The Complete Alan Moore Future Shocks

アラン・ムーア初期ショート・ショート集!

今回は『The Complete Alan Moore Future Shocks』。かのアラン・ムーアの初期作品集です。1980~83年ぐらいの間に英国2000ADに掲載された作品群で、2013年に初めて1冊の単行本としてまとめられました。80年代後半頃、一部の作品はまとめられたりしましたが、全部が集められたのはこれが初となるということです。

アラン・ムーアのキャリアとしては、これ以前に自身が作画も担当していたりという時期が数年あり、この後、2000ADでは『Skizz』(1983)、『D.R. and Quinch』(1983-85)、『Ballad of Halo Jones』(1984-86)と続き、他には『V for Vendetta』(1982-85)などがあり、米国DCで『Swamp Thing』が始まるのが1984年というような時期です。
この辺の作品と同時期にはMarvel UKでの作品もあり、そのあたりはまた版権的な問題で作者名の入らないまま、現在は『Captain Britain Omnibus』としてまとめられているようです。

アラン・ムーアってちょっとめんどくせえ。
いや、なんか日本でなんか書くについてってことなんだけど。なんかアラン・ムーアの日本のWikiって英語のより長いんじゃない?ってくらいだったりするしさ。
まあ当方性格の曲がり切った偏屈ゆえ、アカデミックに堅苦しく高尚に持ち上げたがるようなもんには自動的に反感を発動してしまうのだけど、それ以上に一昔前の世の中統計的に言ってバカの方が多いのだからバカ基準で幼稚に語るのが正解みたいなサブカルスタンスはそれに輪をかけて嫌いだったりするので、気が付けば全方位向けに罵倒をまき散らしてしまうということが多々あるのですが、そういったことはここだけに抑えて、「面白い作品の紹介」という方向でやっていきたいと思います。

収録作品はどれも大体4~5ページのもので、短編というよりはオチの効いたショートショートぐらいの感じで読むのがいいんじゃないかなというものです。
ムーアはこの辺の作品については、本当は長いものを書きたかったのだけど、短いものしか依頼が来なくて苦労した時期のもの、というように言っていて、その一方でこういうものを書くことが物語構築を学ぶ上では役に立ったとも言っています。
沢山の作品があり、そりゃあ中にはややオチが弱いというようなものもあるけど、完成度の高い作品も多く、なんか「修業時代」みたいな上から目線で見るのではなく、「初期作品集」ぐらいの考えで楽しんで読めよ、というところです。

The Complete Alan Moore Future Shocks

■カバーについて

まずカバー画についてから始めるのだが、ちなみにこちらは2000ADのアプリ/オンラインショップのみで販売されている同作品集のカバー。
Kindle版とはデザインが違うが、どちらも共通してムーアの額に円盤状のものがついている。これは2000ADの宇宙人編集長Thargの額についているのと同じもの。「rosette of Sirius」というものらしい。
2000ADのクリエイター陣は、基本的にすべてドロイドということになっているので、ムーアはそれより上の編集長と同じ宇宙人クラスとしてリスペクトされているのだろう、というのがこの画に含まれた意味というかユーモアなのだろう。
なんかマンダラをモチーフとした云々とか言い始める人いそうなので、最初に書いとく。ただ、元になってるThargのの元ネタがなんか「マンダラをモチーフとした云々」なのかどうかまでは知らないけど。

■本編について

こちらの作品集、先に書いた通り、4~5ページの短編が200ページにわたって掲載されており、当然ながら全作を紹介するのは不可能。そういうわけで、全4章に分かれた最初の3章ではそれぞれピックアップした作品を紹介し、最後第4章連作短編のAbelard Snazzについては一通りすべてのあらすじを紹介するという形でやって行く。

■第1章 Tharg’s Future Shocks

Tharg’s Future Shocksは、現在の2000ADでも続いている短編読み切り作品のシリーズタイトル。新人作家の登竜門的な性格が強いが、必ずしも新人作品に限定されているわけではない。現在は毎号掲載されているわけではなく、各連載作品の交代時の空いた枠ぐらいしかないが、当時は毎号ぐらいに枠があったのかもしれない。実際今のペースぐらいだと個人の作品だけ集めて本を作るのは難しそうだし。
先に書いた、短編しか依頼が来なかったというのはムーア自身からの見方だが、実はムーアの短編に人気があったので多く依頼が来ていたというケースも考えられるのかも。2000ADというコミック誌は、正味30~35ページぐらいのところに、各4~5ページで5作品ぐらいが掲載される体裁で、1枠は『Judge Dredd』で固定されており、あと最低2~3枠は連載作品が掲載され、当時読み切り作品の枠が多いときで2あったかぐらいのものだろう。そもそも新人作家の登竜門的な性格も持っていた場所なら、ムーア作品だけ掲載するわけにもいかなかったところで、1980~83年の約4年間で1冊の本としてまとめられるだけの量があるというのはかなり特異なケースだろう。同様に週刊で出版されている日本のマンガ誌で、連載という場を持たず、4~5ページの作品だけでそのくらいのスパンで本出せるケースがあったかぐらい考えれば見えてくるだろう。

