Harden / Joaquim Diaz

超バイオレンス バンド・デシネ!

今回はバンド・デシネ作品、Joaquim Diaz『Harden』。2013年にバンド・デシネ老舗Lombardより各約60ページの2分冊で発行され、2016年にEurope Comicsより英訳版が発行されました。

というところだったのですが、やはり昨年のComixologyの米Amazon.com内への変更、事実上の店舗消滅化により、米国からもバンド・デシネの撤退が著しく、英語圏への進出を目指したEurope Comicsもほぼ終了状態となり、現在は米国での英訳版の販売も終了になっています。こちらの画像も仏Amazonから持ってきたもので、もちろん販売のない日本のアマゾンにはつながっていません。画像サイズ合わせようかと思ったけど、でかい方がカッケーからこのままでいいや。
まあそんな感じで、ちょっとバンド・デシネ紹介しにくい状況になってしまっているのですが、知ったことか!こういう時だからこそ力を入れて紹介して行かなければならんのだ!とりあえずは手持ちの英訳版片っ端から紹介し、行く行くはオリジナル仏語版まで乗り出して行こうという、これがその第1弾です!

この作品のテーマを一言でいえば「怒り」ではないかと。怒りが暴力という形で噴出、解放されて行く姿をハイボルテージで描いたのがこの『Harden』という作品。そこのところをちゃんと表現できるかイマイチ自信ないぐらいなんだが、極力頑張ってやって行きます。なお、この作品については、一方で入手も難しく、その一方でちゃんと見せ場をはっきり伝えられないのもよくないので、全面的にネタバレになりますので、ご注意を。

Harden

最初に簡単にあらすじを紹介。
この物語の主人公Ismael Vasquezは、かつて兵士としてイラクに派兵されたとき、実験体として謎の薬物を注射され、それにより怒りなどの感情で戦闘能力が異常に上がるが、制御不能になり多くの民間人をも殺戮したという過去を持つ男。
現在は故郷であるアメリカの南米系移民のスラム地域に帰還し、平和に生きたいと望んでいるが、時折襲って来る戦場のフラッシュバックに苦しんでいる。
薬物がもたらした彼の肉体への影響も大きく、病院に通い芳しくない検査結果を聞かされる。
平穏を望むIsmaelだったが、かつて彼もその一員だった地元の勢力拡大を図るストリートギャング組織が、彼の組織復帰を強制してくる…。という話。

■キャラクター

書き始めてみたら、結構重要キャラクター多くて名前だけではわかりにくいかと思い、キャラクター一覧を作りました。

  • Ismael Vasquez:
    元兵士。軍の秘密実験で強力な兵士に肉体改造されたが暴走。除隊後も後遺症に苦しむ。

  • Maria:
    Ismaelの姉。シングルマザーでGabrielの母。

  • Gabriel:
    Mariaの息子。Ismaelを慕う。

  • ゴーストの少年:
    イラクで暴走したIsmaelに殺された少年。Ismaelの幻覚に現れる。

  • Tuko:
    南米系移民のストリートギャング団A.Cafdosのボス。

  • Marco:
    A.Cafdosのメンバー。ボスTukoの弟。

  • Carlos:
    A.Cafdosのメンバー。Ismaelの昔からの知り合い。

  • マスクの男:
    A.Cafdosのメンバー。知能に障害がある。ギャング団ではPequeroと呼ばれている。

  • Dwain:
    刑事。ストリートギャングの抗争事件を担当する。

  • Carmen:
    麻薬中毒の女性。堕落した生活から抜け出したいと願っている。

■Volume 1 -Sin Piedad-

薄汚れた住宅の室内、だらしない格好の女が、ソファからテーブルに足を乗せ、TVを観ている。床に寝そべる大型犬。
テーブルの上のスマホが鳴る。女が応える。
「あのろくでなしならいないよ!どこをうろついてるやら!」

外の通り。雨。雨合羽のフードを目深にかぶった男が歩いて来る。通りは渋滞し、苛立ちわめく声が聞こえる。

室内。女がスマホに文句を言い続けている。ドアベルが鳴る。
女がスマホで話しながらドアへ向かう。鳴り続けるドアベル。
「ちょっと待って!どっかのイカレ野郎が家のドアベルを壊そうとしてるんだよ!」
ドアスコープから外を見る女。雨合羽の男が消火器を振りかざしている。
「?」
次の瞬間、消火器でドアがぶち破られる。

