Reckless / Ed Brubaker+Sean Phillips

今回は『Reckless』!エド・ブルベイカー&ショーン・フィリップスの黄金コンビで、2020年よりImage Comicsからオリジナルグラフィックノベル形式で発行されているRecklessシリーズの第1巻です。

こちらについては、まずこのシリーズがいかなる経緯で始まったのかから始めるのが適当かと思う。本来はこの作品のあとがきに書かれているところではあるのだが。あ、ネタバレの類はないから安心して。

少年時代、ブルベイカーは、読書家でありコレクターであった父の、壁一面を埋める書棚の本、特に探偵やスパイの活躍するペイパーバックに魅せられて育った。

成長し、コミックの世界に入り、コミックの世界でもそういったものを作ってみたいという思いはあったが、それは叶わず、日々の仕事に埋もれて行った。

だが、その状況を新型コロナによるロックダウンが一変する。

コミックの出版はシャットダウンし、計画中のプロジェクトもストップする。

やることもなく、外出もままならないという状況で、彼の足はかつて親しんだ書棚に戻って行く。

そしてある朝、彼はノートを広げ新たな構想を書き始める。主人公の人物、設定、それを取り巻く環境、物語をどのように語るか。

こうして、このEthan Recklessを主人公とするシリーズは出来上がった。

途中でいちいち説明するのもややこしいので省略してきたけど、このあとがきで興味深いのは、「I」と「We」の使い分け。「I」というのはブルベイカー個人の私で、「We」となっているのはフィリップスを含めた我々。フィリップスと話し合ったなどの説明はなく(もちろんどこかの時点で話し合っているのだろうけど)、それこそ発想ぐらいの段階で「I」は「We」に切り替わっている。これは作品はブルベイカー&フィリップスというチームで作られるのが当然の前提ぐらいの、彼らの結束の強さを感じさせる。

ブルベイカーの意図は、彼が親しんできたペーパーバックオリジナルのようなコミックを作ることである。そして彼ら(ちなみにこのチームにはカラーリストとして、自身も既にコミックアーティストとして活躍中のフィリップスの息子ジェイコブも加わっている。)は、これをアメリカのコミックでは前例のない、シリーズ作品をオリジナルのペーパーバックとして刊行するという決定をする。開始から一年間で3作を製作。ペーパーバックオリジナルというのはそのくらいのペースで出ていたのだから。あ、実は本自体はハードカバーで出ているんだが、まあそういう細かいことはいいんだよ。まあ出版社サイドの都合レベルのことやろ。要するに形!

1巻当たりが大体150ページ前後で、年間450ページ。まあ日本から見ればそれほどすごくは見えんだろうが、アメリカのコミックではかなり異例のことだ。アメリカで複数のアシスタントを使うような制作体制が可能なのかわからんけど、ジェイコブもカラーだけじゃなくバックぐらい描いたかもしれんね。

ということで、この作品、シリーズがいかなる意図のもとに作られたのか、お分かりいただけたであろう。これこそが私が夢に見たレベルの、世界最強のハードボイルドコミック製作チームによって作られた、ペーパーバックオリジナルハードボイルドコミックである!というわけで、ここからはこの作品をハードボイルドオタクモードに切り替え、めっちゃ熱く語るものである!あ、でも暴走・暴言の類はなるべく控えるよう努力しますので。なるべく…。

Reckless

■Ethan Reckless

まずはこの物語の語り手であり、主人公であるEthan Recklessについてから始めよう。

年齢は物語が始まる1981年には30代前半。職業は無免許の私立探偵というところ。様々な人から持ち掛けられた問題、奪われた資産の回収、脅迫事件から誘拐された愛犬の捜索などを解決し収入を得ている。解決方法は、必ずしも合法的である必要はなく、決まった料金があるわけではない。