●作品一覧

タイトル 作画 掲載年/号 ページ数
1 Grawks Bearing Gifts Q Twark 1981/203 5
2 The English/Phlondrutian Phrase Book Brendan McCarthy 1981/214 6
3 The Last Rumble of the Platinum Horde John Higgins 1981/217 5
4 They Sweep the Spaceways Garry Leach 1981/219 4
5 The Regrettable Ruse of Rocket Redglare Mike White 1981/234 6
6 A Cautionary Fable Paul Neary 1981/240 5
7 Mister, Could You Use a Squonge? Ron Tiner 1981/242 6
8 A Second Chance! Jose Casanovas 1982/245 2
9 Twist Ending Paul Neary 1982/246 3
10 Salad Days! John Higgins 1982/247 2
11 The Beastly Beliefs of Benjamin Blint Eric Bradbury 1982/249 2
12 All of Them Were Empty Paul Neary 1982/251 2
13 An American Werewolf in Space! Paul Neary 1982/252 3
14 The Bounty Hunters! John Higgins 1982/253 3
15 The Wages of Sin! Bryan Talbot 1982/257 6
16 Return of the Thing! Dave Gibbons 1982/265 2
17 Skirmish! Dave Gibbons 1982/267 2
18 The Writing on the Wall! Jesus Redondo 1982/268 2
19 The Wild Frontier! Dave Gibbons 1982/269 2
20 The Big Day Robin Smith 1982/270 2
21 One Christmas During Eternity! Jesus Redondo 1982/271 2
22 No Picnic! John Higgins 1982/272 2
23 The Disturbed Digestions of Dr. Dibworthy Dave Gibbons 1982/273 3
24 Sunburn Jesus Redondo 1982/282 5
25 Bad Timing Mike White 1982/291 4
26 Eureka! Mike White 1983/325 5
27 Dad Alan Langford 1983/329 2
28 Buzz Off! Jim Eldridge 1983/331 2
29 Look Before You Leap! Mike White 1983/332 2

あった方がわかりやすいかと気付いて、後からページ数入れた。1982年は2ページとかも多いのだが、かなりの頻度で掲載されていたのもわかるだろう。1983年になると『Tharg’s Future Shocks』としては少なくなるように見えるが、以下に続く他のシリーズ的なのがあったり、Prog308からは『Skizz』の連載が始まり、その後は版権問題で2000ADと手を切る1986年頃までに『D.R. and Quinch』、『Ballad of Halo Jones』とそれほどは切れ目なく連載が続いて行くことになる。

●作品について

まあ4ページ前後ぐらいのものとなると、オチまで書くしかなくて大体ネタバレになっちまうのだが、いくつかピックアップして紹介して行きます。

2.The English/Phlondrutian Phrase Book

序盤でかなり笑わせてくれるのがこれ。旅行に便利なPhlondrutian語会話集というところか。
「あの紳士たちは私たちの荷物を食べています。」
「私は果物密輸が犯罪であったことを理解していませんでした。」
「タクシー!」
「あの回転ドアは私の妻を攻撃しています。」
6ページ続く中で、この一家がどのくらいひどい目に遭うのかは、見てもらいたいとこですね。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Brendan McCarthy

4.They Sweep the Spaceways

失業に苦しむ2000AD読者に、新たな有望な職を紹介しよう、と始まる。宇宙の清掃業。その仕事に携わるGuarsol-Sevenが紹介される。惑星より巨大な生物で、彼の一日は地球人の8百万年に相当する。燃え尽きた太陽を回収したり、危険なブラックホールを埋めたり。そして彼の仕事の中でも最も厄介なのが知的生命体の繁殖。彼のスケールから見たら、惑星に生えたカビぐらいのもので、駆除に精を出す。仕事の終わりに同僚と出会う。
「やけに早いじゃないか、Guarsol-Nineteen。適当な仕事したんじゃないのか。」
「新製品を使ったんだ。”ビッグ・バン”ってんだ。こいつを使えば知的生命体なんてイチコロだぜ。」

