BANG! / Matt Kindt + Wilfredo Torres

Matt Kindtの不条理?パルプ・アクション!

今回はMatt Kindt/Wilfredo Torresによる『BANG!』。Dark Horse Comicsより2020年に全5話で発行され、TPB1巻にまとめられています。

Matt Kindtというのは、なんかうまく売り出せれば日本でもそこそこ固定ファンがつくだろうぐらいのちょっと変わった作家で、私も以前からかなり注目しています。
今回のキャッチコピーにつけた「不条理」というのもあんまり正確じゃないかな、とは思っているのですが、まあそういった方向の作風。フィリップ・K・ディックあたりが結構近いんじゃないかと思うけど、物語の半ばでそれまでのが全て作られた嘘の記憶だった、みたいな展開でそこで一気にひっくり返すような話を、理屈に理屈を重ねるような手法でやって行きます。こういうのはディックの例を出したように、SFジャンルでやる場合が多いと思うけど、それをスパイ・エスピオナージュみたいなジャンルでやるのがKindtの特徴でもあります。
以前本店の方で彼の代表作である『Mind MGMT』を取り上げたのですが、それは特殊能力を持ったエージェントを使う秘密組織をめぐるエスピオナージュ作品。「Mind MGMT」とはMind Managementの略。例えば催眠術で被術者にすごく熱いものだと信じ込ませることによりそれで本当に火傷してしまう、というようなのを拡大したような理屈で、そういう心理操作の特殊能力を持ったエージェントの闘いというような話。『Mind MGMT』についてはあまりに中途半端で投げ出しているので、こっちで改めてちゃんとやるつもりです。
今回の『BANG!』も、パルプ・フィクションをテーマにそんな独特のKindtワールドが展開する作品です。

BANG!

■Story

『BANG!』より 画:Willfredo Torres

この作品では、各話の最初と最後にこのような形でペーパーバックの1ページが呈示される。これがそれぞれの物語の導入と、一つの結末などというような趣向になっている。その辺の意味や意図については話が進むにつれてわかってくるので。
まずここでは、右上に見える”A Thomas Cord Novel”からThomas Cordというキャラクターを主人公とした小説シリーズの中の『Suite Death』というタイトルの作品であることがわかる。そして何らかの特殊工作員らしい主人公Thomas Cordとブラジル出身の美女Fannyとのややエロチックなやり取りの間に挟まれる文章から、彼がGoldmazeという敵から「The Eighteen Stigma of Philip Verge」というものを奪取するという任務を持っていることが読み取れる。

続くページから本編。
主人公Thomas Cordは、がっしりしたスポーツマンタイプの体格のハンサムな中年白人男性。今は捕らえられ、椅子に縛られて、3人の敵に囲まれている。殴られ鼻血を流しながらも、不敵な笑みを浮かべ減らず口を叩き続けている。彼の縛られている椅子の横にはスーツケース。
彼の目の前に立つ巨漢は言う。
「Thomas Cordさん、今すぐそのスーツケースを開けるか、次にあんたの口から出てくるのがあんた自身の舌になるかだ。」
Cordは気付かれぬよう後ろ手に縛られた手首の腕時計に仕込んだレーザーで縄を焼き切る。
正面の男に肘打ちを叩き込み、股間を蹴り上げる。
スーツケースを片手に囲みを破り、追っ手を振り切り、テラスルームに飛び込むと、窓ガラスを傍らの彫像で破りダイブ!
岸壁に建てられた屋敷の下は海だった。

『BANG!』より 画:Willfredo Torres

自分のクルーザーに無事戻ったThomas Cord。スーツケースを開く。
中に納まっていたのは一冊のペーパーバック。『The Eighteen Stigma of Philip Verge』
「世界の半分を渡り、50人のGoldmaze配下を相手にし…、それがこのペーパーバックか。簡単に手に入るものなどない、って話か…。」
「そうじゃないことは知ってるでしょう?」
声に振り向くと、そこにはセクシーなラテン系美女。
「Fanny!」
「なんでこんなところにいるんだい?」と話しながら、嬉々として早速FannyにのしかかるCord。
その顎に、Fannyが手にした銃が突きつけられる。
BANG!
弾丸はCordの脳天を突き抜ける。崩れ折れ海に落ちて行くCordにFannyが吐き捨てる。
「豚が」

