Jeff Lemire初期作品 Essex County/Lost Dogs/Underwater Welder/Sweet Tooth
2年と少し前これを始めた時、まああれもこれもやらなければというところではあったのだけど、その中でも作家という単位で、絶対に日本でも読まれるべきなのにさっぱり広がらないということで、まず推して『Snow Angels』やら『Black Hammer』を紹介してきたのがJeff Lemire。
『Black Hammer』もとりあえず区切りまでやり、まだ続きもあるのだけど、他にあれもこれもやらなきゃでしばらくご無沙汰となってしまっていたのだが、もっとJeff Lemire推して行かなければという思いは常に頭の片隅ぐらいにはあったり。
その一方で、とりあえず新しい作品という方向で、多くの人に読んでもらうのにKindle Unlimitedが有効なのだろうという考えはしばらく前からあり、Comixogy Originalから少しずつ広げて行っているというところで、従来のパブリッシャーの作品でもKindle Unlimited作品が結構増えているのに気付き、少し調べてみたところTop Shelf Productionsの初期のJeff Lemire作品なども現在ではそういう形で読めるということを知ったわけです。
そんなわけで、ここでしばらくやれていなかったJeff Lemire推しの継続として、その辺の初期作品をまとめて紹介して行こうということになりました。
今回紹介するのは、『Essex County』、『Lost Dogs』、『Underwater Welder』、『Sweet Tooth』の4作品。なんかまだちゃんと読めてないのもあるけど、どんな作品かわかる程度には簡単であるけど紹介して行きます。Jeff Lemire作品の読者が日本でも少しでも増えるように。いや、とにかくJeff Lemireはもっと日本で読まれてしかるべき作家なんだって。
■Essex County
まずはこれ『Essex County』。名作中の名作で、翻訳だって出るべき作品なんだけど、もうそんな機会ないんだろうな。
実際にはEssex County三部作で、2008~09年にかけてTop Shelfから出版されたもので、現在出版されているものはこの三部作450ページほどと、関連する短編作品を一冊にまとめたもの。
出版されるとすぐに各方面で高い評価を受け、ちょっとどうなったのかわからないんだが2011年の時点で映画化も発表されている。とりあえず映像化ということでは、地元カナダで2023年に全5話のTVシリーズとして放映されたらしい。
この作品の高評が2011年からのDC『Animal Man』へと繋がり、Jeff Lemireはメジャーなコミックシーンでの人気作家となって行く。
エセックス郡は、カナダのオンタリオ州にある農業を中心とする実在の土地で、そこに暮らす人々を描いたのがこの作品。と大雑把に説明すると、このくらい大雑把になってしまうな…。
三部作の、第1部「Tales from the Farm」が112ページ、第2部「Ghost Stories」が224ページ、第3部「The Country Nurse」が128ページ。そして短編「The Essex County Boxing Club」、「The Sad and Lonely Life of Eddie Elephant Ears: A Tale from Essex County」2作が収録されている。
Tales from the Farm
母を癌で失い、農夫である叔父に引き取られた少年を中心とする物語。
少年は自身を取り巻く世界から自分を守るために、常にヒーローコミックのサイドキックの格好で、アイマスク、マントを着けている。
叔父は長年独身で暮らしてきた農夫一筋の無骨で不器用な男で、少年を思いやる気持ちをうまく表現することができない。
ある日、叔父に連れられ近くのガソリンスタンドへ行った少年は、そこで働く怪我でホッケーのプロリーグを引退した男と出会う。少年に親し気に接し、コミックをくれる男と、少年は次第に親交を深めて行くのだが…。
『Essex County』より 画:Jeff Lemire
以前にも書いたんだが、この「Tales from the Farm」のラスト、明らかに現実で起こったのではないストーリーがそれまでのストーリーと地続きのままに描かれ、それが少年の心に寄り添う形でエンディングへと向かう流れの上手さには本当に感動した。これを読んで、Jeff Lemireというのはすごい作家だと思った。とにかくこれ絶対読んでね。
Ghost Stories
人生の最後に近付いた、農場で孤独に暮らす老人が主人公。
