんだ?」
「私はいつもの半分女じゃあない。お前のお陰でね」Orlandを睨みつけながら言うFanny。「そしてお前はヤバイことになったよ」
サンフランシスコのKing Mobたち。
広大なスタジオのようなクラブで、巨大なPAからの音楽に踊り狂う人々。
「スマートドリンクだって。アタマ良くなんの?スマートドリンク試したことある、K. M.?」Boyが言う。
「おう、最後にサンフランシスコに来た時にな。奇妙なもんだ。俺は学校で教わった九九をすべて記憶してるぞ。完璧にな。7-7 49、7-8 なんかそれってやつ」カウンターに寄り掛かりBoyと話すKing Mob。
「いずれあたしも試してみるわ。自分たちの身体に戻れたらすぐにね」
「あたしたちはいつ戻るの?あたしはまた、心臓が動いてるのを感じたいし、汗をかきたいんだけど」
「俺たちは、マルキが英語を憶え次第、風車に戻れるさ」King Mobは言う。
「幽霊でいることの利点の一つは、そういうことが簡単だってことだ。あいつが今おしゃべりしてんのを見てみろよ」
King Mobの視線の先では、踊っている人々の間でサドが一人の少女と話していた。
「自分が超常的に200年後の未来に誘拐され、君は最終戦争の行方を左右する最重要人物だ、と言われるのを想像してみろよ」King Mobは言う。
「奴はこの手のゲームの古株だ。俺は奴にその役割を振ってやるのさ」
「なるほどねえ、それであたしたちは世界の終りまで何をしてりゃいいの?」
「俺たちは目が回るほど踊り狂うのさ!来いよ!」
King MobはBoyの手を引き、踊る人々の中に入って行く。
レンヌ=ル=シャトーのRobin。「洗礼者ヨハネの頭」は話し続ける。
「何人の天使KRRR-KKITIKK天使がピンの頭で踊れるの、ダーリン?」
「何本のピンがクッションに刺さっているの?」
「見なさいよ、あんたたち脅威を与えられたつもりになって、時間を無駄にしてるだけよ」Robinは呆れたように、サイファーメンたちに言う。
「我等は終わりなき思考の波を止めるのだ」「決定もない。責任もない。痛みもない」サイファーメンは言う。
「我等はお前の内なるものを静める」「グッドガール、グッドシングへ」
「あーもう頼むから。こんなの馬鹿げてる。あたしはサイキックプロジェクションなの。あたしの本体は何千マイルの彼方にある。あんたたち三人があたしにできることなんてないのよ」
「なんで一分間手を止めて、頭の言うことを聞いてみないの?」Robinは「頭」を指して言う。「それが本当に何を言ってるか聞いてみなさいよ」
「KKR-Kiit…天空もない…地核もマントルもない…海もない…KTT…海も…」
「見よARROPP FICK KRR-TIK!AAOOWN YOT EH YOT… A FROLISOH GOSS RUDD ETTI!」
「テンプル騎士団は秘蹟を残した。でもあんたたちはそれを理解するには馬鹿すぎたってこと」Robinは「頭」の台座を指さしながら言う。
そこにはプッサンの絵画の石碑と同じ文字が刻まれていた。
「”Et In Arcadia Ego” わかる? “我アルカディアにもあり”」
「言語よ。「頭」は異言で話してる。結局のところランダムな母音と子音の組み合わせ。”スピーキング・イン・タング”ってやつ?」
サイファーメンはRobinの肩に、奇怪な器具を突き立てるが、何の手ごたえも無く突き抜ける。
「あたしたちはみんな違うことを聞いている。あたしたちはそれぞれに自分が聞きたいと思ったことを聞かされているのよ」
「そしてあんたたち哀れな愚か者たちには、指示と命令以外の何も聞こえない」
サイファーメンは歩き出したRobinを捕まえようとするが、その手は彼女の身体を突き抜けるばかり。
「それが如何にして命令に従うかしか考えられないあんたたちに起こったことというわけね」
「あんたたちの主人に、テンプル騎士団の宝を発見しましたと報告すればいいわ。連中にThe Invisiblesはそれを必要としていないのは重要なことではないと」
「「頭」はあんたたちの物よ」
言いながら去って行くRobin。サイファーメンたちは頭を抱え込む。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
「ピンの上で何人の天使が踊れるか?」は、他に重要な問題があるのにさして意味のある結論も出ない無駄な議論を続けることの暗喩。大昔の神学論というあたりに起源があるらしい。
他の花盛りの島々があるに違いない
命と苦痛の海の中に