男が駆け込んでくる。女は大型犬をけしかける。
「殺せ!」
男は拳で犬を壁に叩きつける。そして女の顔を掴み壁に押し付ける。
「よく聞け。その方が身のためだぞ。奴は何処にいる?」
「Carlosは何処だ!?」

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

最初のこれは、1巻終盤につながるシーン。
ここで時間は戻り、最初から始まる。

Ismaelは病院の診察室で医師から検査の結果を聞いている。
「全体的に良くないねえ。手術をすれば改善すると思うが、かなり高額になる。当面は投薬治療で抑えていくしかない。」
話を聞いている最中から、病院を出るまでも頻繁に咳をするIsmael。
車のラジオは地域の犯罪の増加傾向を告げ、車から見える外の通りの風景もそれを裏付けるようだ。

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

Ismaelは、イラクから帰還してから滞在している姉の家に戻る。
姉Mariaとその息子のGabrielが温かく迎える。彼の身体を心配する姉は、Ismaelにいつまでも好きなだけ滞在するようにと告げる。

深夜、Ismaelは悪夢にうなされ目覚める。
悪夢の中では彼が殺した者たちが、ゾンビとなって彼を糾弾し続ける。

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

序盤から画の引用が立て続けになってしまっているのだが、作者Joaquim Diazの線やタッチ、カラーを駆使した日常シーン、バイオレンスシーン、悪夢的フラッシュバックの描き分けは非常に巧みで、とりあえずそれは是非見せたかったところなので。

場面は変わり、ストリートギャング団A.Cafdosのアジト。
他組織のメンバーらしき男たちが、メンバーの一人に案内されながら入ってくる。
A.Cafdosが占拠している建物は、元は何らかの娯楽施設だったようで、屋内に水の抜かれたプールがあり、そこに一人の男が入れられ周囲に喚き散らしている。
「Black V. Bonesに手え出してして只で済むとは思うなよ!」
入ってきた男たちを見たプールの中の男の様子から、彼らとも顔見知りであることが窺われるが、男たちはA.CafdosのボスTukoに招かれるまま、奥のソファを並べたスペースへ向かう。
プールの中の男に斧が渡され、別室で待機していた異様なマスクをつけた巨漢が現れる。
呟き続ける意味不明の言葉から、巨漢は何らかの知能障害を持っているようだ。
斧を振りかざし、巨漢に向かう男。しかし、斧はあっさりと躱され、巨漢の一撃で男はプールの底のコンクリートに倒れる。
巨漢は既に意識を失っている男の顔面に立て続けに何発ものパンチを浴びせ、雄叫びを上げる。
デモンストレーションの後、他組織の男たちの前には札束が積み上げられ、彼らのビジネス提携は結ばれる。

Ismaelは、病院での勤務があるMariaの代わりにGabrielを迎えに行き、近くの運動場でバスケットボールで遊ぶ。
そこに軍隊に行く前からの友人CarlosがMarcoと一緒に現れる。彼らは帰還したIsmaelをA.Cafdosのメンバーとして連れ戻しに来た。
そのつもりはない、と頑として断るIsmael。お前の家族がどうなっても知らねえぞ、と捨て台詞を残し立ち去る二人。
手にしていたバスケットボールを、二人に投げつけるIsmael。二人は吹っ飛ぶ。Carlosに駆け寄り、首を掴んで片手で吊り上げるIsmael。その目は真っ赤に変色し、血の涙が流れ始めていた。
「俺の家族を脅かすな!二度と!」

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

戻ったIsmaelを見て、Gabrielは心配そうに言う。
「叔父さん、目から血が出てるよ。」
「クソッ、大丈夫だ。誰にも言うなよ。二人だけの秘密だ。」
起き上がり銃を抜き出したMarcoをCarlosが止める。
「やめろ!そこら中にオマワリがいるんだぞ!必ずけりを付けるから今は待て!」
「殺してやる!奴も奴の家族も!俺に、A.Cafdosに、こんなマネは許さねえ!」

事件現場に到着したSwain刑事を、同僚が迎える。
「またギャング同士の抗争だ!そこらじゅうで起こってやがる。」
現場保存のテープをくぐっていった先に、裸の男の死体が街灯に逆さづりにされていた。前日、A.Cafdosのアジトで殺されたBlack V. Bonesの男だった。
「警部、こりゃあ徹底的にぶっ叩いて奴らを根絶やしにするしかありませんぜ。だがそれにゃあ大量の人員が必要だ。さもなきゃあこの街はそこらじゅうが戦場になっちまう。」
Swainは現場を統括している上司の警部にそう強く告げる。