南カリフォルニアに暮らし、潰れた映画館を住居としている。彼が地元の不動産業者の抱える問題を解決し、報酬としてこの場所を手に入れたことは、作中で簡単に語られる。

無免許の資産回収屋と言えば、言わずもがなの60~70年代のこのジャンルで最も有名なトラヴィス・マッギーの設定だが、ブルベイカーこれやりたかったんだろうなあ、って感じ。映画館に住む探偵と言うと、日本の林海象監督の『濱マイク』が一番に浮かぶが、ブルベイカーがこれからいただいたのかは不明。まあ映画、映像作品なんだから日本製でも観れない、必ずしも観てないとは限らないだろうけど。

Ethanには、仕事のために電話受付や調査補助、経理などを担当する助手を雇っている。秘書?Annaという女性。Ethanより一回りぐらい若い感じかと思う。姓やその他詳細は、第1作では不明。

この作品は、ハードボイルド作品では定番の、主人公の一人称のモノローグにより進められて行くのだが、それが現在から回顧した過去という形になっている。ブルベイカーのあとがきによると、現在という視点を加えたうえで、このシリーズの舞台となる80年代を描くという手法のようだが、それ以外の意図があるのかは第1作の時点では不明。とりあえずこの第1作『Reckless』では、「現在」のEthanは登場しない。

■ストーリー

人里離れた農家の倉庫。その入り口近くに停められた錆の浮いたピックアップトラック。周りには二人の男が倒れている。そして開け放たれた運転席側の窓には二つの弾痕。

「つまりだ、ある電話番号がある。」

「そして、応答した留守番電話にメッセージを残す。」

「自分がはまり込んでるトラブル。警察には相談できないこと。そしてその理由。」

「すると男が現れ、そしてその問題を解決してくれるというわけだ。」

ここで話している男が現れる。長髪、口髭、ティアドロップ型サングラスのやや細身の中年男。倉庫の中を仕切る間口に煙草を吸いながら立ち、その奥にいる人物に話しかけている。

「何か質問があるかい?」姿の見えない奥の人物が応える。

「お前がその電話番号の男というわけだな。」

「そういうことだな。」

「お前さんはそうやってお前とは無関係のクソに首を突っ込むことで、結構なカネを儲けてるのか?」

「時々はね。」

「いつもってわけじゃねえんだな。」

「今回のこれはカネのためじゃない。」

「そうは見えねえが…、よし、わかった。」

男は傍らにあったマチェーテを手にする。

「俺はお前を殺さなきゃならん、てことでいいんだな?」

ここで奥にいた男が姿を現す。ところどころ破れた着衣は返り血に汚れ、右手には血塗られた手斧を持っている。足元には生死不明の男が二人倒れている。

この物語の主人公であるEthan Reckless。

「ああ、わかった。俺もあんたにそういう用事で会いに来たんだ。」

『Reckless』より 画: Sean Phillips

物語のある時点での「結果」を断片的に冒頭に示す、映像作品などにもよく見られるブルベイカーが好んで使う手法。本店で前に紹介したブルベイカー-フィリップス作品『Kill or Be Killed』でも多用されていた。

そして、時間は2週間前に戻り、ここに至る今回の出来事が最初から語られ始める。

モノローグで6年前にこの仕事を始めた事情を、1981年のロサンゼルスの風景を背景に語りながら、移動する場面はEthanが住む営業を終了している映画館へたどり着く。

