Clear / Scott Snyder + Francis Manapul

スコット・スナイダーのサイバーパンクSF!フィルターに覆われた世界の真実は何処にあるのか?

今回はスコット・スナイダーとFrancis Manapulによる『Clear』。Comixology Originalsより2021~2022年に全6話で出版された後、TPB全1巻にまとめられています(プリント版発行はDark Horse Books)。

2021年にスナイダーがComixology Originalsから全8タイトルを出版するとアナウンスした、その中の一作品。
そこに暮らす住民それぞれが別個のフィルターを通して世界を見ているという近未来のアメリカ。えーと、やや設定がわかりにくいかと思うんで、最初にちゃんとやります。
主人公の私立探偵Sam Dunesは、事件を追ううちにその世界に隠されたある「真実」へ迫って行く。
実はここで自分が「フィルター」と書いているものは作中では「Veil=ベール」と表現されているのだが、どうも日本語範囲内の両者の使われ方として、ベールは分かりにくいかと考え、こっちの勝手な判断ではあるけどフィルターと表現させてもらいます。
作画は数々の受賞歴もあるTop Cow作品、DC作品での作画で知られるフィリピン系カナダ人アーティストFrancis Manapul。
幻想と幻覚の未来世界を疾走する、スコット・スナイダーのサイバーパンクSF!

Clear

■世界設定

この作品世界(冒頭に2052年と示される)の人間は、自身の脳を端末として使い、各地に設置されたサーバーを介し、それぞれの視覚情報をコントロールするフィルターを使用している。
つまりそこらを歩いている人がそれぞれに違う風景を見ているということ。ある者には目の前の風景が中世の街並みに見え、歩いて来る人間が甲冑を着けた騎士に見え、隣を歩いている別の者には開拓時代西部の風景の中をカウボーイが歩いて来るように見える。また別の者には禁酒法時代の街頭風景であり、スターウォーズ風SF風景であり、カートゥーンアニメ風であったりという感じに。
それらのフィルターは、個別の商品であり使用は個人に限られている。グループで同じ世界を共有するというようなフィルターの使用は、様々な危険を誘発するとして法律で禁止されている。例えばカルト宗教がその集団のみに見える神様を作るとか、そういうこと。深く考えると、色々な抜け道やら浮かんでくるけど、ちょっと身も蓋もない言い方をすれば140ページというところのサイズのSFコミックの限られた設定ということで、広げ過ぎて考えないこと。
重要なポイントとしては、こういったフィルターが使用される世界では、基本的に全てのものにフィルターがかかっているということ。主人公Sam Dunesは、現実の風景をそのままに見るという「Clear」というフィルターを使っているが、それもまた一つのフィルターである。

■キャラクター

  • Sam Dunes:
    私立探偵。

  • Kendra:
    Dunesの元妻。

  • Baxter:
    Dunesの息子。車両事故で死亡。

  • Collins:
    巡査部長。Dunesの戦友。

  • Madders夫人:
    Dunesの依頼人。Mark Maddersの妻。

  • Mark Madders:
    地域最大のサーバー運営会社を経営する富豪。

  • Alka 10:
    違法フィルターを闇取引する犯罪組織。

■Story

サンフランシスコ 2052年。

まず最初に、主人公Sam Dunesのモノローグにより、彼が9歳の少年に聞いたというジョークが語られる。
それは以下のような内容。

ある海岸沿いの崖の上に深い森に囲まれた精神病院があった。
ある日、病院を囲む森で火災が発生する。広がる森林火災はもう止めようがない。医者は患者たちを避難させることを決定する。
医者はまず、森に最も近く危険な病棟へ向かう。
最初の病室には自分をシェイクスピアのような劇作家だと思っている男、次の病室には自分をモーツァルトのような作曲家だと思っている女、そして次の病室には自分をミケランジェロのような画家だと思っている男がいた。
医者は三人に火事が迫っており、残り5分以内に病棟の患者全員を避難させなければならないことを説明し、彼らにその仕事を任せる。
医者は三人に病室の鍵を託し、そして残り5分にアラームをセットした腕時計を渡す。
そして医者は残りの病棟に走り、患者たちを脱出させる。
患者たちを避難用のボートに乗せ、一安心した医者。だが、最初に向かった病棟の患者たちがいない?その病棟を見上げると、患者たちは屋上に集まり、楽し気に浮かれ騒いでいる。もう火がそこまで迫っているというのに!
医者は叫ぶ。なぜ逃げなかったんだ!残り時間がわかるように時計も渡したのに!
すると最初に会った患者が答える。僕らはあのあとすぐに時計を捨てたんだ。それで残り時間から解放されたのさ。