1818年、ベニス。
「シャイロー?」バイロンは声を掛けながら、木々に囲まれた一軒の家に近付いて行く。
開かれたフレンチドアの奥には、シェリーがペンを片手に悩みながら机に向かっている。
B:「シャイロー?そこにいるのか?」
B:「なぜ君は妻と一緒にいないんだ?メアリーは君が、もう何日もここに隠遁してると言ってたぞ。彼女は君と話したがっている」
S:「私たちがお互いにどんな話ができるというんだい、ジョージ?私たちの小さな娘が亡くなったというのに。私にとっては、仕事が唯一の慰めだ。この『ユーゲニア山中にて詠める詩』が」振り向いてシェリーは言う。
S:「君との最近の論考について行間に差しはさみたいと思っているのだが、今はうまく心を込めることができない。できるのは苦痛のみをページに注ぎ込むことだけだ」
B:「ああ、シャイロー、シャイローよ…。傷ついた殉教者を演じるのはやめ給え。我々は詩人であるだろうが、その前に単なる人間、ジョージ・バイロンとパーシー・シェリー以上のものではないのだ」フレンチドアの外の階段に腰を降ろし、バイロンは話す。
B:「地平線上の輝く都市を追い求めるのはやめるんだ。君は塵の中に崩れ折れるだけで、力を使い果たし、その壁に近付くことさえできないんだ」
B:「パンティソクラシーを憶えているかい?サウジーとコールリッジが思い描いた理想的なコミュニティのヴィジョンだ。そこではすべての財産が共有され、男女は平等に至福の田園風景の中で暮らすのさ。ハッ!」
B:「口喧しい、聖処女信奉者のサウジーが、コールリッジのだらしなさや終わりのない夢想家ぶりを厳しく非難し始めた時、その夢想がいかにあっけなく崩れ去ったことか」
B:「そして尊い友情は地に堕ちる。怒りにより、妥協と誤解により」
S:「そして、それゆえに我々の希望と夢も失墜せねばならないのかい?」フレンチドアに立ち、バイロンに語り掛けるシェリー。
B:「誰が構うというんだ?未来について話すのをやめろよ、シャイロー。君をもっと必要としている妻と子供のところへ行くんだ」
同じ場所に立っているシェリー。だが階段にはバイロンの姿は無い。
S:「想像の中でさえ、君は私を非難するのかい、ジョージ。私は未来について話すことをやめることはできないよ。私には、これから生まれてくる子供、苦しんでいる民衆に言わなければならないことが沢山あるんだ」
S:「私はユートピアがどこにあるか知っている」
S:「それはここさ」シェリーは自分の頭を指さして言う。
S:「我々が思い描き、探し求める、愛、美、真実はどこにあるのか?黄金の国、永遠の新しさは?時と痛みに触れられないすべての心の棲み処は?」
S:「ここさ」
S:「我々が成長し、それを理解し、帰って来るのを待っているのさ」
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
冒頭の囲み内は、シェリーの詩、「ユーゲニア山中にて詠める詩 (Lines Written among the Eugenean Hills :1818)」より。『シェリー詩集』(佐藤清・訳) グーテンベルク21刊に翻訳されたものが収録されています。のだが、実はこの後にもう一度シェリーのパートがあり、そこではこの詩がかなり長く引用されている。さすがに引用先を書いてリンクを張ったからと言って引用していい量なのか?と心配になったので、こちらでは全部自分ででっちあげることにした。ちゃんとしたのを読みたい人はリンク先のを買って読んでください。ちなみに自分は読んでないので。いや、ちゃんとしたやつ読んでたら真顔でやれんだろう。詩だぞ。
パンティソクラシーは、18世紀に詩人のサミュエル・テイラー・コールリッジとロバート・サウジーによって平等主義的共同体のために考案されたユートピア的計画。パンティソクラシーって……。ああ、ストライクウイッチーズのようなユートピアが頭に浮かぶ…。私のような人間が一生知るべきでない言葉だったのだろう…。パンツ理想郷…ではない。
風車の中。
「私が誰だか知ってるかい、Orland?」Fannyは憑りつかれたような表情で片手を上げて言う。
「私はOmeteotl、十三階層天の二重の神、神々の祖母」
「Tezcatlipoca、煙を吐く鏡。Tlaloc、雨の神。翡翠のスカートのChalchiuhtlicue」
「Xiuhtecuhtli、トルコ石の主。Tlazolteotl、糞便を食する者、汚れの女神」
「なぜその名を知っている?それらは原初の太陽に遡る旧き名だぞ」Orlandは怯みながら言う。