彼の胸には、これまでの人生が去来する。弟と共にホッケー選手として闘った日々。農場。そしてある忘れられない罪…。
「Tales from the Farm」にもテレビで試合を観戦しているシーンも出てくるのだが、ホッケーというのはカナダ人のアイデンティティぐらいのところにあるスポーツなのだなと思わせる作品でもある。
The Country Nurse
第2部「Ghost Stories」で登場した、訪問看護などで老人を介護する看護師の女性が主人公となる。第1部の少年の母の死去にも立ち会っている他、町の世話焼きおばさんとして登場人物それぞれと繋がりを持っている。
20世紀初頭ぐらいに、山奥の教会の孤児院が火災に遭い、生き残ったシスターが孤児たちを連れて安住の地を求め山を下りエセックス郡へたどり着く過去の物語が並行して描かれる。
最終的には、登場したすべての人々が、カバー画のままにエセックス郡という土地の深く大きな根で繋がっているのだと感じさせるエンディングへと到達する。
結構長い間に亘り、これは名作だから絶対読めと言い続けてきたが、やっぱり最初はとっつきにくいと感じられるこの絵柄で、500ページ超というボリュームからなかなか読んでもらえないだろうなと思っていたが、Kindle Unlimitedという形で手軽に手に取れるようになったので、とにかく是非多くの人に読んでもらいたい。500ページ超、全く恐るるに足らずだから。
■Lost Dogs
2005年に自身のAshtray Pressから自費出版され、自費出版作品を対象としたXeric Awardを受賞した作品。後に2011年にTop Shelf Productionsから再版されている。Jeff Lemire作品としては、『Essex County』以前のもので現在読めるもっとも初期の作品。
明確な時代は示されていないが、主な移動手段が馬車で、路面電車が走ってるような時代。
山の上で畑を耕し、愛する妻と娘と平和に暮らしていた大男。
妻と娘と共にふもとの大きな町へ出かけ、港へ大きな船を見物しに行き、そこでならず者の集団に襲われる。娘は殺され、妻は奪われ、男は瀕死の状態で海へと投げ込まれる。
沖合で漁をしていた船によって救助されるが、妻と娘を奪われた怒りから暴れ出した男は取り押さえられ鎖で縛られる。
怪物のような男をどうしたものかと途方に暮れていた船員たちに、港にいた老人が彼を買い取ると申し出る。
その老人にはある計画があった。自身の復讐のための…。
『Lost Dogs』より 画:Jeff Lemire
Jeff Lemire作品中で、作画を含めかなりダークでバイオレンス傾向の強い作品だが、主人公のあまりにも深く、悲しく、優しい家族への想いに打たれる作品。Jeff Lemireの「家族」という作品テーマは、初期から一貫している。
■Underwater Welder
2011年、同じくTop Shelf Productionsから224ページのグラフィックノベルとして出版された。2011年と言うと、Vertigoからの『Sweet Tooth』がすでに始まっており、DCの『Animal Man』も始まったという頃か。
出版と同時に高く評価された作品、ぐらいなのだが、ごめん、これ未読…。いつかのアマゾンのセールで見つけてプリント版買って持ってるのだけど、まあほとんどがなんかもったいないみたいな貧乏性で先送りの結果なのだけど、プリント版から紹介となると、そっちから画像をスキャンするとか面倒だし、あんまりきれいにできんし、みたいなのもあってなかなか手を付けてなかったり…。
アマゾン商品ページからのあらすじと、最初の方の画像でちょっと紹介します。
海上の石油プラットフォームで働く潜水夫の男が主人公。家族への想いなどを抱えながら、深い水圧の底の海底に到達した男は、そこで人生を変えるものと出会う…。
というSF作品らしい。いや、なんかすごく面白そうなんだが。早くちゃんと読んでおけばよかったよ…。今後読んでまためちゃめちゃ感動してこっちに書くこともあるかもしれないが、とりあえずJeff Lemire作品にハズレはないと確信しているので、まずKindle Unlimitedで手に取って見て欲しい。
『Underwater Welder』より 画:Jeff Lemire
■Sweet Tooth
『Essex County』により各方面で高く評価されたJeff Lemireが、ストーリー、作画共に自身によるオリジナル作品として作成し、DC/Vertigoで2009~13年に全40話、TPB6巻で出版された作品。後にNetflixでシリーズ化され、高く評価されたということで、そっちで知ってる人も多いかと思う。
現在Kindle版では元のTPB版全6巻と、オムニバス版全3巻が出版されているが、TPB版全6巻の方がKindle Unlimited。