モノローグと同時進行で、一人の女性の行動が描かれて行く。
雨の中、フードを深く被り、ゴールデンゲートブリッジを歩いて来た女性。橋の半ばにある監視塔の鍵を開け、中に入り梯子を上る。
そして塔の上に出た彼女は、柵を越えそこから真っ逆さまに飛び降りる。
橋の上、近くにいた人々の、それぞれ違うフィルターの景色が次々と入れ替わる中、彼女は下へ落下して行く…。

『Clear』より 画:Francis Manapul

Sam Dunesは路地裏で怪しげな取引を行っている男たちの様子を窺っていた。
そもそもこの仕事は、妻から夫の素行調査というありきたりなものだった。
今、依頼人Madders夫人の夫Mark Maddersは、アンダーグラウンド社会で悪名高い、違法闇フィルターの供給者であるAlka 10のメンバーと何らかの取引を行っている。
状況を撮影し、依頼人と連絡を取ろうとしたとき、Dunesの背後から男が襲い掛かる。周囲を当然警戒していたであろうAlka 10の構成員の一人が、Dunesの姿を見止め、忍び寄って来るのに気付かなかった。
男が手にしていた注射器がDunesの首筋に突き立てられる。すかさずDunesは男の腕を押さえ、骨折させる。

騒ぎに気付き、車に乗りその場を離れようとするAlka 10の男たち。Mark Maddersはフードを深く被り、顔を隠してその場を立ち去る。
Alka 10の車を追ってバイクを走らせるDunes。だが、その時首筋に注射された薬物が効果を表し、フィルターに作用しDunesの視界は混乱し始める。
次々と変わる周囲の風景。発砲しながら逃走する男たちは、兵士の姿に代わったと思うと、次には獣人へ。
混乱しながらもDunesは助手席の男を車から引きずり出し、そのままバイクごと転倒する。

『Clear』より 画:Francis Manapul

現場に現れたのは友人のCollins巡査部長。「もはやどっちを逮捕すればいいのかわからんな」
そのAlka 10を引っ張ってとっとと帰れ、とDunes。だがCollinsは言う。
「ここへ来たのはこいつのためじゃない、お前を探してた。事故があった…。」

警察署の遺体安置所。遺体にかけられたシーツがめくられる。遺体はゴールデンゲイトブリッジから飛び降りた女性のもの。
彼女はDunesの元妻、Kendra McKaleだった。
「お前を呼んだのは、お前なら何か事情を知っているんじゃないかと思ったからだ。彼女は接続局でもその仕事を認められていた。こんなことをする理由が見当たらない」
「俺にはわからない…。最後に彼女に関わったのも数年前だ…。」そしてDunesは続ける。
「彼女が抜擢されたと聞き、ある物を贈った。ある過去にまつわるものだ」
「俺は彼女が怒って連絡して来るか、それとも送り返してくるかと思った」
「だがそのどちらでもなかった。彼女からは何も連絡もなかった。それが最後だ」

※セリフの中にある「接続局」は、「Department of Connectivity」というのをあんまり適当なのを思いつかずやっつけたもの。もちろん現在存在するものではなく、ネットを脳に直接接続するようになった未来社会で新たに設けられた公共機関ということだろう。SFってこういうところがちょっと厄介だったりするな。

事務所に戻ったDunesは、外の様子から留守中に何者かがやって来たことを察する。Alka 10からの報復を予期し、銃を手にドアを開けるDunes。だが、そこにいたのは依頼人のMadders夫人だった。
Dunesは彼女に、彼女の夫が何を買っていたかまでは確認できなかったと話す。
それは重要ではない、もう調査ファイルを破棄してもいいわ、というMadders夫人。
私の夫は権力者で、この街で最大のサーバー運営会社を経営しているわ。
「私ははっきり確信が持てなかったことを知りたかっただけだから」

そしてMadders夫人はデスクの上に置かれた小さな箱を指す。「これはあなたへよ」
「何ですか?」
「知らないわ。私が来た時にドアの前に置かれていたものだから」
貴方には借りができたわ。逃げ場所が必要になったときには私の所に来るといいわ。そう言い残し、Madders夫人は帰って行く。

※ちょっとやり取りがややこしくなるかと思い端折ったのだが、Madders夫人はDunesの事務所にあるものがフィルターに対応していないアンティークのものであることから、Dunesが自分と同じフィルター「Clear」を使っていることを見抜く。最後の「逃げ場所が必要になったときには…」はその事情を指している。現時点では…。