そして、FannyはOrlandの前に、巨大な骸骨の神となって立つ。
「そしてMictlantecuhtli、死の国の主。嗚咽の場の。肉を失った者の場の」
「お前は棲み家から遠く離れ彷徨い過ぎたな、小さなOrlandよ。小さな未完成の者よ。お前は此処、第四の太陽の世界には属しておらぬ」
驚愕するOrland。
「お前はXipe Totecの名を盗んだ。主は快く思ってはいないぞ」
「近寄るな!私に近寄るな!」怯えて後退るOrland。「近寄るな!連れて行かないでくれ…」
傍にしゃがみ込んでいたDaneは、Orlandの様子を見て立ち上がり、片腕を掴んで背後の柱にナイフで釘付けにする。
「捕まえたぞ!あの野郎を捕まえたぞ!」
壁の前で、うめきながらもがくOrland。
「目を塞ぐのよ、Jack!ミクトランへ通ずる骨の扉を開くわ!」Fannyが言う。
「何だって?何を言ってるんだ?」
「ミクトラン。地獄。地獄への扉。口を閉じるのよ!目を塞ぎなさい!見ては駄目よ!」
「カタカタカタと扉が開いて行くのが聞こえるかい、Orland?お前を呼ぶ、異世界の悲嘆の言葉が聞こえるかい?」
「お家へ帰る時間だよ」FannyはOrlandを見据えて言う。
「お前の兄弟たちが門でお前を待っているよ」風車周辺の空間が歪み始める。
「やめろおお!私を連れ戻すな!」
Orlandの身体は、異世界の地獄からの力で引かれ始める。
その力により、Orlandは内側から破裂し、黒い液体となり地獄の門に吸い込まれ始める。「私は行かないぞ!」
「なんだこりゃあ!」目を覆いながらDaneが叫ぶ。「この歌は何なんだ?ぞっとする!」
やがてOrlandの言葉は意味をなさない喚き声となり、身体は人間の形をとどめられなくなって行く。
そして、身体を覆っていた皮膚の一部と、服のみが残り、崩れ落ちる
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
Fannyが名前を挙げているのは、すべてアステカ神話の神々。
Ometeotl(オメテオトル)はアステカ神話の創造神。その名は「二面性の神」を意味し、 対立する二つ(男と女、光と闇、秩序と混沌、静と動など)を兼ね備えた完全なる存在と言われる。
Tezcatlipoca(テスカトリポカ)は大熊座の神であり、夜空の神。アステカ神話の神々の中で最も大きな力を持つとされ、キリスト教の宣教師たちによって悪魔とされた。
Tlaloc(トラロック)は雨と豊穣の神。干魃と雨を司っているという信仰から、アステカ人は子どもを生け贄として捧げていた。
Chalchiuhtlicue(チャルチウィトリクエ)は水の女神。Tlalocが空から降って来る雨の神であるのに対し、地上に既にある川などの水を司る女神。「翡翠のスカート」はその名、chalchihuitl(翡翠)+icue(スカート)。
Xiuhtecuhtli(シウテクトリ)は火の神。その名は、xihuitl(トルコ石)+teuctli/tecuhtli(主)。
Tlazolteotl(トラソルテオトル)はアステカ神話の地母神。穢れの神格化であるとともに、浄化・癒しの神でもある。
Mictlantecuhtli(ミクトランテクートリ)は最下層の冥府ミクトランの王にして、死の神。
Xipe Totec(シペ・トテック)は穀物の神。「皮を剥かれた我らが主」の意味の名を持つ。
シャーマンであるFannyがアステカ神話の神を呼び出すのは彼女(?)の出自に関わることなのだが、その辺については少し先で詳しく語られる。
サンフランシスコのKing Mobたち。
「この方法は気持ち悪すぎる。あたしもうこれやめる。ホントにビビってる」
アイマスクを着け、クッションに横たわった女が、譫言の様に呟く。周囲ではドラッグで虚ろな表情になった若者たちが、死んだように横たわる。
「”快楽主義工学と発展”。新たな革命。200年に亘る一群の頭から、別の頭へ」
ドラッグに溺れる者たちが集う部屋の前で、やや呆れ顔で言うKing Mob。
「ねえ、K.M.。あたし風車に戻るころなんじゃないかと、本当に思ってる。あたしこの全てにうんざりしてるのよ」Boyは言う。
「他のみんなは大丈夫か気になってるのよ。そうでしょ?」
「ああ、そうだな」King Mobが答える。
踊っている人々の中で、少女たちと話すサド。
「つまりね、時間の終わりにはこの引力があるようなものなの。ある種のシンギュラリティやブラックホールみたいな。それでそれは私たちすべてを、そこに向かって引き寄せてるわけ。それで物事のスピードは速くなっていってるのよ」