ドラッグにつられ、ろくでもない男に身を任せたCarmenは、ごみ溜めのような部屋で目覚める。
眠ったままの男に声もかけず、家を出るCarmen。
列車が迫る線路の上で足を止める。だが、果たせず、涙を流すCarmenの後ろを列車が過ぎて行く。

A.Cafdosのアジト。ボスTukoが集まったメンバーに檄を飛ばしている。
「もう俺たちを邪魔する組織はねえ!この街は俺たちA.Cafdosのもんだ!」
そこにMarcoとCarlosが入ってくる。TukoがMarcoの顔のケガを見とがめる。
「おい、どうしたその面は?」
口ごもるMarcoに代わって、Carlosが昼間のIsmaelとのいきさつを説明する。
激昂するTuko。Carlosを殴り飛ばし、2度3度と蹴りを入れる。
「クソが!お前らは、A.Cafdosに泥を塗ったんだ!そいつにケリを付けるまでは二度と顔を出すな!」
逃げ出すようにその場を去るMarcoとCarlos。
「クソッ!今晩中に片を付けてやる!奴の居場所はわかるか?」
「知らねえが、奴の姉の家ならわかるぞ!」
「ようし、倉庫から銃を持ってきて向かうぞ!」

Mariaの家。Mariaは友達の女性の写真を弟Ismaelに見せ、交際を薦めるがIsmaelはあまり乗り気ではない。笑い合う家族。ほら、Gabrielそろそろ寝る時間でしょう?
その時、Ismaelの視界が歪み始める。発作だ!処方された薬に手を伸ばすIsmael。だが効果はなく、目の前に幻覚が現れる。
血みどろのゴーストの少年。
「お前がやったことを見ろ…。お前が本当は何者なのかを見ろ!」

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

床をのたうち回るIsmael。異変に気付き駆け寄るMaria。
「病院に連れて行かなきゃ!Gabriel、車のキーを持ってきて!」
MariaはGabrielにも手伝わせて、Ismaelを車に乗せる。
その時、MarcoとCarlosの乗った車が現れる。
そして、手に自動小銃を持ってMarcoが降りて来る。
「よう、俺を忘れたとは言わせねえぜ!とっとと車から降りてこい!」
「てめえとてめえの家族を地獄送りにしてやるぜ!」
「Gabriel…逃げ…」Gabrielを逃がそうとするIsmael。Mariaは叫ぶ。
「やめて!私の息子が…」
「容赦なしだ!」Marcoは自動小銃をMariaと車に向けて発射する。
Marcoはトリガーを引き続ける。やがて、弾が切れる。
「ああ?なんだ大したことねえじゃねえか。」
「おい!早く乗れ!逃げるぞ!」Carlosが車の中から叫ぶ。
「待てよ。俺は有言実行なんだ!」Marcoは手榴弾を取り出し、ピンを抜いて銃弾を撃ち込んだ車に放る。
爆発!
「ざまあみやがれ!」MarcoとCarlosの車は走り去る。

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

「私たちは家族よ。いつまでもここに居ていいのよ。」
「叔父さん、どこにもいかないで。」
「ぼくたちと一緒に…」

幻覚?夢?
戦場。煙を上げる街の上を飛ぶヘリ。死体。
「地上部隊は区域の安全確保に備えろ。」
Ismaelの前には死んだ子供を抱いた女性が地べたに座り込んでいる。
「殺せ!殺せ!」
ヘリからガス弾が撃ち込まれる。一帯がガスで覆われていく中、Ismaelが叫ぶ。
「これは俺じゃない!本当の俺じゃない!」

涙を浮かべるMaria
「家族とギャングとどちらを選ぶの?」
腹が大きくなったMaria。「心臓の音が聞こえるわ。」
「一度俺たちの仲間になった者は一生抜けられねえ。」
「叔父さん、どこにもいかないで。」Gabriel!