Dunesは、デスクの上の箱をまずはAlka 10からの何らかの攻撃の可能性を考え、慎重に開ける。
中から出てきたのは、自分宛ての手書きのカード。筆跡から元妻Kendraからのものだとすぐにわかる。
そして中身は、かつて自分が贈ったプレゼント。アンティークの腕時計…。
彼女が今これを送り返してきた考えに思いを馳せると同時に、冒頭の精神科病棟と時計のジョークが頭をよぎる。
そして、その時計にある違和感を感じ、背面を見てみる。そこにはKendraの手による文字が刻まれていた。
-「私は殺された。」

『Clear』より 画:Francis Manapul

以上が第1話。
第2話では、Dunesの過去について描かれる。
台湾での戦争に従軍した若き日のDunesは、戦友Collinsと共に配属されていた戦艦で敵の思いがけない反撃により負傷し、医療部隊として派遣されていたKendraと出会う。
やがて二人は結婚し、息子Baxterが生まれ、幸せに暮らしていた。
だが、ある日車で移動中にKendraが自身の仕事で研究中の共有型フィルターを使用したことから事故を起こし、息子Baxterを失う。
絶望からDunesは酒浸りになり、やがてKendraとの結婚も破綻する…。

Dunesは、Kendraの勤め先である接続局を訪ね、彼女の突然の死に関わる情報を探る。
彼女のデスクにあった所持品をまとめた箱の中から、Dunesは”1518″に関するメモを発見する。
“1518”。違法なフィルター、更に危険な共有フィルターに関わる組織。
Kendraの足跡を追ううちに、Dunesはアンダーグラウンドでのある動きに接触し、そしてそれに巻き込まれて行く。その過程でDunesはMadders夫人と再会し、彼女の依頼がこれらの動きとも関係があったことを知る。
そしてDunesは、次第にある隠された一つの真実へと近づいて行く…。

近未来SFという形だが、ストーリーはクラシックなハードボイルドのパターンを踏襲している。何か裏がありげな依頼人の金持ちの婦人とか、いかにもそれっぽい。私立探偵Dunesの警察の友人Collinsが「戦友」だという設定、かのマイク・ハマーとパット・チェンバース警部の関係からのいただきだろうな。

冒頭の精神科病棟と腕時計のジョーク(まあ特に日本人感覚ではあまり「ジョーク」っぽく見えないだろうが、そう書いてあるので)、これはそれを捨てて見えなくしてしまえば目の前の危機もなくなると思い込む狂人という、フィルターに覆われ見えなくなっているものにすら気付かず暮らしているこの世界の人々を示す、作品テーマに深くかかわるメタファー。
9歳の少年が話した、という部分も重要なんだが、その辺は話が進むにつれて明らかになって行く。
また、気になってる人も多いだろうカバーにも描かれているDunesが着用しているヘルメットの奇妙な手形の意味も、それに深く関係したものであるぐらいのとこまでは言っとこう。

街を行くすべての人がフィルターを使い、それぞれ別の風景を見ているという設定、ちょっと強引であり得ないと思う人もいるかもしれないが、現在当たり前になっている音楽などを聴きながら歩くというのも、それがなかった時代の人から見れば空想上のSFなんだろう。何よりそれはある種の世界に対するフィルターだ。
また、昨年秋頃毎日のように流れてたジャニーズに関する報道。そういうことが行われているというのは、まあ大抵ぐらいの多くの人がわかっていたことでも、長い間テレビというフィルターの向こうに覆い隠されていた、みたいなことも考えたりする。