プエルトリコ アレシボ天文台 MI-X秘密本部。
作戦指揮官の女性の前に、黒人男性が座る。
「おかえりなさい、Thomas Cord。また会えてよかったわ。」
「こちらこそ、マダム。」
「どうしたの、大丈夫?」
「少々頭痛が…。時差ボケのせいでしょう、問題ありません。」

『BANG!』より 画:Willfredo Torres

「我々の最高のエージェントが、これらを入手するために命を落としたわ。」
作戦指揮官はCordに数冊の本を手渡す。一番上に『The Eighteen Stigma of Philip Verge』。
指揮官はCordに任務について説明する。

当局はこの作者Philip Vergeが全ての状況のキーとなる人物だと見ている。
彼は「モグラ」で、おそらく何らかの秘密情報を小説内の文章に埋め込んでいるのではないかと思われる。
Goldmazeの組織直属ではなく、インディペンデントである可能性が高い。
だが、彼がGoldmazeの組織に重大な打撃を与えうる秘密情報を保持しているのは確実で、それらのために早急に身柄を確保する必要がある。

Thomas Cordは、確認されているPhilip Vergeの滞在先であるロサンゼルス北のサンガブリエル山脈内にある山荘へ向かう。
山荘へ向かう道すがら、Cordの手記という形で挿入されるモノローグが、Goldmaze、MI-Xについて説明している。

Goldmazeが狂信的なカルトとして活動を開始したのは、1960年代だ。
彼らの主張するところでは、この世界はすべてが幻覚であり、我々はそこに閉じ込められた囚人だということだ。
そこから脱出し、自由になるためにはこの世界を破壊せねばならない。
そのような狂った思想は、予想すらできない破壊活動を引き起こす、最悪の敵を産み出す。
それに対抗すべく英国が極秘裏に設立したのが、MI-X。
何処にも属さず、記録もない完全な秘密組織で、目的遂行のためにはいかなる行動も許されている。
俺はどれほどの時間、いつからここで闘っているのか。まるで生まれた時からこの仕事に従事しているとさえ思える…。

Thomas Cordは山荘へ到着し、屋根伝いに内部に潜入する。
Cordが侵入した部屋は寝室で、黒髪の女が一人、鏡台に向かって座っていた。
Cordが銃を手にし、様子を窺う中、女は煙草に火を点け、振り返る。
「Thomas Cordね。待っていたわ。」
女はCordに近寄り、顔に大量の煙を吹きかける。
毒ガス?ドラッグ?気付いた時には遅く、Cordはその場に倒れる。
倒れたCordに黒猫が歩み寄り、語り掛ける。
「いつからThomas Cordをやってる?MI-Xのエージェント。」
「Vergeのドラッグの影響か?それともお前は他のやつらと違うのか?」

幻覚?それとも記憶…?
何故お前が1950年代のロシアのスパイマスターProfesser Nyetとの戦いを憶えている?
お前は30歳でまだ生まれてさえいない。
何故お前が1970年代のフランスの暗殺者トリオとの彼女たちのデッドリーパークでの死闘を憶えている?
何故お前が1960年代のスーパー刑事Paige Turnierとの共闘を憶えている?
お前はまずそれを問うべきではなかったのか?

『BANG!』より 画:Willfredo Torres

Cordは意識を取り戻し、山荘の探索へ向かう。
タイプライターの音?それをたどり、音が聞こえてくる部屋に踏み込むと、そこには奇妙な自動記述用にカスタマイズされ、大量の紙を吐き出し続けるタイプライターと、その前に立つ一人の男がいた。Philip Verge。
「君がここに現れるのはわかっていたよ。」Vergeは笑顔でCordにそう告げる。