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

「Gab…Gabriel…」
Ismaelは病院のベッドで目覚める。
「奇跡だわ!二日前あなたは生死の境をさまよっていたのに。多分数日で退院できるんじゃないかしら?」ベッドの横で女医がにこやかに話す。
「MariaとGabrielはどうなってる?俺の姉と甥の…。」
女医の顔が曇る。「お気の毒だけど…。今はとにかく休むことよ。」
女医は病室から去り、Ismaelは泣き崩れる。

Swain刑事ら警察官が病院にやって来る。
「Ismael Vasquezに話が聞きたいんだが。」
案内されIsmaelの病室にやってくるSwainたち。だが、既に病室はもぬけの殻だった。

病院から盗んだ白衣と手術着を着てバスに乗るIsmael。咳が止まらない。
雨の中、歩いてMariaの家へ戻る。家の前の惨状を見て、思わず雨の中膝をつく。
家に入る。誰も迎えてくれない家。今は亡き二人の笑顔を思い出す。
そして、ゴーストの少年が現れる。
「お前だ。お前のせいだ。」
「お前がGabrielを殺した。Mariaを殺した。」
「黙れ!」
Ismaelは家具を一撃で破壊し、冷蔵庫を放り投げ、壁を拳でぶち抜く。
「お前は自分がやるべきことはわかっているはずだ。」
「俺にはわかっている!」
そしてIsmaelは戦闘準備を整え、雨合羽を目深に被り、雨の街へと出て行く。

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

そして、冒頭の続きへ。
「奴は何処だ?Carlosは何処だ!?」
Ismaelは女をテーブルに叩きつける。
「赤ちゃんが…、あたしの…」這って逃げる女。
Ismaelはテレビを掴んで投げつける。すくみ上る女の頭の上の壁で跳ね返る。
「助けて!何でも話すから!もう痛めつけないで…。」

A.Cafdosのアジト。
「ちょっと待っててくれ、すぐ戻る。」
Carlosが騒いでいる仲間から離れ、電話を掛ける。
「どうした?早く出ろよ?」
Ismaelの傍で呼び出し音が鳴る。床に落ちたスマホの画面が着信を告げている。
「ああ、Juanaか?」
「女は死んだ。」
「な…?」
「そこにいたか、Carlos!」
「お前らは全員死んだ…」
スマホを握り潰すIsmael。
女は家具の下敷きになり、動かない。火が回り始めた家から立ち去るIsmael。

『Harden Volume 1 -Sin Piedad-』より 画:Joaquim Diaz

■Volume 2 -Urban Chaos-

Carmenは自宅でドラッグを供給してくれる男に自身の苦悩を呟いている。外を消防車が走って行く。
Carlosは二人の仲間とともに急いで車を走らせている。Juanaに何かあったらただじゃ置かねえ!
Swain刑事は通りでドラッグの売人を逮捕している。A.Cafdosに関係のある女の家が放火されたらしいと聞く。
A.Cafdosのアジト。Tukoは上機嫌で弟Marcoの肩を抱き話している。
A.Cafdosのアジト。マスクの男の部屋。部屋の前には見張りが座っている。
「悪い子じゃない。悪い子じゃない。悪い子じゃない。」
「いい子。いい子。助けて。いい子。」
男は笑顔を張り付けた人形を顔に押し当て、涙を流す。

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

自宅近辺に到着したCarlos。集まる人だかりの後ろから炎を上げる自宅を呆然と見上げる。
「Juana!」
叫んで走りだそうとするCarlosを、仲間が引き留める。

その時。
地面に落ちる一滴の血。
Ismaelの目から流れ落ちる血の涙。

隠れていた場所からフェンスを越えて走り出るIsmael。
街路標識を掴み、そのまま抜く。片手に振りかざし、Carlosの仲間に襲い掛かる。
銃を発射するもう一人にもとびかかる。
逃げるCarlos。
「逃げてみろ!Carlos!」
Maria!Gabriel!






『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

車から這い出すCarlos。
-生まれてくる子供におもちゃを買ってきた。
-お前には花を買った。お前の好きな青いバラ。
Ismaelは壊れた車のドアを引きちぎり、Carlosの頭を潰す。

Ismaelの周囲を取り巻く警官たち。
Carlosの死体を見下ろすIsmael。
少年時代、友人だった頃の情景がIsmaelの頭に去来する。
馬鹿話をして、あの時、まだ出来始めたばかりのギャング団に誘われた…。
正面にいた警官が銃を発射する。
Ismaelの身体が後ろに跳び、そのまま倒れる。

