Human / Diego Agrimbau + Lucas Varela

アルゼンチン出身の鬼才コンビが描く、ディストピアSFバンドデシネ!

今回はDiego AgrimbauとLucas Varelaによるバンドデシネ作品『Human』。2019年にフランスのDargaudより出版され、同年英訳版がEurope Comicsより出版されました。134ページのグラフィック・ノベルです。

バンドデシネ作品に関しては、昨年初めのComixologyの米Amazonn内への統合、まあアメリカ以外から見れば事実上の消滅以来、しばらく日本からは縁遠くなっていて、昨年5月にやや強引にどうしてもやりたかったJoaquim Diazの『Harden』をやったりしたのですが、その後事態は改善し、全ての出版社とはいかないが、かなり多くの作品が日本からでも電子書籍版で簡単に手に入るようになっています。
今回の『Human』は、フランスのバンドデシネ老舗Dargaudから出版され、その後ヨーロッパの多くの出版社が英語圏市場に向け共同で設立したEurope Comicsにより英訳出版されたわけですが、Europe Comicsも残念ながら昨年活動停止となり、新たな英訳作品は期待できにくい現状となっています。しかしながらEurope Comicsにより英訳された多くの作品(全てかどうかは不明)は、現在は日本からでもKindle版で入手可能で、まずはそこから多くの作品を紹介しそれを足掛かりとして多くのヨーロッパ作品に広げて行きたいというのが、こちらの野望であります。

そんなわけで、かなり遅ればせのやっと再開という感じの、当方のバンドデシネ紹介の第1弾的になる今回の『Human』。あの『100 Bullets』のEduardo Rissoをも産み出した、アルゼンチン出身のコンビによるディストピアSF作品です。

Human

■キャラクター

  • Alpha:
    プロジェクトで重要な位置を占めるロボットだったが、ミッションファイルの破損により目的を見失う。

  • 1:
    メカニック/エンジニアロボット。

  • 4:
    保安用ロボット。

  • 5:
    探査・偵察用ロボット。発声機能はない。

  • Robert:
    ロボットたちの主である人間。

  • June:
    Robertの妻。

■Story

●Program 1 Corrupted Files

『Human』より 画:Lucas Varela

ある惑星の軌道上、様々な残骸らしきものと一緒に漂っていた多くの破損も見られる人工衛星らしきものの下部構造が切り離され、惑星へ向かって行く。
大気圏突入時に外壁は燃え上がり、やがて分解。内部に収納されていた複数の球状物体がバラバラに分かれながら地表に激突する。

“それ”は、巨大なキノコのようにも見える植物の上部の平らな部分に横たわっていた。
グレーの飛膜を持つ猿のような生物が飛来し、横たわる”それ”に近付くが、それに触れようとした途端、近くの樹の上から石が投げつけられる。
樹の上にいたのは赤い猿のような生物の群れ。多くの投石が続き、グレーの猿は飛んでその場から逃げる。
そして赤い猿の群れが、恐る恐る”それ”に近付いて行く。
だが、その時”それ”は意識を取り戻したように動き始め、赤い猿たちは慌てて逃げ去る。

[内部思考モード 起動]
[コア活動開始 基本動作プログラム実行]
[………]
[完了]
[センサー 触媒 サーボモータ 交流電力]

そして”それ”は、自身が人型のロボットであることを認識する。
「初期観測。私は存在している。私は何処かにいる。私は思考できる」
キノコ状植物から転げ落ちるように降りた”それ”は、現在の目標ミッションを自身の脳に検索する。
[ファイル破損]の答えが返ってくる。
少し途方に暮れた”それ”は、自分の腕に刻まれた「RBRT」の文字を発見し、これは自分の名前だろうかと考える。

その時、”それ”の背後にグレーの大猿生物が現れ、襲い掛かって来る。
自身に自己防衛プログラムの起動を命令するが、[ファイル破損]の応答。
大猿にのしかかられ、これでお終いかと覚悟したとき、どこからともなくポット型のロボットが現れる。
ポット型ロボットの発射したレーザーにより、大猿は逃げて行く。
礼を言う”それ”だったが、相手は発声機能を持たないようだ。
手を引き意思を示すポット型ロボットに従い、”それ”はその向かう方向について行ってみることにする。