「歴史は2012年の12月22日の朝で終わりを告げるわ。それがテレンス・マッケナの言ってること。易経を使えばわかるわ。その時には35になってるはず。やあねえ」
「でもあたしたちはみんなハイパースペースの中への進化的跳躍を遂げる、みたいな?だからそれは本当は重要じゃないのよ。そこは楽園のはずだから」
「DMTを使えば、別の側でマシン・エルビスに繋がれるわ。今DMTを手に入れにくくなってるのが厄介なのだけど」
「興味深いね。犬みたいにヤるのは好きかね?」サドが言う。
「あらあ、あなたってクールね。お年寄りにしてはってことだけど」
king Mobがサドの背に寄り掛かって声を掛ける。
「<俺たちゃそろそろ帰ろうと思うんだがな。もうあんた一人で大丈夫かい?俺たちのエージェントが、様子を見るために接触してくることになるはずだが>」
「<私のことなら心配ないさ。この大層な混乱に親近感を抱いておるよ>」
「<そしてずいぶん沢山の新たな素晴らしい友人もできたしな>」
DMT(ジメチルトリプタミン)は、自然界に存在する幻覚剤。熱帯地域や温帯地域の植物や一部のキノコ、ある種のヒキガエルなどに存在する。えっとこれって一応注釈入れといた方がいいやつだよね。注釈多すぎて入れる尺度がわかんなくなりつつある…。で、テレンス・マッケナはスルー。
レンヌ=ル=シャトー。
チェスの駒を掴む手。「クィーンをF7へ。メイト」
「それで」チェス盤を見つめながらSatanは言う。「君は聞いたのかね?テンプル騎士団の秘密について知ったのかね?」
「君は百年前、ベランジュ・ソニエールが聞いたことを聞いたのかね?」Satanは前に立つRobinに言う。「彼はそれを悪魔アスモデウスの声だと思った。洗礼者の敵」
「聞いたわ。あれは言語ね、そうでしょ」
「真言だ。バベルの後失われた。天使の言語だ」
「切断された頭という象徴は、謎の中の謎を備えている」
「”我アルカディアに…”。アルカディアに、パラダイス、あるいはユートピア、あるいはそう呼びたいなんかに。あたしたちは皆、あそこの頭みたいに話してるってこと?」Robinは言う。
「そういうこと?宝というのは新しい言語ということなの?」
「新しいものではない。永遠のものだ。異言は恍惚と夢の言語なのさ。原初の舌に灯った火だ」Satanは言う。
「それは無意識の原型の声。聞いた者はみなそれぞれ別に解釈する。誰もが自身が聞くべきと思った形に聞く」
「無意識の語りは、直接無意識より発せられる。不可視の発言だ」
「それが共通言語となるような場所で、我々はどのような世界を創り上げるのかね?」
「私はその場にいてそれを見届けようと思っている。多くの者たちが我々がそこへ行くのを止めようとしているがね…」
「教会の中の哀れな出来損ないみたいな連中かしら?」Robinが言う。
「私のような年齢に達した者は、争いの本質が見通せるようになる」
「その者から見ればその総ては本当のところ」
「ただのゲームなのさ」Satanはチェスの駒を差し出して言う。「君もやってみたいかね?」
「あたしは今日はやり過ぎたわ、せっかくだけど」Robinは言う。「あなた言うほど年を取ってるように見えないけど」
そして歩き去って行くRobin。Satanはチェス盤の前に座り続け、言う。
「そうさ、私は年を取らない」
翼を畳み彼らは座して待つ
私の遠吠えのために、それを操るために
何処かの静かで花咲き誇る入り江に、
私と私の愛する者たちのために、
穏やかなあずまやが建てられるだろう、
シェリーの籠っている家の前に、メアリーと妹のクレア・クレモントが、シェリーの小さい息子ウィリアムを連れてやって来る。
C:「彼はずいぶん長くあそこに籠っているわね。心配だわ。あんな彼を見たことないもの」
M:「たぶん彼は、書くことで私たちの娘に生き返らせられると考えているのね」
M:「全ての世界に知らしめるため、その痛みを自身に釘付けできる、詩人たちは何と幸運なのでしょう」
M:「十字架に吊るされることについては多くのことが言われているわ、クレア。下を見下ろし泣いている人々を見る必要はない。むしろ空を見つめろと」
M:「恐らく、彼が出てくることはないわ」
クレアはウィリアムに、川にアヒルを見に行きましょうと小声で話す。
情熱 痛み そして罪悪感より遠く離れ
芝に覆われた丘の中の小さな谷間にて、
そこには荒々しい海のざわめきが満ち、
そして柔らかな日差し、そして音が
旧き森の音が響き渡る、