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Garry Leach

25.Bad Timing

地球の年代で言えば1938年頃、惑星Klaktonでは、主任科学者であるR-Thurが、独自の研究と理論によりこの惑星が滅亡の危機にあることを訴えていた。だが、科学評議会は、彼がいかに訴えても耳を貸す者すらおらず、嘲笑されるばかり。困り果てたR-Thurは、まだ幼い息子だけでもこの災厄から救おうと、小型のロケットに乗せ、地球に向けて撃ち出す。
しかし、彼の説は間違っており、惑星Klaktonには一切の異変は起こらず、変わらぬ日常が続く。一方、幼い息子の乗るロケットが向かった地球では、遂に核ミサイルのボタンが押され、滅亡に向かっていた…。
えーと、もしかしてわからない人がいるといけないので、一応説明すると、元ネタはスーパーマン。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Mike White

その他の作品

多くある2~3ページのものは、主にシンプルな一発ネタ的なもの。
8.A Second Chance!:核戦争で地上は壊滅し、唯一人生き残った男が瓦礫の中を彷徨う。すると瓦礫の中から助けを呼ぶ声が聞こえる。生き残ったのは自分だけではなかったんだ!助け出されたのはひとりの女性。やった!これでここからまた人類の歴史を始められるぞ。「私の名はAdam!君は?」「Mavisよ。」
14.The Bounty Hunters!:凶悪なお尋ね者を追い、ある惑星に降り立った賞金稼ぎの一団。厄介な標的だ。奴はいかなるものにも擬態できるらしい。目に入ったものを片っ端から銃撃するグループ。これは無理だと諦め、乗ってきた宇宙船に戻る賞金稼ぎ達。だが、その宇宙船こそが彼らの追う標的が擬態していたものだった…。
19.The Wild Frontier!:宇宙の開拓地New Wyomingに無法者イカ型エイリアンBilly The Squidの一団がやってきた!酒場で我が物顔に振る舞う無法者たち。そこに現れた凄腕ガンマンの集団が、素早いガンさばきで無法者たちを制圧し、町の平和を取り戻す!どこから見ても同じ彼らこそが”クローン・レンジャー”!ダジャレかよ!
大体こんな感じの話。最後にTharg’s Future Shocksのパートでは最後の、一切セリフのない作品を画像で紹介する。まあ見れば内容はわかるんで。ロジカルな語りで物語を構築して行くスタイルの多いアラン・ムーアとしては、珍しいものかもしれない。
29.Look Before You Leap!

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Mike White

■第2章 Time Twisters

こちらはタイトルからもわかるように、時間テーマの短編シリーズ。アラン・ムーア単独のシリーズだったのか、他の作家も描いていたのかはちょっと不明。時期的には『Skizz』の連載時期(1983年:Prog308-330)と重なっているので、1号にアラン・ムーア作品が2本掲載されているようなケースも結構あったのではないかと思われる。

●作品一覧

タイトル 作画 掲載年/号 ページ数
1 The Reversible Man Mike White 1983/308 4
2 Einstein John Higgins 1983/309 6
3 Chronocops Dave Gibbons 1983/310 5
4 The Big Clock! Eric Bradbury 1983/315 5
5 Going Native Mike White 1983/318 4
6 Ring Road Jesus Redondo 1983/320 5
7 The Time Machine Jesus Redondo 1983/324 5
8 The Startling Success of Sideways Scuttleton John Higgins 1983/327 5

●作品について

1.The Reversible Man

ある老齢の男がアイスクリームを舐めながら歩いていたところ、路上で突然の心臓発作に倒れ亡くなる、というところから始まる。そこから彼の人生が逆回りに戻り始める。起き上がった男は、アイスクリームを手に持ったコーンに吐き出しながら、後ろ向きに歩き、持っているのが嫌になったアイスを店に渡してお金を得る。退職祝いのセレモニーの後、会社に通うようになり、地面から棺桶を掘り出し、母親を病院のベッドに戻して…。というように彼の人生が逆向きに語られて行く。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Mike White