自分一人のために上映している『狩人の夜』を座席で鑑賞しているEthanの後ろで、Annaが来ている依頼について話す。

「父親がイカサマ賭博で奪われたビンテージカーを取り戻してくれたら、2,000ドル払うというのが来てるけど?」

「興味ねえなあ。」

「何かやってもらわないと、そろそろこっちの給料も出なくなるんだけどねえ。」

「わかったよ、ほかにもっとマシなのはないのか?」

「変なのがあるわよ。女性ね。”私はあなたを知っていると思う”。」

「なんだって?」

「Donovan Rushという名前に心当たりがあるなら、私が誰かわかるはず。」

「他には?」

「Moonlite Innに。あと3日はそこに居ると。」

車のウィンドシールド越しにMoonlite Innを見るEthan。彼女はそこに居た。

ああ、もちろん彼女だ。

10年前、1970年代初頭。俺は爆弾の事故による爆発で死にかけた。

10年前、俺はある左翼過激派グループの中にいた。グループのリーダーの妹。それが彼女 Rainy Livingstonだった。

俺とRainyは激しく恋に落ちた。世界はいかなる可能性にも満ち、そして彼女は俺が生きているための最も重要な理由だった。

だがその爆発が全てを変えた…。

あの爆発で、俺は自分が以前と同じ人間とは感じられなくなってしまった。

何か自分の深いところにあったものが失われてしまったような。

今、彼女を見て、本来感じるべき感情が自分の中に起こっているかも疑わしい。

本来なら感じていなければならない自己嫌悪も感じない。

俺はあの時、周りのすべてに噓をついていた。

俺はFBIの潜入捜査官だった。

それがその時の、Donovan Rushという名の俺だった。

『Reckless』より 画: Sean Phillips

そして二人は再会する。その後はどうしていた?Ethanは嘘を交えながら、曖昧に彼女と話を合わせる。

RainyがEthanを見つけたのは偶然だった。数か月前、彼女がバークレイの友人の家に滞在しているとき、その友人から昔巻き込まれた厄介ごとから救ってくれたサーファーの話を聞いた。その男についての特徴、容貌などを聞いているうちに、それが彼女の知っているDonovan Rushと一致したというわけだ。

そして彼女は、その男が自分の知っているDonovan Rushであれば、という期待を持ってその番号に電話してきた。自身の抱えるあるトラブルを解決するために…。

彼女の問題とは、本来彼女のものである10万ドルを取り戻したいということ。だが、その金は74年に彼女があるグループと一緒に行った銀行強盗の彼女の取り分だということだ。

その強盗事件では、手違いで警官を殺すことになってしまった。強奪した金はほとぼりが冷めるまで、数年間は誰も手を付けずにある場所に隠すことでグループは合意した。

10年にわたる逃亡・地下生活は彼女を疲弊させ、今彼女はその金でそれまでの一切を捨て国外に逃れ、新たな人生を始めたいと望んだ。

しかし、意を決して連絡を取った彼女のコンタクトは、隠し場所が数年を経るうちに劣化崩壊し、その金はすべて失われたと告げる。だが、事件の主犯格であった男の最近の行動から、それは事実ではなく彼が全てを自分のものとした疑いが強く感じられる。

なんとかその金を取り戻したい。私の新たな人生への船出のために。

かつての恋人Rainyは、Ethanにそう懇願した。

70年代に深い傷を負い、その深部に悔恨と罪悪感の片鱗を抱えながら生きてきた男の前に、失われたと思っていた過去が亡霊のように浮かび上がり、古傷を開いて行く。70年代地下活動の末路。そして我々は最初に見たあの場面にたどり着き、その本当の意味を知る。

このハードボイルド廃人が全力で太鼓判でも血判でも太鼓の達人でもなんでも捺す、「コミックとして」なぞという注釈すらいらないハードボイルドの傑作シリーズの誕生である!だがリズムゲームに関しては全盛期でもクソザコ級であったことは告白しておく。そして様々な局面で強制的に現れるミニゲームのリズムゲームにさよならを言う方法は見つかっていない。

フィリップスの素晴らしいハードボイルドタッチの作画のみならず、モノローグを「文章」になり過ぎないように分割し、それを配置して行くテクニックなど、ハードボイルドをコミックという形式に落とし込んでいく手法には大変見るべきところも多い。

カリフォルニア、またはマイアミなどに住む主人公がサーフィンをやるようなライフスタイルが描かれるようになるのは、80年代頃のハードボイルドから始まったものであり、その辺にもブルベイカーの80年代を時代設定とした作品への考えが見える。あ、あらすじの中には含まれなかったけど、サーフィンしている場面あるから。またアクション・バイオレンス描写が激化してくるのも80年代以降の傾向だが、まあこの作品については当然2020年代としてタランティーノ以降から続く多くの影響が含まれているのだが。ただその一方で、ブルベイカー-フィリップスのビジュアル傾向には、70年代のクライムムービーからの影響が強いようにも思うんだけどね。