いや、以前『Black Hammer』やってる頃に、いっぺん代表作であるこっちも紹介しようと思ったんだけど、その頃TVシリーズが人気で、また主人公の少年にずいぶん可愛い子を持ってこられて、「スイートトゥース かわいい」なんて検索キーワードまで出てきて、「ネトフリのスイートトゥースが好きで、原作のマンガがあると聞いて見てみたけど、絵が下手で汚くてがっかりした」なんてこと平気で言いだす奴に来られるのはごめんだ!という感じで断念したのだけど。いやまあ偏見だけど…、ごめん。まあ、その辺のブームも過ぎたようで、今なら大丈夫かと思うしそのうちまた考えるかも。
これもまたすごい作品で、どう書くかと考えると、『Black Hammer』ぐらいがっちりやらんと駄目なのではという気分になるけど、ここでは出だしぐらいのところを少し簡単に。
何らかの大災害により滅亡の縁にあり、ある病気が蔓延し人々が次々に死に絶えて行っている世界。
主人公の頭に鹿の角が生えた少年は、信心深い父親と共に外の世界から隔絶された森の奥に隠れ暮らしている。母は昔に死んだと伝えられ、少年にその記憶はない。
森の外にあるのは炎と地獄で、決して外に出てはいけないと、少年は父に言い聞かせられている。
だが、その父も病に冒され命を落とし、森にはハンターが侵入し、少年は否応なしに外の世界へと向かわざるを得なくなる。
『Sweet Tooth Vol. 1: Out of the Deep Woods』より 画:Jeff Lemire
Vertigo作品については、他にもこっちでやってるものとしても『The Invisibles』や『Scalped』なども全巻Kindle Unlimitedだし、他にも『100 Bullets』やら『Preacher』やらVertigo作品だけでもKindle Unlimitedやる価値あるよな。あっ、私アフィリエイターで正規のアマゾンの回し者なので、臆面もなく宣伝します。
ただまあ自分的にはこの辺のVertigo名作群、ほぼ持ってたりするのであまりその恩恵にあずかれなかったりするのではあるけど。
■Jeff Lemireの画は素晴らしいのだと分かれということ
まあそのくらい分かってるよ、と言う人については今更の蛇足ぐらいなんだけど、世の中に数多いる単純なデッサン力を使っているぐらいのところで絵の上手い下手みたいな判別をできると思ってる人のために、ここで今一度Jeff Lemireの画は素晴らしいのだと確認しておこう。
まず画が上手いということ。こんなこと言い始めたらきりがない。例えばフィリピン出身のJerome Opeña。比較的近作のRick Remenderとの『Seven to Eternity』とか見ると、最盛期の『Uncanny X-Force (2010~)』ほどの衝撃はないが、なんだか本当に0.000何ミクロンとかぐらいのところにある「もっとも正しい位置」というようなところに確実に線を置けるような恐るべき画力は健在。言っておくがこの「もっとも正しい位置」というのは、見えるけどそこに描けないなどというようなものではない。そういう天才的なやつが描いて初めてそこにあるのだと見えるようなもの。そしてそれは単純にデッサン的な正確さではなく、最も美しいとか力強いとか格好いいとかもろもろ総合的な意味においてということ。
ちなみに下に引用した画像のRick Remender/Jerome Opeñaの『Uncanny X-Force Vol. 1: Apocalypse Solution』も調べたらKindle Unlimitedで読めます。
『Uncanny X-Force Vol. 1: Apocalypse Solution』より 画:Jerome Opeña
そもそもデッサン力などというのはそれほど特別なものではなく、訓練すれば大抵の人が身に付けられる程度のものだと思う。運動レベルのもの。別にそれほど必要なものでもないんで学校教育でやらんだけで、逆上がりぐらいのもの。本当に画が上手いということは更にその遥か上にある。いかにデッサン力は優れていても、んーまあ塗り絵に最適ぐらいの評価しかできないアーティストだって山ほどいる。
画が上手いなんていうのは天井知らず。フランスにメビウスやエンキ・ビラルがいて、英国にはBrian Bollandがいて、アルゼンチン出身のEduardo Risso、クロアチア出身のDanijel Zezeljなどなど。世界に目を拡げればいくらでも神業レベルのアーティストは見つかり、そこに基準なんてものはなく、もはや単純に上手い下手なんてレベルが判別できるようなものではなくなる。
