Werewolves of Montpellier / Jason

今回はノルウェーのコミック作家Jasonによる『Werewolves of Montpellier』。2009年の作品で、英訳版はFantagraphicsより2010年に出版されています。

まず疑問なんだが、なぜJason作品いまだに日本で出版されていないんか?

初めてJason作品読んだのって結構前だけど、その時まず思ったのが、あーこりゃどっかの美術系かオシャレ系サブカル出版社が出すな。いや、もう出てるかも。

以来しばらく経つし、時々思い出したように調べて、今回も書き始める前に今度こそ出てるかも、って調べた見たけどナッシング。

なんだろ?どう考えたってこんな引きこもりレベルより遥かにコネクションやらネットワーク持ってる人山ほどいるだろうし、誰も見てなかったらそっちの方がホラー。それともそういう出版社もはや絶滅したか?

これほど日本で出せば、うまく行けばジェイソンブーム起こせるかも、ぐらいのものが日本で翻訳されない理由として考えられるのは、もしかしたらJason氏が日本での翻訳出版を断固拒んでいるという可能性である。

例えば日本国民なら誰でも、日本以外の世界全体ぐらいの諸外国で、忍者が甚だしく誤解されているという認識は持っているだろう。

で、このJasonさんノルウェー出身。ノルウェーと言えばバイキング、海賊。なんだこの海賊は!?海賊は麦わら帽子なんて被ってないし、腕なんか伸びないぞ!本当の海賊はつの兜をかぶってひげを生やしてるんだ!こんな出鱈目な海賊認識を広めているような国には、絶対に俺の作品は出版させんぞ!

とか。

そんなわけで、もしかしたら未来永劫日本で出版されることはないのかもしれないけど、読めば絶対好きになるJason作品に、ちょいと触れてみてください。

Werewolves of Montpellier

■登場人物

登場人物…、と言ってもJason作品に普通の意味での「人」は出てこない。すべてのキャラクターは、二足歩行で人間のプロポーションをしているが、頭は何らかの動物。それを踏まえて、主な登場人物は以下の通り。

Sven:主人公の犬男。職業:宝石泥棒。

Audrey:Svenの向かいのアパートに住む女性。クマ?Svenの友人で何かと助けてくれる。同性の恋人がいる。

Igor:Svenのチェス仲間の鳥男。

狼男:モンペリエの街に現れたという狼男を探している。

登場人物はすべて動物で、形は人間と同じだが、服を脱いだ体も動物。しかし、画像の中にも見えているが、猫だけは普通に猫。

■ストーリー

宝石泥棒のSvenは、深夜目星をつけていた家に忍び込み、タンスを物色していた。ところが、眠っていると思っていた家人が目を覚まし、Svenを見つけてしまう。慌てて窓から出て屋根伝いに逃げるSven。

翌朝。

買い物に出て新聞を買って帰ったAudreyが、Svenの部屋にやってくる。

「あなた新聞に出てるわよ。」

紙面には”狼男現る!”の見出しと、その下には狼男のマスクを着けて屋根を走るSvenの写真。

「しまった。」

「あなたなんで泥棒に入るときに狼男のマスクを被るの?」

「第一には顔を隠すためだけど、もし見つかった時には、相手がビビッて逃げる隙ができるからさ。」

その夜、街の墓地でその記事について話す二つの影があった。

「あの写真を見たか?」

「ああ。」

「あれはおそらく新しくここに来た身内に属してないやつだ。」

「上は我々の存在が公になることを嫌がっている。」

「奴を見つけ出し、罰して、ああいったことはやめさせなければならない。」

「次の満月に向けて、準備しろ。」

『Werewolves of Montpellier』より 画:Jason

こうして始まった物語。Sven君は、果たして狼男たちの追撃から逃れることができるのか?

というサスペンス展開になるのかと思いきや、ここからのんびりした感じでSven君の日常が続く。

鳥男Igorと他愛ない会話を交わしながらチェスをしたり、Audreyと海岸に出かけてバドミントンをしてみたり、Audreyの部屋でのパーティーに呼ばれ、世話焼きの彼女から女性を紹介され、付き合ってみるけどうまく行かなかったり…。

スタイルとしては常に1ページを8分割したコマ割りで、基本的には1ページで1エピソードだが、2ページ以上に話が続いて行く場合もある。

少なめのセリフが淡々と続き、カメラを動かしたり、構図を切り替えたりが少ないミニマル的な手法で、表現される。

ユーモアを基調としたものだが(そもそも犬男が狼男に、というところからギャグ)、必ずしも1ページエピソードの最後にオチがあるわけではないし、笑いが全くなかったり、悲しいエピソードのページもある。

『Werewolves of Montpellier』より 画:Jason

主人公Sven君の仕事は宝石泥棒なのだが、隣のAudreyをはじめ、みんなそのことを知ってるし、Sven君も隠す素振りもない。仕事は?と訊かれれば、ルパンよりフランクに「宝石泥棒です。」と答えたりもする。

なんで泥棒になったの?とAudreyに尋ねられ、Sven君はこう答える。

「ブリュッセルに住んでるとき、道である英国人に会った。そいつは強盗にあって家に帰る金がないので貸してくれと言ったんだ。」

「俺はもちろんそんな話は信じなかった。」

「俺は男にそう言ってから、こう付け加えた。」

「だが、実験として君に金を渡そう。もし君がその金を返してくれたら、人には信頼する価値があると思うことにする。」

「もちろん、その金を二度と見ることはなかったけどね。」

「そういう理由?」とAudreyは応えて、読者の思いを代弁するようにSven君の胸に、ポコンと一発パンチ。

狼男の話に戻ってくるのは、後半の後半ぐらい。そこで満月になったということだろう。

果たしてSven君の運命や如何に?