6.Ring Road

主人公の女は路上でヒッチハイクをして、運転していた老婆を殺害し、車を奪う。車の中には大量の現金が積まれていて、大喜びする女。ガソリンスタンドによると、何やら見たこともない奇妙なファッションの少年たちがたむろし、かかっていたカレンダーも1957年とずっと先のものだ。気持ち悪くなり、スタンドを離れる女。ヒッチハイクをしている者がいたので拾ってみると、長髪に髭でわけのわからないことを話すのですぐに降ろす。さらに先へ進むとますます見たこともないような奇妙な格好の者ばかりになってくる。突如彼方に巨大なキノコ雲が立ち昇る。周りにはゾンビのようなものたちがうろつき始める。やがて道路は霧に包まれ、何も見えなくなってくる。やっとで霧が晴れると、空には太古の恐竜のような怪鳥が飛び始める。さらに進むと、猿とさして変わらない原始人?気が付くと、女は老婆に変わり果てていた。さらに進むと、路端でヒッチハイクをする女性を見つける。久しぶりにまともな人間に会えたと、車を止める女。そこは最初に女がヒッチハイクをしていた場所だった。
サスペンスのような情景から始まり、シュールなSFホラーに変わって行く作品。スペイン出身のアーティストJesus Redondoの作画を含め、結構好きなやつ。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Jesus Redondo

その他の作品

2.Einstein:人類が滅亡した遠い未来、地球へやってきた異星人が過去の遺跡を発掘し、その歴史に大きく関わった人物を再構築し、彼らの異星人動物園の地球人セクションとして加えようとする。ヒトラー、チンギス・ハーンなどをのクローンを作って行き、地球の偉大な頭脳としてアインシュタインを特別に二人作ってお互いに対話させてみようとするが…。
3.Chronocops:タイムマシンで事件現場へ向かい、解決後、出発時点より少し前に戻り、過去の自分達に最良の解決法を指示するという方法で仕事を続けるクロノコップ。実際の時間ではトータル40分のキャリアを終え、リタイアするが…。
といった感じで、様々な方向からのアプローチで思考された時間テーマのシリーズ。

■第3章 Other Short Stories

こちらについては、実は区分けにそれほどの意味はない。個々の事情は不明だが、主に編集上だったりの都合で、Tharg’s Future Shocksのシリーズ下に入らなかった作品というぐらいのこと。実際ムーアもFuture Shocksのつもりで考えていたのかもしれない。
例えば、「2.Dr. Dibworthy’s Disappointing Day」はFuture Shocksの「23.The Disturbed Digestions of Dr. Dibworthy」と同じDr. Dibworthyという、昔のフレドリック・ブラウンとかのSF短編に出てきそうな博士が主人公のものだったり、「4.The Lethal Laziness of Lobelia Loam」は同じくFuture Shocks「6.A Cautionary Fable」でやった、Thargが子守を頼まれた言うことを聞かない子供たちに語る教訓脅迫的昔話という手法を使っていたりという感じ。

●作品一覧

タイトル 作画 掲載年/号 ページ数
1 Hot Item John Higgins 1982/278 5
2 Dr. Dibworthy’s Disappointing Day Alan Langford 1983/316 3
3 The Hyper-Historic Headbang Alan Davis 1983/322 6
4 The Lethal Laziness of Lobelia Loam Rafael Boluda 1983/323 5

●作品について

1.Hot Item

この中では、エントロピーが最大に近づき、熱的死が直前に迫った世界を描いた、ハードSF的馬鹿話「Hot Item」が特に好きなので、それだけ紹介します。

ありとあらゆるエネルギー源が貴重となった世界。煙突から黒煙を上らせる何かの燃焼動力機関のキャタピラー車を駆り、手に入れた貴重なエネルギーを自分たちの集落へ向かって運ぶ二人組。そこにそれを狙う二人組の巨漢のヒートジャッカーが現れる。
「いかん!奴ら早いぞ!急げ!」「駄目だ!既に最大速度の時速200メートル出しているんだ!」
「我々は何としてもこのエネルギー源を村に持ち帰らねばならん!これを得るために数か月にわたり、2キロメートルにも及ぶ旅を続けてきたんだ!」
「ハハハ!捕まえたぞ!撃て!」
二連銃を発射する相棒。だが、もはや十分な運動エネルギーが存在しないため、銃弾は目の前の地面にポトリと落ちる。
「しまった。こんなことをしている間に奴らに数センチの距離を稼がれちまった…。」力尽きその場に座り込む悪漢たち。
「やったぞ!奴ら諦めたぞ!」「油断するな!村まではあと3~400メートルもあるんだ!何が起こるかわからん!」
そして、彼らが通過する谷の崖の上から、巨大な岩が落下してくる!摩擦がほとんどなくなった世界では危険度は増している!
しかし、重力も激減しているため、その落下はゆっくりとしたものになり、彼らは無事にその下を通過する。
更に、荒野から彼らの体温を検知した知性を持たない熱吸引モンスターの群れが襲い掛かってくる!
しかし、先頭の最大のモンスターの身体が、突如溶け始める?
「原子結合の限界に達したんだ!奴の身体を構成する原子結合に必要な電荷が尽きてしまったのだ!」
溶けた個体から発せられる熱に群がるモンスターたち。二人はまたも危機を脱する。
そして彼らは無事に村にたどり着く。待ちかねた村人たちの前に取り出されたのは、無限のスリルパワーを放出し続ける2000ADだった!