まあハードボイルド考察としてはいくらでも出てくるが、これ以上やるとやたら長くなって各方面への罵倒が始まるんでこの辺で。

Recklessシリーズは現在5作まで。続きもこんな感じでやっていこうというところなのですが、こちら5巻出たところでシリーズは一休みのようで、ブルベイカー-フィリップスの次の作品は別の作品。タイトルは『Night Fever』。6月発売で既にアマゾンでの予約も可能。形式はオリジナルペーパーバックで、『Vol.1』となってるが、続きのあるシリーズなのかは不明。あっちのコミックは1巻で完結してるものでもVol.1とか入ってること多いので。内容は1970年代のヨーロッパが舞台の、ジキル-ハイド ノワールスリラーとのこと。まあブルベイカー-フィリップス作品ならすべて読むので、いつになるかはわからんけどお楽しみ、というところですね。

作者について

作者チームについては、日本的にもある程度紹介されていると思うが、こちらでも簡単にやっときます。

■Ed Brubaker

エド・ブルベイカー、1966年アメリカ メリーランド生まれ。1987年頃より作画も自分で手掛ける形でアンソロジーなどに作品を発表し始める。初期の作品にはバイオグラフィー傾向のものが多く、Caliber Comicsの『Lowlife』と言った作品が代表的なようだが、現在は初期作品群については出版されていない。

90年代後半にはDC Comics傘下Vertigoでも作品を発表し始め、クライム作品『Scene of the Crime』(2000年 作画:Michael Lark)も出版されるが、同時期より始めたヒーロー・ジャンルの方が先に評価が上がり、以降DC、マーベルにて多くのキャラクター作品を手掛ける。

2009年、Marvel Comics傘下Iconにて開始されたオリジナルシリーズ『Criminal』が高く評価され、2013年には発表の場をImage Comicsへ移し、以降はクライム系のオリジナル作品を多く発表している。特に近年の作品はすべてショーン・フィリップスとの共作となっている

■Sean Phillips

ショーン・フィリップス、1965年英国出身。なのですが、フィリップスについてはwikiを見ていたらかなり興味深いインタビューを見つけました。有名なThe Comics Journalの2022年1月の結構新しいやつです(The Comics Journal/“WE GET TO DO WHATEVER WE WANT!”: AN INTERVIEW WITH SEAN PHILLIPS)。ですがちょっと長くて時間がかかりそうなので、こちらは後で読むとして簡単な経歴をまとめておきます。何か近所の習い事的なマンガスクールに通っていたのがきっかけで少女向けコミック誌でコミックの仕事を始めたとかかなり面白そうなんだが、いずれまたということで。

80年代、ハイスクール時代からBunty、Judy、Nikkiなどの少女向けコミック誌でコミックの仕事を始める。88年カレッジを卒業後、本格的にコミックアーティストとしてデビュー。英国のCrisis誌で、パット・ミルズ、John Smith作品などを手掛ける。90年代いくつかのVertigo『Hellblazer』を手掛けるが、2000年頃までは主に英国2000ADでの仕事がメイン。2000年以降はアメリカでの仕事が主となって行くが、そのころからはブルベイカーとのコンビが多くなってくる。ここ12、3年はブルベイカーの仕事のみ。日本的には確か代表作『Marvel Zombies』にされてたな。

ブルベイカーとのチームについてもインタビューで色々話してると思うのだが。今回の教訓:インタビューは早めにチェック!

■Jacob Phillips

ジェイコブ・フィリップス、誕生日不明、見つからんかった。ショーン・フィリップスの息子。近年のブルベイカー-フィリップス作品はすべて彼がカラーリングを担当。現在『That Texas Blood』(ストーリー:Chris Condon)と『Newburn』(ストーリー:Chip Zdarsky)の進行中2シリーズの作画を手掛けている。この辺についても読んでみたいところなので、ジェイコブについてはその時に。とにかくChip Zdarskyについてもなんか早く読まねばと思っているしなあ…。

Ed Brubaker+Sean Phillips

■Night Fever

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