Vergeはそのまま続ける。
「私の自動記述機は、君の到着を昨日と予測していたんだが、一日遅れたようだね。」
「君がここに来たのは、君自身を取り巻く壁を壊すためだ。君が本当は誰、何なのかを明らかにするためだ。」
「君の真実を明らかにするために。君が唯一のではなく、Thomas Cordの一人であることを。」
「Goldmaze打倒のためには、この含意を完全に理解してもらわなければならない。なぜならそれを君一人の力で成し遂げることはできないからだ。」
そしてVergeはデスクの引き出しから3冊の本を取り出す。
「なんだ?また別の小説か?」
「ただの小説ではない。」
「彼らは”ストライクフォース”だ。私はこの時を予期して何年も前からこれらを書いてきた。」

『BANG!』より 画:Willfredo Torres

「あんたイカレてるよ。」
「私がかい?まず自分に問うてみるべきじゃないか?どうして君は1963年のGoldmazeとの戦いを憶えている?」
「どうやってそのThomas Cordが1983年にサンフランシスコでGoldmazeのダーティーボムによる爆破計画を阻止したんだ?」
「そして、どうしてその同じThomas Cordが30歳でここに立っているんだ?」
「君は洗脳された殺人マシーンなんだよ。コードネーム”Thomas Cord”。」
「君にとって幸運なことに、私はすべての答えを知っている現実に飛び出したSF作家だ。」
「ボスが君をここに派遣したのはそういうわけだ。さあ、始めるぞ。仕事は山積みなんだ。」
呆然とするThomas Cordの手には、Vergeによる小説、Thomas Cordシリーズの一冊『Suite Death』があった。

『BANG!』より 画:Willfredo Torres

そして最後に『Suite Death』の1ページが現れる。
クルーザーの船上でThomas Cordが射殺された後の顛末が描かれている。
実はGoldmazeのエージェントであったFannyが、自身のミッションの成功に安心しているところで、水中に潜んでいたMI-Xのエージェントが現れ、Fannyを特殊銃で撃ち意識を失わせて、『The Eighteen Stigma of Philip Verge』を奪い返す。
三人のMI-Xエージェントは、Cordの遺体と意識を失ったFannyを回収し、クルーザーを爆破して海に消える。
Thomas Cordは死んだ。だが彼はまた戻って来るだろう。

以上、『BANG!』の第1話。
続く第2話からは、作中で新たに提示された3冊の本のキャラクターたちが登場してくる。ここで既出を含めたキャラクターを紹介しておこう。

■キャラクター

  • Thomas Cord:
    英国秘密情報部MI-Xのエージェント。実は”Thomas Cord”はコードネームで、洗脳により歴代の”Thomas Cord”の記憶を受け継がされていることが作中で発覚する。

  • John Shaw:
    元刑事。謎の送り主からセットで送られてくるカプセルを吸引することにより能力を拡大できる。能力はカプセルごとに一つ。カプセルセットの送り主が添えたメモに従い行動すると事件に遭遇する。行動中は常に裸足。

  • Michele Queen:
    別名Doctor Queen。謎の億万長者Jonathan Kingの命により悪と戦う女性エージェント。万能のBioengineered Organic Inteligence=BOIを相棒に、その操作であらゆる能力を拡大する特殊スーツで行動する。

  • Paige Turnier:
    特別な資格や肩書を持たないが、その卓越した知能により事件が発生する場所を察知し、事件発生時たまたま居合わせた風を装い探偵役として事件を解決する高齢の女性。自身の知能を隠すため、常に田舎者風の話し方をしている。

  • Philip Verge:
    謎のパルプ小説作家。すべてのキャラクターを創造し、過去から未来に至るまでのすべての事件・出来事は、彼の小説にあらかじめ書かれている。

蛇足を承知で各キャラクターについて説明すると、Thomas Cordの元ネタは、何度も代替わりしているがもはや暗黙の了解以前に同一人物とされている映画のジェームズ・ボンド。
John Shawは見たまんまのダイハードのジョン・マクレーン、あるいはブルース・ウィリス。とにかくまず裸足になる。
Michele Queenはバイオニック・ジェミーとチャーリーズ・エンジェルの設定を混ぜたやつ。
Paige Turnierは謎解きパズルミステリーのミス・マープルあたりがベースなんだろうけど、そっちジャンルはイマイチ不案内なんで。