えーと、蛇足っぽいけど説明すると、「2000ADの強力なスリルパワーは地球人には致命的なので、適量に薄めて出版しておる!」というような宇宙人編集長Tharg閣下の談話がよく掲載されている2000AD事情を知らないと少しわかりにくい結末かもしれない。いや、わかってたら爆笑できるほどのオチじゃないけど。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:John Higgins

■第4章 Abelard Snazz

2000ADでのムーアの最初期ぐらいから散発的に発表された、二階建て頭脳を持つ天才Abelard Snazzを主人公とするコメディシリーズ。いくらかスパンを空けつつでも前作からの続きという形で続いて行くことから、当時2000AD誌上でキャラクターとしてもそれなりに人気を持っていたことが窺われる。
毎回無茶苦茶な結末になりながら、そこからまた復活してくるのがパターン。
そういえば田口翔太郎『裏バイト:逃亡禁止』大好きなんだけど、『不死身のパイセン』も面白いよね。

●作品一覧

タイトル 作画 掲載年/号 ページ数
1 The Final Solution Part 1 Steve Dillon 1980/189 4
2 The Final Solution Part 2 Steve Dillon 1980/190 4
3 The Return of the Two-Storey Brain! Mike White 1981/209 5
4 The Double-Decker Dome Strikes Back Part 1 Mike White 1981/237 5
5 The Double-Decker Dome Strikes Back Part 2 Mike White 1981/238 5
6 Halfway to Paradise John Cooper 1982/245 6
7 The Multi-Storey Mind Mellows Out! Paul Neary 1982/254 5
8 Genius is Pain Mike White 1983/299 5

●Abelard Snazz

キャラクター
  • Abelard Snazz:
    いかなる難問も解決する、二階建て頭脳を持つ天才。

  • Edwin:
    Snazzのお供として、彼を常に絶賛する。太鼓持ちロボット

1-2.The Final Solution

前後編となる最初の一話は、2000ADの代表的人気シリーズであるPat Millsによる『ABC Warriors』の、人気キャラクターであるRo-Jawsが案内役を務めるロボットテーマの短編シリーズ、Ro-Jaws’ Robo-Talesの中の一篇として登場する。

犯罪の増加に歯止めがかからない惑星Twoppの行政管理幹部は、解決策を求めて二階建て頭脳を持つ天才、Abelard Snazzの事務所を訪れる。
彼の出した答えは、犯罪の探知・告発及び強力な実行力を備えた、無制限の逮捕権限を持つ警官ロボットの導入だった。
「あなたは天才です、ご主人様!」すかさずEdwinが絶賛する。
Snazzの設計による警官ロボットたちは直ちに成果を出し、Twoppの犯罪は激減する。
だが、喜んだのも束の間、逮捕する相手がいなくなっても稼働し続ける警官ロボットは、微罪や道徳的な些細な問題などでも次々と市民を逮捕を始め、社会は混乱する。

困り果てた行政管理幹部は、再びAbelard Snazzの知恵を求める。
Snazzの出した答えは、警官ロボットを正常に行動させるため、犯罪を起こす犯罪ロボットの導入だった。
「あなたは天才です、ご主人様!」すかさずEdwinが絶賛する。
投入された犯罪ロボットが引き起こす犯罪に対処するため、警官ロボットからの市民への被害はなくなった。
しかし、犯罪ロボットと警官ロボットの争いに巻き込まれる市民の被害が続出する。
これに対し、Abelard Snazzは巻き込まれロボットの導入で対処する。「あなたは天才です、ご主人様!」
結果、惑星Twoppは無意味なロボット同士の騒乱により居住不可能となり、住民たちは次々と宇宙船で脱出することになる。
「慌てることはない。いいアイデアを思い付いたぞ!新たな居住用の惑星を建設するのだ!星そのものがロボットの惑星を!」
Abelard SnazzとEdwinは船から宇宙空間に放り出される…。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Steve Dillon

こちらの作画は2016年に惜しまれつつ亡くなった英国出身のコミックレジェンドSteve Dillon。1962年生まれ、16歳でデビューした早熟の天才。米国DC-Vertigoでのガース・エニスとの『Hellblazer』、『Preacher』を経て大きく画風が変化して行くのだが、1980年、18歳の時のこの作品で、既に完成したと言っても過言でないほどの画力を見せている。

3.The Return of the Two-Storey Brain!