そして神々しい光と香り
すべての花の呼吸と輝きにより:
書き上がった詩を読むシェリー。
私たちはそこでとても幸せに暮らすだろう
そこでは空気の聖霊が、
私たちを妬み、誘い込むかもしれない
私たちの癒しの楽園へ
汚れた多くの者たちを;
だが彼らの怒りは鎮められるだろう
その地の神性と平穏により
振り向き、外に目を向けたシェリーは、そこにメアリーが立ち続けていることに気付く。
そして全ての争いを癒す愛が
生命の息吹のように巡る、
甘美に住まう全てのものに
自身の穏やかな兄弟愛により:
それではなく、彼らが変化するだろう、そしてすぐに
月下の全ての聖霊が
無為な妬みを悔い改めるだろう
詩を投げ出し、フレンチドアから足を踏み出すシェリー。
そして大地はふたたび若返るのだ
シェリーとメアリーは抱き合う。
「畜生!」うっかりOrlandの残骸に足を踏み込み声を上げるKing Mob。
「どうやってOrlandをこんなにしちまったんだ、Fanny?」床の服をつまみ上げながら言う。
「あたしあいつを怖がらせちゃったみたいね。明らかにあいつこれまでトランスジェンダーを見たことなかったわね」Fannyは言う。
「それからあたし自分に死の神Mictlantecuhtliを乗り移らせたのよ。二度とごめんだわ。あたしまだ臭いもの」
「気に入らんな。まず俺たちのタイムトラベルコードが解読された。そしてOrlandだ。あのOrlandの野郎が、風車の結界をすり抜けた。クソッ!」King Mobは言う。
「どうだ、Jack?大丈夫か?」
ムッとした顔のDane。
「ああ、俺ぁ絶好調だぜ、ダンナ!誰かがあんたの指を断ち切りばさみで切ったら、あんたも絶好調になれるぜ」DaneはBoyに手当されながら言う。
「どう思うよ」「まだ動かないで、Jack」
「俺の手を見ろよ!俺はひどい目に遭ったんだ!」小指を切断された手を上げ、怒りの表情で叫ぶDane。
「俺は奴を撃ったのに、あいつは死ななかったんだ!」
「Orlandは人間じゃなかった。奴は悪魔だ。これがThe Invisiblesなんだ、Jack。わけのわからんことが常に起こる」King Mobは言う。「奴が俺たちに近寄れるはずは無かったんだが…」
「ああ、奴は俺の近くまで来たぜ、問題なくな!」Daneは言う。「まず俺は過去にいる夢を見た、そんで奴が俺の指を切り落として目が覚めたわけだ!」
「俺はあんたらがぶち壊しにするまでは、普通に暮らしてた。指も揃ってた」
「あんたら大勢は役立たずだ!座って眠ってただけ!唯一起きてなんかしたのは、ドレスのオカマちゃんだけさ」
「何者かが敵に俺たちの全ての行動に関する情報を流してた可能性を考えなきゃならん」King Mobは言う。「こいつは深刻な問題だ」
「俺にゃあカンケーねえよ。俺はあんたらと何もするつもりもない。俺は決めたんだ、分かるな?」Daneは言う。
「あんたらはあんたらのクソみてえなInvisiblesを続けりゃあいいし、そいつをあんたらのケツに突っ込んどけよ!」
「俺は帰るからな」
何らかのスコープを通して風車を見る目。「この場所です」何者かが言う。
「奴らを捕捉しました」
橋の下、数人の若者と共に一人の男が佇んでいる。背後の壁には人と犬の影を描いたペイント。その上に”Et In Arcadia Ego”の文字。
俺はずいぶん長いこと暗闇で暮らしてきた。この影の中で、橋の下、暗い森の縁、車に乗った男を待つ、金を数える、尻から血と精液を拭く、湿った朝の憂鬱な光の中で。
これは若い頃、俺が思い描いていたような生き方じゃない。
俺は良い香りの部屋と無限のアイデンティティーの変更を夢見ていた。少年は少女に、少女は少年に。少女であるようにふるまう少年に。
ゴージャスな服と化粧品と音楽と、終わりなき充足感の世界。
男は煙草をくわえたまま、唇の隙間から青い煙を吹きだす。
それらの歳月の後、俺はその世界への扉を見つけたのだと思う。奴の車のヘッドライトが見える。そして俺はずっと待ち続けたときが遂にやって来たのだと知る。
やって来る車のヘッドライトで、男のいる橋の下が明るく照らされる。
奴の運転手はレザーとクロームとブラックビニールを身に着けた十代の少女だ。彼女からは新鮮な雨とセックスが匂う。
自分の意図するところは宇宙の書き直しだ、と奴は俺に話す。奴の運転手により、俺たちは限界のない世界の見本を作るのだと。新たな実験的な未来のコミュニティを。俺たちは途方もない新種の先駆者となるのだと。
男の前に赤いメルセデスが停まる。
俺は奴を信じるのか?