『Human』より 画:Lucas Varela

ポット型ロボットが向かった先では、”それ”と同型のロボットが破損したり、行動不能になり転がっている中、先ほどと同種の大猿と赤猿がそれらを奪い合い闘っていた。
「防衛プログラム!起動!頼む!」指令を発する”それ”だったが、[ファイル破損]の応答が返って来るばかり。
中に無事な様子の2体を見つけるが、近寄ることもできない。
そのうち、大猿が下半身が無くなったロボットの一体を掴み、赤猿達を振り切り逃げ去る。
攻撃性の低い赤猿達のみになったのを見計らい、”それ”はポット型ロボットと共に2体に近付いて行く。

2体のロボットは、赤猿達に取り巻かれ、運ぼうという意図なのかボディに何かを巻き付けられている。一体は”それ”と同様の体形だが、もう一体は大きく体格がいい様子。
赤猿達は近づく”それ”を害意を向けるでもなく見つめている。”それ”は猿達に、見た感じその2体は自分の仲間だと思うのだが、と話しかける。言葉は通じないようだ…。
次に”それ”はロボットに話しかける。「君たちは話せるのか?」
体格のいい方が答える。「ユニット4、自己防衛。指令か?」
「とりあえず、君はその赤い連中を追い払うことはできるよ」”それ”は体格のいいロボットに言う。
「了解」と答えたロボットは立ち上がり、周囲の赤猿達を殴り、掴んで放り投げる。
容赦なく赤猿達を攻撃し続けるそれを見かねて、”それ”は、もう充分だろう、と言う。赤猿達は逃げて行く。

周囲に散らばる破壊されたロボットたちの残骸を見ながら、”それ”はなんでこうなる前に行動しなかったんだい?と尋ねる。
体格のいいロボット=”4″は、自分は指令なしでは動けない、と答える。
“それ”はもう1体に、君は指令を出すことができなかったのかい?と尋ねる。それは自分の機能にはない、と答えが返って来る。
「私はRBRTだ」と自己紹介する”それ”。
「違う、君はAlphaだ。背中に書いてある」自身では見えなかったが、”それ”の背には「ALPHA」の文字があった。
こうして”それ”は自身を”Alpha”、相手を”1″、体格のいいもう1体を”4″と認識する。ポット型のロボットは、ボディに入ったナンバーから”5″ということになるのだろう。

「誰か我々のミッションについて知らないか?ここは何処で、我々は何をすべきなのか?」Alphは二人に尋ねる。
「君がAlphaだ。君が知っているはずだ」と1。
「ファイルが破損してしまっているんだ」とAlphaは言う。
そこで、5が再びAlphaの手を引く。5の先導する方向に一同はついて行ってみる。
そこには「ZERO」と書かれた球体ポッドの一つが、木々の間でまだ煙を上げていた。

ハッチを開けて内部に入ると、そこには多くのケーブルに接続されたシリンダー状の装置があり、内部には様々なチューブに繋がれた人間の男性と思われる姿があった。
Alphaは装置を操作する。シリンダーが開き、内部に充填されていた液体と共に、男が出てくる。
意識のない男を外に運び出し、内部から持ってきた椅子に座らせてみる。
男の着用している服の腕部分に書かれた「ROBERT」の文字を見て、彼こそが自分たちのミッションを知る者だ、とAlphaは確信する。

『Human』より 画:Lucas Varela

ロボットたちは、彼の意識を取り戻させようと試みる。
まず彼を立たせてみるが、ただ前のめりに倒れるだけ。
そこでAlphaは、途中猿達がものを食べていた様子を見かけたのを思い出し、彼にも何か食べさせてみようと思いつく。
木の葉、昆虫、石、木片など、手近なものを彼の口に入れてみるが、全く効果は見られない。

彼の口の構造から、もっと柔らかいものが必要だ、と考えたAlphaは4を連れ、森の中へ入って行く。
赤猿の死体が散乱、腐敗している場所を見つける。その中で、グレーの大猿がまだ殺したばかりの赤猿を貪っていた。
「すまないが、我々はそれを必要としてるんだ」大猿にそう話しながら、赤猿の死体を掴むAlpha。
襲い掛かって来る大猿を4が打ち倒す。尚も攻撃を続ける4を、必要なものは手に入った、充分だ、と止めるAlpha。
赤猿の片足を持って戻るロボットたち。大猿は群れに戻り、装飾品を身につけたボス猿に何事か伝えながら、去って行くロボットたちを見つめる。