前作から4か月後ぐらいに再登場となったこの作品は、Tharg’s Future Shocksの一篇として掲載された。以降のシリーズは、特にどこにも属さない単独作品として発表される形になる。

宇宙船から放り出され、宇宙空間を漂っていたAbelard SnazzとEdwinは、たまたま近くを通りかかったHoolio Moolabarという破産寸前の男に助けられる。
一発逆転を目指し、ギャンブル星へ向かうMoolabarに、Snazzは恩返しのため一案を出す。
彼が考え出したのは、極小のタイムマシン。ギャンブルの結果を知ったうえで時間を戻り、当たり数字に賭け直し、大儲けを企むというもの。
「あなたは天才です、ご主人様!」すかさずEdwinが絶賛する。
Edwinのボディにタイムマシンを仕込み、ギャンブル星へ向かうMoolabarとSnazz。
そしてタイムマシンを使ったイカサマでルーレットに賭け続け、まんまと大金をせしめる。
意気揚々とカジノを出て、ドアマンに我々の宇宙艇を持って来いと言いつけるSnazz。だが、ドアマンはそれは自分の仕事ではないから、と断る。
ドアマンに言うことを聞かせるため、コイントスで勝負を始めるSnazz。延々と負け続けた結果、せっかく儲けた金もすべて失ってしまう。
そこへ美人ロボットといちゃつきながら、やっとEdwinが現れる。
直ちにタイムマシンで時間を戻そうとしたSnazzから、怒り狂ったMoolabarがそれを奪い取り、自分でスイッチを押す。
気が付くと宇宙空間を漂っていた時点に戻されていたAbelard SnazzとEdwin。Moolabarの宇宙艇は彼らを無視し、通り過ぎて行く…。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Mike White

4-5.The Double-Decker Dome Strikes Back

様々な苦難に苛まれ続ける種族Farbiansの、手漕ぎ動力のガレー宇宙船が、宇宙空間を漂う意味不明の言葉をつぶやき続ける金属塊に付き添われた氷付けの人間を発見する。
神から遣わされたものに違いないと思ったFarbiansは、その氷付けの人物を蘇生解凍する。
起き上がり、Abelard Snazzと名乗った男は、Farbiansが崇める神の像と同じ四つの目を持っていた。
宇宙服の故障により仮死状態となり、数世紀を経て蘇生され、今はFarbiansにより神と崇められることとなったAbelard Snazz。一方のEdwinは数世紀宇宙空間を漂ううちに金属塊へと変わり果てており、そのまま宇宙空間に廃棄される。
異星人による侵略、宇宙規模の災害などの苦難に遭い、現在Farbiansに残されたのは食用にも向かない異臭を放つFarbian Crottleしか生えないこの地のみ。そしてそれも今ブラックホールに吞み込まれようとしている。何とか神としてこの窮状を救ってほしいと懇願されるAbelard Snazz。

さしものAbelard Snazzも、この難問には頭を抱えるが、Farbian Crottleを見ているうちにそれを食べる虫がいることに気付く。
その虫は、唯一Farbian Crottleを食べることができる、宇宙一美徳の高いと言われるFarbian Crottle-Wormsであることを教えられる。
Abelard Snazzはその「美徳」をエネルギーに転換することを思いつき、美徳変換装置を発明する。
Farbian Crottle、Worms、美徳変換装置はセットで輸出され、Farbiansの経済は好転へと向かう。
残された問題はブラックホール。Snazzと長老たちはその解決のためにロケットに乗り込み、ブラックホールへと向かう。
Snazzが考案した方法は、美徳変換装置により生成されたエネルギービームを放射しながらブラックホールの前を縦横に飛行し、靴下の穴を繕うようにブラックホールをふさぐというもの。
やっと多くの難問が解決に向かい、胸をなでおろした長老たちがFarbian Crottle-Wormsのお陰と口にするのを聞き、これは神Abelard Snazzの叡智の賜物とふんぞり返るSnazz。
それを聞いたFarbian Crottle-Wormsが不満を抱き始め、その結果本来の美徳が失われ、推力を失ったロケットはブラックホールへと吸い込まれて行く…。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Mike White