今やそれに意味があるのか?
ドアを開くと、メルセデスは芳香を吐き出し、そして奴が中で俺を待っている。
「<ああ、Thierryよ。君が心を決めたと解釈するが、そうだな?>」車の中から男の声がする。
車内。後部座席に座った男が乗り込んだThierryに話す。
「<あの影…。なぜあんなものが壁に描かれてるんだね?>」
「<抗議活動の連中さ。核戦争に対するなんかだと思うぜ。連中の言うところによると、爆弾が投下されると俺たちの影だけが残り、壁に焼き付けられるそうだ>」Thierryが説明する。
「<俺たちはあの世へ行って、影が地球を支配することになるんだと>」
「<すでにそうなってると私は思うがね>」
後部座席の男 -マルキ・ド・サドがグラスを傾けながらそう言う。
「<しかしながら、我々は彼らの行為を中断させることになる。そうだ、まさに。我々は彼らを、彼ら自身の認知されていない恐怖と願望の荒れ狂う激流の中に溺れさせるのだ>」
奴は俺に、死の家を去り本当の生の国へやって来るようにと話す。俺は特定の年齢も、特定の性も持たないようになる。俺は液体に、水銀になる。奴は、俺は自分の名前も過去も、蛇が古い皮を脱ぐように捨てなければならないと話す。
奴は俺のジャケットの襟に、無地の白いバッジをつける。俺は名無し、不可視、不可侵となり、青い煙を呼吸し座席に座る。俺は奴をどう呼べばいいのか尋ねる。
「<私は神マルキ。私はド・サド>」
「<そして私は遂に解放された>」サドは片手をあげ、合図する。
「ワンワンワン!」運転席の運転手の服に身を包んだ少女が応える。
エンジンは動き出す。
俺は革のシートにもたれ直し、重さを失い、透明になって行く。もう時間などない。俺は目を閉じる。
そして車は、夜に包まれた川沿いの道を走って行く。
そして頭の中で、新しく、より良い世界に陽が昇って行く。
『The Invisibles Vol. 1: Say You Want A Revolution』より 画:Jill Thompson
この一連のシーンの語り手であるThierryという人物、おそらく実在の誰かと思われるのだけど、特定できなかった…。サド同様にフランス語で話しているのでそっちの人かと思うのだけど。こっちの知識不足、探索不足なら申し訳ない。
Thierryの吸っている青い煙は、第1回の#2 Down And Out In Heaven And Hell Part.1で、DaneがMad Tomに連れられロンドンの地下に行き吸ったものと同じものなのだろうと思われる。
最後はマルキ・ド・サド現代に転生!さすがにモリソン先生は時代を先読みしていたねw。サドもカドカワ・コミックスとかならもっとイケメンに描いてもらえたのに。『悪役令嬢転生マルキ・ド・サド~我が思想で全てのフラグを蹂躙する!』。『悪役令嬢転生コールリッジ~乙女ゲーの世界にパンティソクラシーを!』。…いや、その言葉多分一生使うことないから忘れろ…。
…いや、ごめんなさい。まずふざけた方を先にやりたかっただけで、ここからは真面目にやるので…。
フランス革命時代にアストラル体でタイムトラベルし、マルキ・ド・サドをスカウトしたが、その間敵の妨害に遭いチームはバラバラに、ある者はわけのわからない世界に飛ばされ、ある者はひ弱な戦力でモンスター的な敵の前に投げ出されるというストーリーを、情報詰め込みすぎぐらいの2とか3ページぐらいで目まぐるしく場面が切り替わり、間にストーリーに全く絡まない詩人シェリーのエピソードが度々挟まれるというすさまじい展開となった第2章Arcadia。
それにしてもシェリーやサドといった言葉の力で世界を動かそうとする者たちにまつわる話の最後に、意味のない言葉を並べる異言発生装置の洗礼者ヨハネの首が出てくるとか、なんかちゃぶ台返しぐらいの結末かも。
聖書のバベルの塔の話では、誰でも通じる共通の「最初の言語」で話していた人々が、神の怒りで塔が破壊された後は別々の言語で話すようになるわけだが、この第2章の最後ではその「最初の言語」が意味をなさない異言で、それぞれが自分の望むように聞いていたとSatanにより解釈される。ちなみに英語のbabble(意味の無いことを話す)はバベルが語源という説もあるらしい。
それぞれの都合のいい理解・解釈により、陰惨な結果となったフランス革命のギロチン、序盤でKing Mobが立ち寄る再生不可能なまでに破壊されたアジアのどこかの戦場跡なども、こういったそれぞれが自分に理解できる形で聞く「異言」による扇動や命令の結果ということか。ティモシー・リアリーやテレンス・マッケナというような、カルチャー的メンターとされるようなところへの言及も、同様の伝えられる「異言」という意味合いが感じられる。