スコット・スナイダー作品もこちらでは2回目となるのだが、ここでちょっと彼のスタイルについて考えてみる。
例えば、エド・ブルベイカー、Jeff Lemire、ちょっとこの人については別に詳しく考察する必要があるんだが、とりあえずブライアン・マイケル・ベンディスなど。
これらの作家たちに比べ、スナイダーの作品には主にセリフ・ナレーションといったテキスト部分に於いて、若干の読みにくさを感じる人も多いのではないかと思う。先に言っておくが、ここでは全体的なテキスト量の多さというのは問題にしていない。
これは先に挙げた作家達が、作画も含めたトータルな形でコミックを制作してきた経験があるということなのだと思う。彼らにはコミックのキャラクターレベルでの、彼らがどう話し、読者にどう読まれるか、というコミックの語り方、文法というものが体感的に備わっているのだと思う。そういう経験がないスナイダーはその部分がどうしても弱い。具体的には前にやった『Wytches』でも時々感じたのだが、このセリフはリズム的には複数のフキダシ、またはシーンに分けた方がいいのでは、と思われるところを一気に書いてしまっているというようなこと。
ちょっとアメリカのコミックという部分から話したので、あまりピンと来ない人もいるかもしれないのだが、実はこの辺の文法的スキルというのは、その後がどうなるにせよ最初は自身がストーリーも作る形でデビューする日本の漫画家たちには大抵備わっているものだ。日本の例でこういった形になっているものを考えると、若干極端な印象になるかもしれないが、梶原一騎や小池一夫らの旧「原作者」世代の作品ということになるのかと思う。近年はラノベ原作というものも多くなっており、まだ原作小説とマンガ作品を照らし合わせるようなことはあまりできていないのだが、コミカライズの際の漫画家の裁量による再構成の自由度も高かったり、間に構成という形が入ったり、オリジナルの小説がアニメや漫画を前提に書かれているような部分もあったりで、こういった形での違和感を感じるものは少ないと思う。
コミックのストーリーライターとしての経験も長いスナイダーは、当然シーンごとのテキスト量などについての把握はできており、その辺がおかしくなったりすることはないのだろうが、コマ=パネルを分けたコミックのスタイルというものよりは一貫して流れる映像作品的な方向の考えでシナリオを書いているのかもしれない、とも考える。
ただ、日本でも『バットマン』を中心に多くの作品が翻訳されているスナイダーについては、もうこのスタイルに慣れていてそれほど大きく違和感を持つ人も少ないのかもしれない。なんとなくそこからスナイダーのものが伝統的な「アメコミ」のスタイルなのか?と考えてみたのだが、どうも遡ってクラシック作品まで考えてみるとそれも違うように思える。ただそこで『Spawn』で知られるトッド・マクファーレンのスタイルが似ているのかもしれないと頭に浮かび、その周辺ぐらいから探って行くのがいいのかもと考えている。とりあえず今後の課題。
スナイダーのこういった部分については、日本のマンガと同じように読まれるという観点ではいくらかネックになるのかもしれないが、あまり欠点のようには考えたくはない。これはこれで一つのスタイルという方向で考えて行く方が、アメリカのコミックについてより広く深く理解できるもんだと思う。

今回のスコット・スナイダー、そしてブライアン・マイケル・ベンディス、リック・リメンダーといったあたりは、現代のアメリカのエンタテインメント方向でのオリジナル作品という動きを先導する作家として、特別に注目して行かなければと思っている。ロバート・カークマンの『ウォーキング・デッド』以来、テレビドラマ方向での後押しもあり、拡大してきたこのジャンルがこれからどうなって行くのか。この辺の作家を軸に徐々に広げていきたいと思っているのだけど、この3人についてもやっと手を付けたぐらいで、まだまだ先は長い。その間にも状況は動いて行くもので、もっと頑張らねばと思うばかり。
また、Comixology OriginalsもKindle Unlimitedという手軽さを持ってワールドワイドに展開するパブリッシャーであり、要注目というところ。スナイダー作品以外も今後多く紹介して行きたい。というところだが、Comixologyのリーディングアプリも昨今終了と、縮小傾向が進んでいくばかりのように見えるComixology、大丈夫なのかなとやや不安も。アマゾンのオリジナルコンテンツを増やして行きたいという方向は変わらないとは思うが。

作者について

■Francis Manapul

1979年フィリピン マニラ生まれ。現在はカナダ国籍を持つフィリピン系カナダ人。アーティストとしてのデビューは1998年頃のようで、2000年代に入ってからの初期の仕事としてはTop Cowでの『Witchblade』などが有名。
2007年からはDC Comicsでのキャリアが始まる。カラーリストBrian Buccellatoとのコンビによる『Flash』などが代表作。押しも押されぬ2010年代ごろのDCのトップアーティストの一人で、翻訳も多いだろうから日本語表記でも大丈夫かも。その後はストーリーライターも務めるようになる。ちなみに今作『Clear』ではカラーもManapulが担当。
昨年2023年にはジェフ・ジョーンズ、ブラッド・メルツァーらとともに、Image Comics傘下にオリジナルコミック出版を目的とする新会社Ghost Machineを立ち上げ、現在Peter Tomasiとの新作『The Rocketfellers』に取り掛かっているということ。
このFrancis Manapulも大変優れたアーティストなんだが、フィリピン出身のコミックアーティストというと、Alex Niño、Jerome Opeñaというような神クラスがすぐに二人も浮かぶ。だがしばらく前に調べてみた時、フィリピン本国のコミックシーンはほぼ壊滅状態というのも聞いた。まあ数年前に聞いた話なんで、そこから再生してまた神を産み出して欲しいものですね。

Ciear

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