50ページほどの小品で、セリフも少なく、ゆっくり読んでもすぐ読める。

「奥が深い」、「含蓄がある」など馬鹿評論家面で堅苦しく格好つける必要などなく、楽しく気持ちよく読めばいい。このシーン好きだなあ、と何度も見返したり。

私は紹介してる中にも出てきた、海岸に行ってバドミントンするところが好きで何度も見てるな。別にそれ以上の意味があるエピソードでもないと思うけど。

読めば必ずあなたも好きになる楽しくて気持ち良いJasonワールド。だから読んでみろって。

作者について

Jason wikipediaより

Jason(本名John Arne Sæterøy)は1965年、ノルウェーのモルデに生まれる。1981年にノルウェーのコミック雑誌「KonK」でデビュー。以来同誌では多くのショートコミックを発表している。

1995年に、初のグラフィックノベル『Lomma full av regn (Pocket Full of Rain)』を発表し、97年にはノルウェーのコミック賞であるSproing Awardを受賞。

1997年には不定期刊行の個人コミック誌「Mjau Mjau」を創刊。こちらでもSproing Awardの受賞がある。

2002年からは、グラフィックノベルに専念し、現在はこの作品の舞台でもあるフランスのモンペリエに在住している。

彼の作品には白黒のものとカラーのものがあり、明確なクレジットはされていないのだが、フランス語のWikiによると、どうもカラーはHubertという人がやっているらしい。

■Jason著作リスト

こちらの著作リストは、英語版のwikipediaを元に作成したものですが、アメリカでの出版年代順になっており、もう少し正確なものはないかとフランス語版を見てみたところ、並び順は同じのよう。どうもフランス語バンドデシネで発行された後、英語版がFantagraphicsより出版されるという形になっているらしい。まあ自分が読めるのも、日本から手に入りやすいのも英語版であるので、そちらの英語版の出版年代順のままのリストとなっています。

発行年 タイトル 補足
2001 Hey, Wait… 「What I Did」に再録
2002 Sshhhh! 「What I Did」に再録
2003 The Iron Wagon 「What I Did」に再録
2004 Tell Me Something 「Almost Silent」に再録
2004 You Can’t Get There from Here 「Almost Silent」に再録
2005 Why Are You Doing This?
2006 Meow, Baby! 「Almost Silent」に再録
2006 The Left Bank Gang
2007 The Living and the Dead 「Almost Silent」に再録
2007 I Killed Adolf Hitler
2008 The Last Musketeer
2008 Pocket Full of Rain 初のグラフィックノベルLomma full av regn
2009 Low Moon 収録作:Emily Says Hello, Low Moon, &, Early Film Noir, You Are Here
2010 Almost Silent Tell Me Something, You Can’t Get There From Here, Meow, Baby!, The Living and the Deadの合本
2010 Werewolves of Montpellier
2010 What I Did Hey, Wait…, Sshhhh!, The Iron Wagonの合本
2011 Isle of 100,000 Graves ストーリー:Fabien Vehlmann
2011 Jason Conquers America Jasonアメリカ10周年記念出版 インタビュー及び未公開作を収録
2012 Athos in America 収録作:The Smiling Horse, A Cat From Heaven, The Brain That Wouldn’t Virginia Woolf, Tom waits On The Moon, So Long, Mary Jane, Athos in America
2013 Lost Cat
2015 If You Steal 収録作:If You Steal, Karma Chameleon, Waiting For Bardot, Lorena Valazquez, New Face; Moondance, Night of the Vampire Hunter, Polly Wants a Cracker, The Thrill is Gone, Ask Not, Nothing
2017 On the Camino
2019 O Josephine! 収録作:The Wicklow Way, L. Cohen: A Life, The Diamonds, O Josephine!
2021 Good Night, Hem
2022 Upside Dawn 収録作:Woman, Man, Bird; Perec, PI, I Remember, Vampyros Dyslexicos, Seal VII, The Prisoner in the Castle, Crime and Punishment, Ulysses, Ionesco, What Rhymes With Giallo?, The City of Light, Forever, Who Will Kill the Spider?, One Million and One Years B.C., EC Come…; …EC Go, From Outer Space, Etc.

■Fantagraphics

版元であるFantagraphicsについても言及しておかなければ、というところですが、始めたら下手をするとここまでの全文以上になりかねんので、今回は1979年よりアメリカ国内外のとんがった作品を出版し続けている出版社、ぐらいで。Fantagraphics作品については、ここからガンガン紹介して行くつもりでありますので、またいずれ余裕のある時にもう少し詳しく。

なんとかヨーロッパ作品まで揃い、これからというところだけど、今後のヨーロッパ作品の紹介については、少しややこしくなるかな、と思っています。何かというと、昨年2月の日本的にはcomixologyショップの消滅という事態により、ヨーロッパのコミックのパブリッシャー、Europe ComicsやCinebooksなどの作品の購入が難しくなっているという問題です。

まあ日本のアマゾンでも購入できる作品の多いHumanoidやら、今回のようなFantagraphicsの英訳ものやら、あのHardcase crime Comicsが結構ヨーロッパ作品も多く含まれたラインナップだったりと、簡単に入手できる形で紹介できるものもたくさんあるのですが、場合によっては、米Amazon.comの商品ページにリンクを張るようなちょっとややこしいのも出てきてしまうかな、というところです。

しかし、魅力的な作品が数多い一方で、日本へ紹介される経路が幅狭いとしか思えないヨーロッパ作品、ここからなるべく沢山紹介して行ければと思います。Jasonもまたやるよ。

Jason作品

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