6.Halfway to Paradise

ブラックホールの中がどうなっているのかは、誰も知らない。ブラックホールに吸い込まれ、戻ってきたものはいない。
ブラックホールの中。
そこには、国際空港の出入国管理のような施設があり、ブラックホールに吸い込まれてきた人々に係員が対応するカウンターへの、長い列の中にAbelard Snazzはいた。
「あのう、メタゴルフで楽しく回っていたらスペースワープに落ちちゃって、気付いたらここにいたんだけど…?」「アンタ表示が読めないのか?ここはブラックホール対応!スペースワープは隣のカウンターだから!」
そしてSnazzの番が来た。
「ブラックホールに吸い込まれる前はどこで何をしてたの?」
「Farbianって連中に神として雇われていたんだが…。」
「あー、神ね。じゃあそっちの方に送るから。」
そしてSnazzは、その場から謎の力でテレポートさせられる。
Snazzが到着したのは、見捨てられた神達が送られる次元だった。信仰を失った神達が、無気力に過ごしていた。
Snazzはそんな彼らに、もっと現代の流行に対応した神になれば信仰を取り戻せると提案する。
残された最後の力を使い、現代社会に降臨する神々とSnazz。
そこでSnazzは、「スペースインベーダーの神」、「ヘルシーフードの神」などを次々とでっち上げ、人々に紹介する。
そうして神々への信仰は取り戻された。が、その結果、スペースインベーダーの神に生贄を、と言った古来の蛮行も復活してくる。
あれはまずいだろう、と神々に抗議しに行くSnazz。だが、彼らは神とはそういうものだ!とSnazzに怒りを向ける。
「こ奴に罰を与えねばならん!鎖で岩に縛り、永遠の時を過ごさせるのだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!せめてあなたたちのイメージのためにも、もっと現代風のがいいだろう?」とSnazz。
それも一理あるかと、再考する神達。そしてルービックキューブを取り出す。
「お前はこのパズルを解くまで見捨てられた地へと閉じ込められる!」
そして見捨てられた地へと送り込まれるSnazz。
「ハハハ、神も耄碌したもんだな。この天才にかかればあんなパズルものの30秒もかからんぞ!さあ、どうした?早くパズルを持って来いよ。おーい?」
Snazzは荒野で、絶対に人の力で動かすのは不可能な巨大なルービックキューブの上にいた…。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:John Cooper

7.The Multi-Storey Mind Mellows Out!

科学力を駆使し建造された超次元移動ポッドが、見捨てられた次元へと到着する。
「早くここに6百万年閉じ込められている男を見つけられればいいんだが。おい、見ろ!」
「すごいぞ!こりゃあ地球にあるのと同じ自然素材で手作りで組み上げられたクレーンだ!」
「あれが我々が探している男だ!Abelard Snazz!」
クレーンを操縦していたのは髪も髭も伸び放題となったAbelard Snazzだった。
「あと一回回せば全部の面が揃うぞ!ヒヒヒ…6百万年かかってやっと…。」
「我々はアムネスティインターギャラクティックの者だ。君を解放しに来たんだ。」
「わかった、わかった。これが終わったら一緒に行くから。」
錯乱して話が通じないと思った救出者たちは、無理やりSnazzを引っ張って行く。
「一万二千年かかって鉱石を掘り集め、三万年かかってクレーンを作り上げて…。」引き摺られてポッドに乗せられるSnazz。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Paul Neary

Snazzが連れてこられた未来の地球は、第26次世界大戦でカリフォルニアが勝利し、世界がカリフォルニア化した世界。
「もう世界は発明家など必要としていないよ。テニスかサイクリングでもして楽しく暮らしてくれたまえ。」
だが、何かを発明せずにはいられない天才Abelard Snazz。娯楽としての巨大ロボットテニスを提案する。
スタジアムに大観衆を集め、巨大ロボットテニスプレイヤー同士の試合が開催される。
「ロボットのテニスプレイヤーはどうやってプログラムしたんだい。」「君らのアーカイブにあった20世紀のジョン何某という選手のデータを使ったんだが。」
ジョン・マッケンローをベースに作られたロボットは、審判の判定に抗議し、暴れてスタジアムを破壊し始める。
またしても騒ぎを起こしたAbelard Snazzは、市民たちにより高温に設定された巨大ホットタブに放り込まれる…。