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

「う、撃つしかなかったんだ…。」
「あの状況じゃ仕方ない。大丈夫だ。」
だが、Ismaelは立ち上がる。
そして血路を開いて行く…。

ヘリが低空飛行で事件現場の周辺を飛ぶ。「依然被疑者の足取りは不明。」
Ismaelは路地裏の空き地の壁にもたれ、胸の傷を押さえ座り込んでいた。
もうだめか…。目をつぶろうとしたIsmaelの前に、GabrielとMariaが現れる。
叔父さん、あきらめちゃだめだ!
私たちのために立ち上がって。
「でももうお前らはいないじゃないか…。」
そう呟いても消えない幻影。
Ismaelは立ち上がる。

Carmenは、物音に気付き服を羽織って外に出る。
彼女の様々な残骸が散らばる庭に、彼は立っていた。
崩れ折れるIsmaelにCarmenが歩み寄る。
「もう大丈夫よ。」

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

病院にはIsmaelの逃亡を阻止するために重傷を負った警官たちが運び込まれ、治療を受けている。
一方、A.Cafdosのアジトでも生き残ったCarlosの仲間の一人が運び込まれ、メンバーの一人から治療を受けている。
病院の待合室では、疲れ切った顔のSwain刑事が上司の警部に事情を訊かれる。
A.Cafdosのアジトでは、ボスTukoが横たわるCarlosの仲間に詰問する。
二人は異口同音に答える。
「奴は人間じゃない、化け物・悪魔の類だ。」
警察ではもはや事態への対応は不可能とみて、FBIの介入を求めることが決定される。
「仲間を目の前で殺されて黙って引っ込んでいられるか!あの野郎を草の根を分けても探し出し、落とし前を付けろ!」
檄を飛ばすTuko。だが、警察官二人の殉職をも含む事件はテレビでも大きく報道され、彼らの動きからも離れ始めていた。

Ismaelの悪夢。戦場での記憶がフラッシュバックされる。
南米系、アジア系などが集められた部隊。
医師により目的不明の医療措置として注射を打たれる。
戦場と化した市街地へ送り込まれる部隊。
暴走し、目から血を流しながらお互いを殺し合う兵士たち。
巻き込まれる少年。

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

IsmaelはCarmenの家のベッドで目覚める。
テレビでは事件についての報道が流され、Ismaelの姿も映っていた。
「あんたすっかり有名人よ。どのチャンネルでも大騒ぎ。」
ベッドに座っているCarmenが言う。
「できるだけのことはしたつもりだけど、それより傷の方が勝手に治って行った感じね。」
「なんで俺を助けたんだ?」
「あんたのこと聞いたから…。」
口ごもるCarmen。話を変えるように食べるものを探してくると、部屋を出る。
再び咳込み、口を押えた手に血が広がるのを見止めたIsmaelは、Carmenに自分は行かなければならないと告げる。
ありあわせの服をもらい身に着け、礼を言って立ち去るIsmael。
Carmenはそれを見送り、ポーチに座り込む。

Swain刑事は自宅で家族とともにバーベキューを楽しんでいた。まだ小さい息子を抱いた妻が、同僚からの電話を告げる。
同僚は、Ismaelの身元が判明したことを告げる。イラクへ行く前はA.Cafdosのメンバーだったこと。そして彼の姉と甥がギャング抗争と思われる事件で殺されていること。
Swainは、後で掛け直すと告げ電話を切り、自身の携帯を取り出し、別の番号へ電話する。
「俺だ。今夜会う必要がある。今夜だ!」

Ismaelは物陰から密かに姉の家を窺う。家の外まであふれるFBIにより囲まれている。
友人の家へ向かうが、危険すぎて匿えないと断られる。
通りを横切るとテレビでは彼の指名手配が報道されている。彼に気付いた近くの男が騒ぎ出し、近くの群衆に広がる中、通り過ぎるトレーラーのコンテナの上へ飛び乗り逃亡する。

新たなマスクを描くマスクの男。子供時代からの苦しい過去が彼の頭を流れて行く。
売春婦だった母に疎まれて暮らした子供時代。
彼は絵を描くのが好きだった。描き続けているうちに紙をはみ出しテーブルの上に描いていた。
酒に酔った母が怒って彼に鍋の煮立った湯を浴びせかけた。
ショットガンやマチェーテを持った男たちが家に押し入り、彼をバケモノと呼んで追い出した。
あてもなく裏道を逃げ回った。
Tukoが言う。「お前にしてやったことを忘れるなよ、Pequero。俺のためにあいつを殺せ!」
「お前は俺のモノだ!お前は俺のモノだ!お前は俺のモノだ!お前は俺のモノだ!」
男は新しいマスクを被り、部屋を出て集まっているA.Cafdosのメンバーに加わる。