戻ったAlphaは、赤猿の足からちぎった肉片を、男の口に入れてみる。
血走った眼を見開き、目覚める男。だが口に入れられたものを直ちに嘔吐し始める。
苦し気な男は、慌てて座らされた椅子のシート部分を開き、中を探る。理解できないまま見守るロボットたち。
男はそこから銃に似た構造の器具を取り出す。その銃口に当たる円盤状の部分をこめかみに押し付け、トリガーを引き何かを自身の頭部に注入する。
その効果で、やっと落ち着き常態に戻った様子の男。
Alphaは男に近寄り、話しかける。「こんにちは、私の名前はAlphaです。お会いできて嬉しい」
「私はここであなたのために働くようだが…」続けるAlphaを押しのけるように男は立ち上がり、周囲の光景を見まわす。
「信じられない!私はやったんだ!ここにいるぞ!」歓喜の声を上げる男。

『Human』より 画:Lucas Varela

全く理解できないまま様子を見るAlphaの前で、男は話し続ける。
「我々は達成したぞ!たどり着いたんだ!私は正しかった!」
「ここはヨーロッパ大陸で、553180年。見てみよう。よし、計画通りだ。パーフェクトだ!」
「神よ!Juneの顔を見るのが待ちきれん!Juneも今度は私が正しかったと認めるだろう。そう思うだろう、Alpha?」
急に話しかけられ戸惑うAlpha。「申し訳ないのですが、私はいかなるJuneも知らない。あなたについても知らないのだが」
男は状況を理解する。「ああ、そうなのか。私は君たちの主人だ」
「私はRobertだ」

以上、惑星上に到着したが、着地時の衝撃か何かでミッションファイルを破損し、目的のわからなくなったロボットたちが、主人である人間を発見するまでが、約30ページの第1章。つづく第2章はもう少し端折った感じで進めて行く。

●Program 2 The Only One Functioning

彼らはまず、無事だった資材を集め、キャンプを設営する。そしてRobertはロボットたちに事の次第を話し始める。
人類の様々な過ちの積み重ねにより、地球は居住不可能な惑星となってしまった。
地球外で暮らしていた(どのような形だったかについては説明されていない)Robertは、自説に基づき周囲からは狂気の沙汰と言われるプロジェクトを単独で進める。
それは地球環境の回復にかかると予想される期間、地球の軌道上に冷凍睡眠状態で留まり、完全に回復した後地球に降り立ち、人類文明を新たにスタートさせるというもの。
Robertと妻のJuneは、それぞれ別の衛星で冷凍睡眠状態で54万9000年地球の軌道上で過ごし、今地球を再生すべく戻って来たのだ。

Robertはロボットたちにそれぞれの役割を説明する。
1はメカニカルエンジニア。4は保安業務。5は調査・偵察。
そしてAlphaは、ロボット工学の専門家だった妻Juneのアイデアで作られた、より高機能で感情を通わせられるような存在。
5により設置された探査システムにより、Juneの衛星が着地した地点が割り出される。
キャンプより約8キロの地点。Robertは、キャンプに1のみを残し、ロボットたちと共に直ちにそこへ向かう。

元のものとは姿を変えた、原始の自然環境の中を進む一行。
そして大猿の群れと遭遇する。前に出てきた猿達のボスと意思の疎通を試みるRobert。
威嚇的に吠える大猿達から、彼らの前にロボットの片腕が放られる。その腕には、「June」の文字。
そして大猿達は一斉に同じ方向を指さす。彼らはRobert達を助けようとしているのか?その方向に進むRobert達を、無言で見送る大猿達。

『Human』より 画:Lucas Varela

やがて彼らは目的の地点に建造された大規模なシェルターを発見する。
部分的には崩れた瓦礫に埋まる内部には、50万年を経過した金属の兵器と思われる機械が並ぶ。
そこに暗闇に慣れる形に変容畸形化した赤猿と思われるクリーチャーの群れが現れる。それらはこのシェルターを巣としていたのだ。
狂暴化したそれらは、Robert達に襲い掛かって来る。あまりにも多数の群れによる攻撃に、4も圧倒されかかる。
その時、奥から現れた人影が強い光を掲げ、クリーチャーたちを追い払う。

それをJuneだと思い、Robertはその人影が戻った方向を追って行く。単独で動き出したRobertを、Alphaも追う。
その奥には彼らが乗って来たものと同じ、球体ポッドがあった。Juneの名を呼びながら走り寄って行くRobert。
だが、入り口から入ったRobertが見たものは、椅子に座る既にミイラ化したJuneの遺体だった。