現代に送り込まれたマルキ・ド・サドも、敵の意図により秩序と統制が守られた世界へ混沌を拡げる、一つの異言発生装置ということなのだろう。
お馴染みPatrick Meaneyの『Our Sentence is Up: Seeing Grant Morrison’s The Invisibles』からの受け売りでもあるのだが、この最後の#8 Arcadia Part.4 H. E. A. D.の、ゴールデンゲートブリッジの上でのKing Mobの「それこそが俺たちが、誰もが望んだとおりの世界という結果に至る軌道を、はずそうとしている理由なのさ。敵をも含む誰もがな」というセリフ、シェリーのユートピアは頭の中にあり、「我々が成長し、それを理解し、帰って来るのを待っているのさ」という話は、結末に至るまでのこの『The Invisibles』全体に深く関わるテーマである。まあ、普通で言えばネタバレ近いんだろうが、これがどうしてそうなるのかここまででわかる人もいないでしょ?まあ全部読んで振り返れば、ここでこんなこと言ってたよなみたいなこと。
ひとつここでお断り。実はここでこれを書くために使っている作品については、単話販売されていたものと単行本化されたものがごっちゃになっている。その理由は、自分が持っている最初の方が単話版のものだから。その理由としては、もう今は亡きComixologyの更に初期の頃って、電子書籍自体の初期のころで、様々なコミック作品が単話版しか販売されてなかった。というかそっちから始めたという感じなんだろうけど。自分の持っているものとしては、そういう事情で最初の方は単話版で、そっちが販売されるようになってから続きは単行本版で購入したというものが結構多かったりして、この『The Invisibles』もその一つ。
それでこういうことをやるからには、自分の持っているものでやるべきだろうと思い、そっちの単話版を使っていたのだけど、途中でそれと単行本版では見開きのページの並びが変わっているケースが多いことに気が付いた。具体的に言えば、単話版で3ページ目と4ページ目の見開きになっていたのが、単行本版では4ページ目と5ページ目になっているというようなこと。それで、やはり現行のそちらを読む人が多い単行本版を使うべきかと思い、途中から単行本版の方に変更したのだけど、何しろこの作品、先にも書いたように2~3ページでシーンが切り替わって行くようなものであり、画像を出す場合単話版の見開きの方が都合がいい場合もあり、最後にはケースバイケースで併用することにした。そんなわけで、そちらで見てる単行本版と画像の並びが違うのがあるのはそういう事情ですので、ご了承ください。
あと、長々と説明しているのにはもう一つ理由があり、実は単行本版では単話版になかったページがあることに最後に気が付いたりということがあったので。#6のKing Mobが、サドを助けるためドアを蹴破って入って来るページが自分の持っている単話版にはなく、次のページ、King Mobがベッドの上をジャンプして入って来たみたいになっている。もう一つ#8のシェリーの最後のシーン、延々と「ユーゲニア山中にて詠める詩」が引用されているページも自分の持っている単話版にはない。
これが最初に出版された時、ページ数の都合かなんかでカットされ、単行本にまとめられた際に追加されたのか、それとも電子書籍制作の際のミスなのかは不明。自分が持っているものはComixologyで購入したもので、現在Kindleで読むことに問題はないが、現在Amazon販売されているものとは別商品ということになっていて、ミスで訂正されても更新されるようなことも無いので。
モリソンはこの『The Invisibles』で、単行本としてまとめられる際に加筆や変更も結構やっているらしいので、この先もこういうものが見つかったら、とりあえずは情報としてお伝えして行きます。
作者について
■Jill Thompson
1966年生まれ。コミック・アーティスト/イラストレーター、作家の他にも、映画、テレビ、演劇など幅広いフィールドで活躍する人。かなり色々あるんだが、なるべく詳しく書いて行かねば。
80年代American Academy of Artを卒業後、Howard Chaykinの『American Flagg!』などで知られるFirst Comicsなどからキャリアを始め、1990年にはDC Comicsの『Wonder Woman』のアーティストになる。その後は主にDCで、マーベルでの作品はあまりない。
DC/Vertigoでは、この『The Invisibles』の他、『The Sandman』の作画も手掛け、『The Sandman』のキャラクターのスピンオフ的作品でストーリーも自身で手掛けた作品もある。なんかその辺の作品、『Death: At Death’s Door』(2003)などを見ると、日本の少女漫画風タッチを試していた時期もあるよう。アメコミが日本のマンガ的画風を取り入れようとしていた時期か。