第2~4話はそれぞれ各キャラクターが主人公のストーリーが小説の1ページを前後に挿入する同様の形で描かれ、最後にThomas Cordが現れ、それぞれをVergeの”ストライクフォース”へ招聘するという形で展開して行く。
そして第5話は4人揃った”ストライクフォース”がVergeとともにミッションに臨むが…。

終盤第5話あたりが若干物足りない感じがして、そこを2話ぐらいにしてもよかったんでは、と思ったりしてしまうのだが、それぞれ1話がキャラクター一人の1冊のパルプ小説に見立てたようなこの形が、そもそものKindtの構想なのかなとも思う。
Kindt自身の作画によるものは少しとっつきにくいかとも思うので、Kindt入門用にはいい作品なのではないかと思います。

作者について

■Matt Kindt

1973年生まれ、ニューヨーク出身。1990年頃から自身のコピー同人誌を発行。1995年にウェブスターユニヴァーシティをアート専攻で卒業。
2001年、Jason Hallとの共作による『Pistolwhip』でTop Shelf Productionsよりデビュー。Jason Hallという人はその後DCやDark Horseでいくつか仕事をしているが、いずれもライターで、どういう形の共作か不明。早く読んでみます。その後、『Pistolwhip』の続編や、2004年『2 Sisters』から始まる単独のオリジナル作「Super Spy」シリーズをTop Shelfより発表。
2010年Vertigoよりグラフィックノベル『Revolver』。DCの方でもいくらか仕事はあるが、こちらはあまり伸びなかった感じ。
2009年『3 Story: The Secret History of the Giant Man』あたりからDark Horse Comicsに活動の中心を移す。代表的な作品は『MIND MGMT』(2012-15)、『Dept. H』(2016-18)など。
2013年からはValiant Entertainmentで『Unity』、『X-O Manowar』など、多くの作品を手掛けている。Valiantについても一時期本店の方でいくらか書いて投げ出しちゃってる状態なのだが、細々ぐらいには読んでいるのでいつかKindt中心にでもいくらかまとめられればと…。
2020年には盟友Jeff Lemireとの共作でキックスターターでグラフィックノベル『Cosmic Detective』の制作を始動。作画David Rubínにて2021~22年にデジタル版、プリント版が発行された。こちらは今年9月にImage Comicsより再発の予定。
2017年頃からBOOM! Studiosでもいくつかの作品を発表。どうもBOOM!の近年のあたり重要作見逃しが多い。しっかりせんと。
2021年にはBOOM!からキアヌ・リーブスとの共作で『BRZRKR』を発行。これの第1号の販売数は、近年のアメリカのコミックシーンの中でもちょっとした記録になったらしい。日本でも翻訳出るかもしれないけど、出たら出たで帯とかにこれでもかぐらいにでかでかと「キアヌ・リーブス原作!」とか書かれて、日本に私以外存在するのか知らないKindtファンにとってはかなり苦々しい日本デビューになりそう…。
本当は著作リストぐらい作るべきなんだろうが、それも含めてMatt Kindtについてはこれから頑張って行きますので。まずは『MIND MGMT』ちゃんとやり直そう。

■Wilfredo Torres

生年、出身地等資料見つからず。DCのデータベースに誕生日6月21日だけ載ってた。もうすぐ。とりあえずお誕生日おめでとう。2012年頃よりDC、Dynamite、Dark Horseを中心に多くの作品の作画を手掛けている。
ちょっと英国のI.N.G.Culbardにも通ずる感じの独特のレトロテイストもあったり。レトロテイストが正確かどうかはまだ考え中ぐらいなんだが。あと、線とかは全く違うけど、あの故Darwyn Cookeからの影響とかもあるのかもしれない。

■nayoung kim

カラーリストはこの人一人ではないのだけど、メインでやってるのはこの人だと思う。韓国出身の女性カラーリスト。マーベルのデータベースで見つけたけど、生年などの記述なし。マーベルでの代表的な仕事などいまいちよくわからないのだけど、この『BANG!』の他にはImageの『The Beauty』のカラーを担当。

BANG! / Matt Kindt + Wilfredo Torres

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