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Paul Neary

8.Genius is Pain

高温ホットタブに投げ込まれ、絶体絶命のAbelard Snazz!だが着水寸前、彼の姿は虚空へ消える。
そして、彼が転送されたところは宗教的な法廷を思わせる謎の場所だった。目の前には講壇に座る白髪の老人と、宗教的なローブを纏いその両側に立つ従者たち。
「こちらは宇宙の管理者である!」と従者が重々しく紹介する。
室内には他に、水槽のようなベッドの中で数々の機器に繋がれ辛うじて延命している意識も定かでない老人?
そして宇宙の管理者はSnazzに向かって、彼がこれまでに行ってきた数々の行為を読み上げ始める。
「お主は惑星Twoppに危険なロボットを増殖させ、居住不可能としたAbelard Snazzであるか?」
「お主はカジノ惑星で不正行為で不正な利益を得ようとしたAbelard Snazzであるか?」
自分のことはすべて知られている!これは何かの法廷に違いない!そう察知したSnazzは、とっさに腕時計を改造しその場で武器を作成し、逃亡を図る。
共に裁かれようとしている水槽の老人Hildaboop氏も救うべく、ベッドを押しながら建物の中を走るSnazz。とっさに飛び込んだ部屋のドアには「太陽素材保管庫」と書かれていた…。
若干焼け焦げて元の部屋に連れ戻されたSnazz。Hildaboop氏は…。これまでの全ての行動が読み上げられ、いよいよダメかと観念したところ…。
「ハッピーバースデイ・トゥー・ユー、ハッピーバースデイ・トゥー・ユー♪」
笑顔で歌い始める面々。あっけにとられるSnazz。
「6百万歳を超えた者はすべてそれを祝う習わしとなっておる。Hildaboop氏には気の毒なこととなったが…。お主のこれまでの人生を振り返り、お主が最も喜ぶ贈り物を選んだ。」
大きなプレゼントの包みを手渡す宇宙の管理者。一転し大喜びで包みを開けるSnazz。
「私のこれまでの人生にふさわしいプレゼントか!小さな宇宙帝国か?それとも私の体重と同じシリアン・サン・サファイアか?これは!…これは…。」
…中から出てきたのは、再構築されたEdwin…。
「Edwin…。」
「私の名前を憶えていてくださったとは、なんという記憶力!さすが天才です!」
「積もる話もあるじゃろう。我々はしばらく席をはずそう。」と部屋を出て行く宇宙の管理者たち。
「このバカが!本当なら惑星か帝国ぐらいもらえるはずだったのに!!!」

『The Complete Alan Moore Future Shocks』より 画:Mike White

まとめている途中で気付き、少し書いたが、やはりこの最初期のアラン・ムーアというのは、読者サイドからも編集サイドからも、短編作品の名手という方向で評価をされていた作家だったのではないかと思う。実際、現時点でこういう形でアラン・ムーアという新人作家が登場し、こうやって次々とインパクトのある短編作品を発表し続けたなら、まずそういうタイプの作家として期待しただろう。
アラン・ムーアのように色々と深い考察ができるような多くの大作を著してきた作家となると、どうしても過去の作品についてもその基準で評価をしようとする傾向が起き、うまく合致しないものはそこに至らない未熟なものかなんか見たいな扱いをされがちだったり、また一方で、特に日本の私小説至上主義的な傾向により、殊更作品を作者の内面の発露とみなし、そこから自分が持つ作者のイメージと作品を一致させることに躍起になりがちな「評論」みたいな場では、そこにうまく合致しないこれらのような初期で主にテクニックで描かれたような作品は軽視されがちである。
別にその後の作品にもこれらの作品にみられるような「うまいオチ」や「ユーモア」を、作者の特質として見いだせ、みたいな感想文手法の提唱とかしてるわけじゃない。ただ、アラン・ムーアというのは、独特の語りのリズムを含めた構成テクニックに突出した作家でもあり、この『The Complete Alan Moore Future Shocks』は、んー哲学的とか?ややこしいことなしで、その辺を見ることができる作品集だろう。まーそんなむつかしいこと考えんでもここまで書いてきたように、うまいオチやユーモアで楽しく読んで、アラン・ムーアの別な一面も見られる初期ショートショート集です、ってことで。
長年、日本からは遠かった英国コミックだが、デジタル化により急速に距離が近付き、続く2000AD時代のムーア作品、『Skizz』、『D.R. and Quinch』、『Ballad of Halo Jones』なども簡単に手に入るようになっており、その辺も続いてアラン・ムーア初期作品として勝手に紹介して行く予定です。なんかアラン・ムーアのイメージからちょっと外れるように感じていたコメディ作品『D.R. and Quinch』も、こっちで紹介した英国の傑作SFコメディ『宇宙船レッドドワーフ号』とかも思い出させるようなAbelard Snazzシリーズとか読むと、結構期待が高まる感じ。

Alan Moore初期作品

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