オリジナル作品の代表作としては、Sirius Entertainmentで1997年から始まった『Scary Godmother』シリーズがあり、こちらはTVアニメーション化された他、Thompson自身も出演する舞台劇としても上演された。
その他、コミックのキャラクター・モデルを務めたことでも知られており、実はあんまりよくわからないのだけど、Alex Rossによる『Kingdom Come』のDuela Dentなどが有名らしい。自作『Scary Godmother』のScary Godmotherもオリジナルモデルは自身ということ。
他にイラストのみ担当も含め、児童書の著作も多数ある。
4話を通じ、インカーはDennis Cramer、カラーリストはDaniel Vozzo。
一年以上かかってやっと終わった『The Invisibles』第2回…。そんなにかかった詳しい経緯を書くと、まあまず、なるべく多くの作品をやらなければという思いに取りつかれた2年目で、4つか5つぐらいの記事を同時進行で進め、これではさっぱり進まんと、3つ、この『The Invisibles』と『Scalped』などのやや時間かかるのと、短く書けるのまで絞って、最終的には残った最後の1話に集中し、1か月ちょいかかってやっと完成という感じ。
最後またやや体調崩したり、本店の方で書いたが最も敬愛するぐらいのハードボイルド作家ケン・ブルーウンの死去というニュースにへこんで数日動けなかったりなどあったけど、時間がかかると言っても実際にはこれも結構厄介だった『Scalped』の精々倍程度だったと思うけど。まあなんだかわからなくて調べてるうちに一日終っちゃったみたいなことも度々あったが…。
ただ、この作品についてはどうしてもやって行かねばならんという思いがあり、これを続けて行かねばという自分自身への3年目に向けた意志表示も含めて、2周年のご挨拶的なものも遅らせ(短くまとめるつもりだけど一応ちゃんと次回やります)てもとにかくここで第2回に集中して終わらせたという次第。
『The Invisibles』というのは言ってみればキチガイ作品、怪作、奇書の類いだ。例えば『Scalped』というのは、これは誰が見たってすごい作品なので、少しずつでもちゃんと読む人が増えてそれが伝わって行けば、将来のどこかの時点で翻訳などという形でもっと広く読まれる状況も生まれてくる可能性もあると思う。だが、もう時代も、出版状況みたいなもんも『The Invisibles』みたいな類いのキチガイ作品には向いていないじゃない?こんな作品はこれこそ自分の使命だと思い込んだ、自分のような頭のおかしいやつが頑張らねば、結構遠い未来ぐらいまで日本に伝わることのないものなのではないか?
世の中やら歴史上に点在するキチガイ作品には2種類あり、一つは本当に頭のおかしい人が作ったものであり、もう一つはキチガイを装っている人によるもの。前者は大抵未完で終わっているが、この『The Invisibles』はちゃんと完結しているので、一応後者に属すると考えられる。これはカトマンズでUFOにアブダクトされたモリソンが、その際異星人に伝えられたメッセージを元に、自分はキチガイになり切り、後に変人が真剣に研究するような奇書を作ろうと考え、かなりロングスパンの伏線や、様々な引用などをぐちゃぐちゃに詰め込み、容易には理解も共感もできないようなストーリーで組み上げた現代のキチガイ作品である。これに臨むからには私もこの思想に心酔し、モリソンを崇拝し、同様に頭も剃ってるぐらいの頭のおかしい奴と思われるぐらいの覚悟でやって行かなければならないのだ。ちなみにキチガイを装うような者は、かなりの部分キチガイで、頭がおかしいと思われても構わんというような奴は基本的に頭がおかしい。
この作品をモリソン経由で伝えられた重要な異星人からのメッセージとして日本に広めるのが私の使命であるという考えで、3年目は色々な作品を紹介したいという考えは同じだが、もっとこの『The Invisibles』に注力する形で続きをなるべく早くお届けするつもりである。まあ今のところ心配なのは、同じく英国出身の誰かや誰かみたいに隠していた悪行が告発され、モラル的にその人の作品が扱いにくくなることなんだが…。モリソン先生、とりあえずそっちの方面は大丈夫だよね…?
The Invisibles
■Deluxe Edition
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