そして残るのは、結局絵というのはアーティストの個性やスタイルという考え方。特にコミックにおいては、いかに物語を伝えるかという方法。
その考えにおいて、唯一無二というスタイルで彼にしか表現できない独自の物語を描くJeff Lemireは、文句のつけようすらない優れたアーティストなのだ。
もっとわかりやすくなるのかどうかは知らんが、Jeff Lemireの画は言ってみればプリミティブ・アート的な手法の応用というようなところに属するものでもあるのだろう。Matt Kinditの自身の作画による『MIND MGMT』などもこの手法と言えるし、有名なところでは罫線の入ったノートに作画するという手法のFantagraphicsのEmil Ferris『My Favorite Thing is Monsters』なんかもそうだろう。あ、『My Favorite Thing is Monsters』もKindle Unlimitedっす。
これはあくまで手法の応用というだけで、プリミティブ・アートそのものとは区別しなきゃならんものだけど、なんかFantagraphicsもの色々見てると、その境界線どこなのかどんどんわからなくなってくる。
なんかもっとずっと前に、めんどくさいから「芸術」みたいな箱に放り込んであと放置思考停止みたいなもんもいそうだから、この辺でいいか…。
いや、お前もっと読んでくれてる人を信じろよ!説明もド下手だけどさあ、わかってくれるよね。
『My Favorite Thing is Monsters』より 画:Emil Ferris
最後に画の上手さになんて果てはないのだという実例を、Jeff Lemire作品から一つ。イタリア出身の鬼才アーティストAndrea Sorrentinoとのタッグによる『Gideon Falls』。これは初期作品ではないし、Kindle Unlimitedは1巻だけなのだけど。
マーベルDCなどでも多く共作しているSorrentinoの全力ぐらいを引き出した驚愕のアート。ここまでのものが作られたのは、Lemireのイマジネーションが加わったゆえというのは言うまでもない。
『Animal Man』の初期Travel Foremanもホントすごいんだけど、あれKindle Unlimitedじゃないんで。
『Gideon Falls Vol. 1: The Black Barn』より 画:Andrea Sorrentino
Vertigoの方についてはちょっと書いたけど、Top Shelf Productionsの他のKindle Unlimited作品については書いてなかったんで少し。まずアラン・ムーアの有名な『From Hell』。これ引退で版権引き上げられなかったのの一つなんだろうな。あとしばらく前に『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』が日本でも売れたジェフリー・ブラウンのGirlfriend Trilogy『Clumsy』『Unlikely』『AEIOU』など。あとずっといつか読もうと思って忘れてたEddie Campbellの『Bacchus』とか。
その上のIDWでは、ジョー・ヒルの『Locke & Key』。全部Kindle Unlimitedか確認してないけど、とにかく日本で最初の方少し翻訳されたきりの続きが読めるよ。ジョー・ヒルがストーリー書いたコミック作品も色々読めます。あとIDWといえば『Teenage Mutant Ninja Turtles』なんだけど、これいっぱいあり過ぎて把握できまへん。あと『30 Days of Night』の続き。これも全部かは確認してないけど、とにかく一部映画になったり、日本で翻訳された初期三部作の続きなど。『Star Trek』とかいっぱいあるけどこれもよくわからん。とにかく色々あるからね。
最後やや雑になってごめん…。とにかくKindle Unlimitedで読める海外のコミックはかなりあるんで、なんかこれが入り口になんないかと思っているので、出来ればまたいろいろ紹介して行ければと思っています。前にやった新旧ヴァンピレラもかなりの部分Kindle Unlimitedだし。あと前回ちょっと言ったValiantもかなりまとまった量がKindle Unlimitedなので、ちゃんとまとめれば読む人が増えそうに思うんだが?色々やんなきゃならないこと多いけど、出来るだけ頑張りますですよ。
あ、『Black Hammer』の続き…。『The End』終わってもうその先も出てるんだけど、どうしよう…。
Jeff Lemire初期作品 Kindle Unlimited
■Vertigo
●Sweet Tooth
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