『Human』より 画:Lucas Varela

その奥から、先ほどの人影が姿を現す。それはAlphaと同型ではあるが、かなり破損した状態のロボットだった。
「私はBetaです」と自己紹介する。
Betaの話では、彼らの衛星に問題が起こり、予定より早く地表に向け発射されたということ。!04年前。Juneは57年前に亡くなった…。
落胆するRobert。歩み寄ったAlphaに、Juneの遺体を含めたすべてを、自分たちのキャンプに運ぶよう指示する。

以上、全5章からなる『Human』の前半2章を紹介。
この後、妻を亡くし、全てに計画も破綻したRobertは、次第に狂気に陥り猿の王として君臨し、やがて自身を神と妄想し始める。
なす術もなくRobertの暴走を見つめるAlphaからの視点で物語は続く。
そして、AlphaはJuneの遺した記録の中から、ある真実を発見する…。

遠い未来、地球が人間の暮らせる環境ではなくなり…、というような設定のSFコミックは英国2000AD作品にもあり、割とヨーロッパ的な発想なのかも、と思ったりする。例えばアメリカとか、あんだけ広いんだから色々破滅してもどっか住むとこあんだろと思うもんじゃないかとか。一方日本ではそもそも国土自体が残ってるか、というとこから始まったりとか。あ、でもそもそもこの作者コンビアルゼンチン出身でヨーロッパじゃないじゃんと気付いたり。
雑に色々考えてるうちに、まあそもそもSF小説という方向では、そういった傾向を整理するような読み方できてないなとか、最近は中国SFというようなものも入ってきてるのに全然読めてないじゃんとか、あちこち欠陥が見えて来たり。まあそいう欠陥ありでも色々考えてみることが次の読書につながり、知識やらを広げて行くのに役立つもんですね、と言い訳。
しかし中国SF含め、新しいあたり全く読めてないのも、電子書籍により一気に読めるものが増えた海外のコミックやらハードボイルド小説にのめり込み過ぎてるからという理由で、もう日々ぐらいの感じであっちもこっちも読まなければ、と思ってはいる。今年こそはとりあえず中国SFに取り掛かるぞ、と決意。あーでも国産SFマンガでも、八木ナガハルやっと一冊読んだぐらいだったり、『虎鶫』やっと読み始めたばかりだったり。もっと精進せよ。

作者について

■Diego Agrimbau

1975年、アルゼンチン ブエノスアイレス生まれ。
1990年台初頭より個人出版で経験を重ね、2000年代からはアルゼンチン、ヨーロッパでストーリーライターとして多くの作品を発表。2014年頃からは、アメリカDC-Vertigo、Heavy-Metal、Fantagraphicsなどにも活躍の舞台を広げる。国内外で多くの受賞歴を持ち、近年は映画、アニメーション制作にも多く関わっている。
現在は様々な面で苦境にある、アルゼンチンコミックの再生にも尽力している。

■Lucas Varela

1971年、アルゼンチン ブエノスアイレス生まれ。
大学でデザインを学んだ後、しばらく出版社でデザイナーとして働き、2006年頃よりコミック制作を始める(アルゼンチンでの出版に関しては不明)。2015年、フランスDelcourtよりストーリーも自身のものによる『Le Jour le plus long du futur(英訳版がFantagraphicsより『The Longest Day of the Future』として出版)』を出版。2017年には、ストーリーJulien Freyによる第2次大戦後米兵と結婚しアメリカに渡ったフランス人女性を描いた『Michigan: On the Trail of a War Bride』を出版。2021年に出版された『Le Labo(英訳版『The Lab』)』に続き、同じくHervé Bourhisとのコンビによる『Black House T1/2 (American Parano)』が間もなく出版の予定。

最初にも書いた、かのEduardo Rissoを産み出したアルゼンチンコミックだが、現在は結構苦しい状況にある様子。結局現在は世界で日本のマンガだけが独り勝ち状態なんだよな。
なんか日本にはほぼ全くぐらいに紹介されていないアルゼンチンコミックだが、探って行けばバンドデシネ経由などでいくらか作品も見つかったり。ちょっと今回そっちまで手が回らなかった歴史なども含め、いろいろ紹介して行ければと思います。

Human

※英訳版のあるものは、英訳版。無いものはフランス語版を掲載。

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