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

Tukoがそれぞれ手に銃を持ったA.Cafdosのメンバーに檄を飛ばす。
「今夜、俺たちのシャブがストリートに溢れる。俺たちのストリートだ!Black V. Bonesは徹底的に叩き潰す!一人残らずだ!この街を支配するのは俺たちだ!」
散会するメンバー。残った一人が躊躇いがちにTukoに話しかける。
「俺たちは誰が仲間を殺ったかわかってるだろう?テレビでも言ってた。抜けて軍に入ったIsmaelだ。」
「そんなはずはねえ!」Marcoが叫ぶ。
「奴は俺が殺した!俺が殺したんだ!」
「Tuko、誓ってもいい。俺は…。」自信なさげになってくるMarcoを見つめるTuko。
「もしガラガラヘビに噛まれたら、そのまま死ぬか、噛まれた腕なり足なりを切り落とすかだ。」
「お前が俺の弟だったとしてもな!Marco!」

陽が落ち、夜になってIsmaelはCarmenの家へと戻ってくる。
Ismaelの姿を見て、泣き出すCarmen。
「どうしたんだ?」
「本当は今朝言わなきゃいけなかったことがある。でも言えなかった…。」
「私はあいつらを知っている…。」
「私は奴らのために働いている…。ドラッグ欲しさに…。」
「そしてMarco…。」
「全部あいつから始まった…。」
「今ではA.Cafdosに依存しきって…。」
Carmenの前にかがみこむIsmael。
「お前は知っているのか…」
「奴らが俺の家族に何をしたかを!」

夜。雨の中、Swain刑事の車がA.Cafdosのアジトの見張りの前に止まる。降りて来るSwainに銃を突きつける見張り。
「俺の面に向けてる銃を下ろせ。」Swainは自分の銃を抜き出し、男に突きつける。
「脳ミソの代わりに頭にブリトーが詰まってるからわからねえのか?このクソデブ野郎!」
「な、なあ、ダンナ、落ち着いてくれよ。銃を収めてくれ。」別の男が近付き取り成す。
「ついてきてくれ。」男たちと一緒に歩きだすSwain。

A.CafdosのアジトでTukoがSwainを迎える。
「やあ親友。豚のダンナ。」
「アンタが俺なしでやっていけねえのはわかってるんだが、生憎こっちも別の件で忙しいんだ。わざわざお出まし頂いたのはどんなご用件だい?」
「警官が二人死んだ。」Swainが詰め寄る。
「俺の相棒も死にかけてる!もう我慢がならねえ!」
「ありゃあお前の身内のもんなんだろう!今すぐ奴の首を寄こせ!Ismael Vasquezだ!」
MarcoがTukoに近寄る。「な、なあ、Tuko、それについちゃ俺に計画が…」
「黙ってろ!」Tukoが制する。
「ハハハ、Karnes刑事さんよお。アンタマジで言ってんのかい?」
「俺達がいなきゃアンタの豪勢な暮らしも、プール付きの邸宅もみんなパアだ。」
「お前は俺がやれと言ったらクソをする、鳴けと言ったらブーブー鳴く、舐めろと言ったら俺のタマを舐めるんだ!」
睨み合うSwainとTuko。
「なんで俺がお前なんかに…」
その時、ガラスが割れる音が響き渡る!
高い窓を突き破り、飛び込んできた影が放置された廃車のスクールバスの屋根に降り立つ!
Ismael!
「お前らは終わりだ!間抜けども!」

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

時間は少し戻り、Carmenの家。
「俺の家族に!」
「二人は何もしていなかった!奴らは何の理由もなく二人を殺したんだ!」
「お前は奴らの仲間だと言うのか?A.Cafdosの!」
「俺は奴らを…」
「誰が構うっていうの…、やってよ…」
「やって!殺してよ!」
「待て…」Ismaelは平静を取り戻す。
「もううんざりなのよ…、この…、全てに…」泣き崩れるCarmen。
「あんたが悪いんじゃない。みんな俺のせいだ。」
「俺の人生は間違った選択の連続だ。ドラッグ。ギャング。軍隊…。」
「俺の総ての失敗のツケを俺の家族の命で払わされたんだ。」
「もう俺には何も残っていない。時間さえも…。」
「あんたにA.Cafdosを渡すわ。Tukoを!」

車中のMarco。運転はもう一人のメンバーがしている。電話が鳴る。
「何だ?」
「ハハハ、そりゃスゴイな。でもなんで俺がそれほどのヤクをお前に回してやんなきゃならないんだ?」
電話に話すCarmen。「アンタのダチを殺った奴の居場所を知ってる。300グラム回してくれりゃ奴はアンタのもんよ。どうする?」
「ちょっと待て…。よし、1時間後に倉庫に来い。全員そこに集まってるし、お前の望みのもんも用意しとく。」
「1時間後ね。」
「やったわ。」Carmenは横に立つIsmaelに告げる。

Carmenの家の庭。様々なものが散らばる中、ひときわ目立つ廃車のキャンピングカー。
「奴らは時々銃やドラッグの隠し場所にここを使ってた。時には死体も…。」
「何か役に立つものが見つかるはず。」
Ismaelはそこでショットガンやマチェーテを手に入れる。
そして、両腕に家族の名前を焼き付ける。
右腕にMaria。左腕にGabriel。

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

IsmaelはCarmenの案内により、見張りをやり過ごしてA.Cafdosのアジトの倉庫に着く。
「奴らは本当に全員集まってるようね。かなり人数も多いわ。」
「あなたが生き延びるチャンスはない。あなたはここで死ぬわ。でもそれがあなたの望みなんでしょう、Ismael?」
無言でマスクを被るIsmael。
「行かないで!ここから逃げてどこかほかの土地でやり直しましょう!あなたが望むようになるから!だから私を置いていかないで!」
無言でCarmenの涙を拭き、そしてIsmaelは進む。

彼は走る。すべての過去、全ての過ちを振り捨てて、前へ!
彼の目が赤く変わる!
そして、高く跳び、窓を突き抜ける。

「お前らは終わりだ!間抜けども!」

「待て!撃つな!」Tukoが周りのギャングたちを制する。
「Ismael Vasquez。お前のことは憶えてるぞ。ここの連中はみんなお前を知ってるのに、何でそんなマスクを被ってんだ?」
「だが、お前はA.Cafdosに楯突くべきじゃあなかった。この落とし前は高くつくぞ!」
「奴を捕まえろ。生きたままだぞ。」Tukoは、傍らのマスクの男Pequeroに言う。

だが、Pequeroはそこで立ち止まる。
「ボクには…見える…キミが…」
PequeroにはIsmaelの傍に立つ少年が見えた。Ismaelの前に度々現れたゴーストの少年。
全てが子供の絵のように見えるPequeroの視界の中で、その少年だけがはっきりとした実体を持っていた。
「いい子…ボクにはキミが見える…いい子…」
「ボクには見えるぞ!」

動かないPequeroにTukoは苛立ち始める。銃で小突いてみても、Pequeroの視線は幻覚の少年から動かない。
「自由…」少年からの言葉を聞いたようにPequeroは呟く。
「自由に!」
そしてPequeroはTukoを殴り飛ばす!

Pequeroの脳裏に過去の記憶がよみがえる。
あの日、ゴミ捨て場で食べ物をあさっていた自分。
嘲り笑っていたギャングたち。その日以来彼はギャングたちに家畜のように飼われてきた。





『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

突如暴れ出したPequeroに戸惑いながら、ギャングたちは攻撃対象を迫ってくる彼に変える。
手あたり次第にギャングたちをぶちのめすPequero。「撃て!奴を撃て!」
足を撃たれ、よろめいたPequeroに大型犬がとびかかる。
その時、最初に拾われたあの日、嘲笑うギャングたちの中に一人、悲しげな眼で見ていた少年がいたことを思い出す。




『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

IsmaelがPequeroを撃とうとしていた男をマチェーテで一閃。
ショットガンで周囲を蹴散らす。
-しゃがみ込むPequeroの前に立つ、悲しげな眼の少年。
Ismaelが駆け寄り、大型犬を踏み潰す。
-少年が言う。「立て」
Ismaelが叫ぶ。「立て!」
そして二人はともに自分達を押し潰し、支配しようとするものに立ち向かって行く。
銃声。銃声。銃声。銃声。銃声。銃声。




『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

「23、死亡23人…。」死体がカウントされる。
「俺達にできるのは、この惨状の後片付けぐらいのもんだ。」FBI捜査官は言う。
「こんなのはまだ始まりに過ぎないのかもしれない。Ismael Vasquezのようなものに俺達が何ができるっていうんだ?」

『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz



『Harden Volume 2 -Urban Chaos-』より 画:Joaquim Diaz

そしてゴーストの少年が行く。
道端にごみのように捨てられた人々の間を。
次の怒り、この世界に対する復讐者を求めて。

■Harden

Harden Volume 1 -Sin Piedad-

Harden Volume 2 -Urban Chaos-

作者について

Joaquim Diaz。1973年生まれ、フランス。両親の意向でビジネスを学んだが、子供時代からのコミック作家への願望を抑えきれず、長年の友人であるコミック作家Guillaume Biancoが所属するバンド・デシネ制作プロダクションStudio Gottferdomに入る。
初期の作品はコメディ傾向が強かったということだが、『Jerry Mail』(2000-2006)にてアメリカ風リアリズム志向の強い現在の作風を確立した。現在のところこの『Harden』が一番新しい作品らしい。

まあ、まず自分の方がフランス語覚束ずというところが最大の原因なのだけど、やっぱフランスの状況よくわからん。とりあえず、バンド・デシネって日本ほど熱心に電子書籍に取り組んでるという感じではないようで、Joaquim Diazの『Jerry Mail』っていう作品もWikiもあるぐらいなんだが現物見つからんし。その辺のスキルについても強化していかねばならんのだが、現在のところ作者情報など若干中途半端で申し訳ない。

こちらの作品、最初にも書いた通り、日本からも米Amazonからも購入できないのだが、仏Amazonでは今のところEurope Comicsによる英訳Kindle版も購入できるようなので、以下に商品ページリンクだけ載せときます。
Harden Volume 1 -Sin Piedad-英訳Kindle版
Harden Volume 2 -Urban Chaos-英訳Kindle版
Harden Volume 1 -Sin Piedad-オリジナル仏語Kindle版
Harden Volume 2 -Urban Chaos-オリジナル仏語Kindle版

いやまあ、とにかくやり切ったぞという感じ…。まだサイト立ち上げて間もなく、早く形にするために何とか一つでも記事を増やしたいところで一週間以上かけてしまうのも何なんだが。しかし、これはそれだけの価値がある作品である!やるべきことをやらなければ、こんなことをやってる意味もない!またなかなか手が届きにくくなったしまったバンド・デシネなのだが、だからこそ今後も全力で伝えられるよう頑張っていきたい。
と、これをやったことに全くの後悔もないのだが…、さすがにやり過ぎたかも…。著作権的にはグレー通り越して、かなり黒に近い#333ぐらいかも…。自分としては常に著作権は尊重するものであり、この作品について何とか伝えたい気持ちが大変強くというところではありますが、作者、当事者などによる要請があれば、直ちに対応し、このページが無くなる場合もありうるので、そこのところはご了承ください。
あとさすがに力尽きて、パブリッシャー情報などまで手が回らず、ごめん。その辺は次の機会に…。

■追記

いやまあ、これ書いてる今日(2023年7月22日)時点で、まだ誰も見てくれてないところに「追記」も何なんだが…。
朗報です!これを書いた時点では日本からは購入不可だったEurope Comics作品なのだが、最近日本のアマゾンからも多数購入可能となっていることに気付きました。これ書いたのが5月の末頃なので、先月か今月ぐらいになったからなのだろうが。
まあ、今年1月にEurope Comicsから広報活動の終了が発表された後で、アメリカでの販売もなくなってきているのを見て、てっきりこのまま全面的に撤退なのかと落胆していたのだが、昨年のComixology米国内への縮小を受けて、もはやそちらには頼らず全世界的に販売を広げて行こう、という意図のもと商品販売オプションなどを変更している途上ということだったのだろう。
現在ではこの作品『Harden』も購入可能な他、しばらく前本店でやって、絶対に3部作最後までやらなければと思っていた『Last of the Atlases』も簡単に買えるようななっている!さらにはそちらのオリジナルフランス語版も、既に出ている第3部も含め販売中ということで、バンド・デシネ全体の日本までの販売が拡大中と思われる。色々読まねばというものも増えるばかりの中で、前述のような状況でややスローペースになっていたバンド・デシネ方面なのだが、ここからペースを戻し多数の作品紹介に努めて行きたいと思うものであります!なんか最初に見てくれる人が現れた時点で、へこんでたかと思うと最後急にテンション上がる珍妙な記事になっちゃったけど、まあいいか。ヒャッホー、またバンド・デシネいっぱい読めるっす!

Harden / Joaquim Diaz

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